10 そんな独立宣言、怪しすぎるよ
「え、虫?」
おれは慌てて足元を見回し、すぐに勘違いに気づいて赤面した。
シャロンが呆れたように「バーカ」と言う。
おれは「あ、ええ、もちろん、地上に棲んでいる虫ですよね」と取り繕った。
「でも、おれの知る限り、キンコロガシとかノートみたいに大きな蝶々とか、言ったらなんですけど、あんまし賢そうには見えなかったですけど」
「うむ。確かに知能は高くない。それでわしらも驚いたんじゃが、実際に独立宣言を出したのは、虫たちの代理人と称する連中だ」
「まさか、反対派の長老たちですか?」
荒川氏は力なく首を振った。
「それならまだ良かったのだが、代理人は異星人じゃ」
「え、それって、星連憲章違反ですよね」
「確かに、通常なら他星への内政干渉に当たる行為だ。しかし、連中は、ドラードはリンカーン条約に違反していると主張しておるのじゃ」
「だって、他の惑星と動物の取り引きはしていないでしょう?」
「いや、そちらではなく、絶滅の惧れのある動物の保護に関する部分じゃよ。動物虐待の疑いがある、というんじゃ」
「ええっ、どの虫を虐待してるというんですか?」
「ハニワームじゃ」
「そんなバカな!」
ハニワームというのは甘い樹液を集める習性のある虫で、地球のミツバチのように飼われているのだ。絶滅危惧種でもなんでもない。
「強制的に樹液を集めさせ、搾取しているとな。もちろん、コジツケじゃ。ハニワームがダメなら、地球の養蜂も違反ということになる。じゃが、連中は巧妙に星連の加盟惑星に根回しし、徐々に独立賛成の惑星を増やしておるんじゃ」
「いったい、どこの連中なんですか?」
「ギメガ星人じゃ。彼らは昆虫型生命体の中では一番勢力を持っている。ハニワームも自分たちの同胞だから放っては置けない、という理屈なんじゃ」
興味なさそうに黙っていたシャロンが「あら」と声を出した。
「宙港近くの大使館の中に、ギメガ星のはなかったと思うけど」
おれは驚いて「全部確認したのか?」と訊いたが、すぐに訊かなきゃ良かったと後悔した。
「ふん。あたしの頭には、一度見たものはすべて映像として記憶に残ってるのよ。今、その記憶を再確認しただけ。ま、人並み以下のあんたと比較するのもバカらしいけど、これぐらいの記憶力がなきゃ、何十星語も話せるわけないじゃん」
何か言い返してやろうと思ったが、荒川氏が話を続けそうなので、今は止めた。
覚えてろよ。覚えてるだろうけど。
「そうなんじゃ。連中の大使館は宙港のある山頂ではなく、地上にあるんじゃ。中野くんには前にも説明したと思うが、ドラードの地上付近は酸素の濃度、正確には分圧が高すぎて、わしらやマムスターのような哺乳類型生物は暮らせない。多くの異星人もそうじゃ。ところが、ギメガ星人のような昆虫型生命体には、ちょうどいい環境なんじゃ。最初から、地上に大使館を造らせて欲しい、と申し出てきた。その際、彼らの主食であるマンドラという毒キノコを栽培する権利も求められた。わしらに連中の本当の意図など知る由もない。どちらも、すぐに許可したよ」
荒川氏は深く溜め息を吐いた。
「本当の意図って何です?」
《それは、われらから説明しよう》
いつものことだが、つい、森の精霊の存在を忘れるので、急に話されるとドキッとしてしまう。
《われらと地上の虫たちは、お互いの領域を守りながらも、かなり友好的な関係にあった。時にはマムスターのために、キンコロガシに岩塩を運んでもらったりもしていた。ところが、半年ほど前から、ぷっつりとコミュニケーションが途絶えてしまった。そこで、原因を探るため、めったに降りない地上付近まで何個体か送ってみた。すると、地上は見たこともないような毒々しい原色のキノコに覆い尽くされていたのだ。しかも、キンコロガシを始めとしてほとんどの虫たちが、本来のエサではない、そのキノコばかりを食べていた。まるで、中毒しているかのように……》




