9 誰が敵で、誰が味方だよ
「あ、ども。あ、えっと、チャッピーに、その、すみませんでした」
しどろもどろに謝りながら、チャッピーと言っても何のことか事情がわからないだろうと思ったが、そんなことはなかった。
《気にすることはない。彼女は、きみの怒りが鎮まるまでの間、一時的に離れた方がいいと考えたようだ》
「はあ。え? 彼女って、チャッピーはメス、あ、いや、女性なんですか?」
《われらにとって、性別はそれほど重要な要素ではない。草食性に肉体改造した際、単為生殖の道を選んだのだ》
ある意味、森の精霊とはアマゾネス軍団なのか、などとバカなことを考えていると、横にいたシャロンが意外な行動に出た。
「▲*#〇%▽$@&¥?!」
何か喋っているようなのだが、あまりにも高音高速で聞き取れない。
《驚いた。われらの古代語を話せる地球人がいるとは。なるほど、これなら解読できるかもしれぬな、天狗どの》
荒川氏の表情も多少明るくなったようだ。
「うむ、そう願いたいものじゃ。まあ、とにかく状況を説明しよう。中野くん、シャロンちゃん、円卓に適当に座ってくれ」
座ろうとして気づいたが、椅子がやたらとバカでかい。おそらく、ドラード人用に作られたものだろう。それにしても。
「七名掛けのテーブルって珍しいですね。ドラード人の縁起担ぎか何かですか?」
「いや、元々この部屋は、マムスターの七部族を代表する長老たちが、定期的に集ってドラードの政治や経済の取り決めをする、長老会議に使われていたものじゃよ。半年ほど前まではな」
言うまでもないが、マムスターとは超進化型齧歯類であるモフモフたち現在のドラード人のことである。
「へえ、最近まで使ってたんですね。あ、でも、今は使っていない、ということですか?」
荒川氏は苦しげな表情になった。
「わしの読みが甘かったんじゃ。すべてのマムスターが、文明開化政策に賛同してくれていると思っておったのじゃが……」
シャロンが「ザンギリ頭を叩いて、みればー、ですね」とまぜっかえす。
それに救われたように、荒川氏は再会して以来初めて微笑んだ。
「面白いお嬢ちゃんじゃな。じゃが、絹代さんから色々聞いておる。ここでは普通に喋ってかまわんよ」
シャロンは苦笑した。
「なーんだ、つまんない。せっかく、おバカなハーフキャラで押し通すつもりだったのに。その方が、海千山千の宇宙人たちも油断するから、スパイとしても役に立てると思ったのにさ」
荒川氏も声を上げて笑った。
「確かに、そのとおりじゃな。いやあ、面白い娘じゃ。若いころの絹代さんを思い出すわい」
おれは密かに、あの黒田夫人がギャル語で話すところを、ちょっと想像してみた。
うーん、あり得ないか。しかし、今頃、何をしているのだろう。
おれの気持ちが伝わったのか、荒川氏は黒田夫妻のことから話し始めた。
「何から説明するべきか迷ったが、やはり、順序立てて話した方がええじゃろう。中野くんが帰った後、わしと黒田で商事会社を設立した。当時のドラード政府、すなわち、長老会議に貿易独占の許可も貰った。これにより、近い将来アルキメデス航法が改良され、黄金が安価に運搬可能になった暁には、輸出量をコントロールする体制を整えることができた。一方、絹代さんの尽力で、星連に加盟している惑星と次々に外交関係を結んで行った。すべては、順調に進んでおると思っておった」
荒川氏の表情が苦渋に満ちたものになった。
「三ヶ月もしないうちに、長老会議が度々紛糾するようになったんじゃ」
「へえ、内輪揉めですか?」
「そうじゃ。どんな種族にも守旧派はおる。マムスターとて例外ではない。いくつかの部族から、以前の生活に戻りたいという意見が出てきた。様々な惑星の、様々な生命形態の異星人が次々に来るようになり、自分たちの昔ながらの生活が掻き乱されている、というのだ。長老会議は全会一致が原則じゃから、一人でも反対する長老がいれば、何も決まらない。ドラードの行政が滞ってしまう。そこで、文明開化賛成派の長老たちと相談し、臨時政府を立ち上げたんじゃ」
シャロンがニヤリと笑った。
「それって、クーデターじゃん」
荒川氏は悲しげに首を振った。
「いや、一切武力衝突はなかったよ。マムスターは暴力を好まんからの。反対派の長老たちも、それならお手並みを拝見しよう、という態度じゃった。大統領をモフモフにしたのは、今回の処置はあくまでも一時的なもので、いずれ長老会議に政権を戻すという、わしなりの意思表示なのじゃ」
それじゃモフモフが気の毒だと思ったが、荒川氏の苦しそうな表情を見ると、責める気にはなれなかった。
「あ、でも、それなら、森の精霊に頼んで、反対派と仲直りすることはできないんですか?」
返事は、森の精霊からきた。
《われらは、あくまでもオブザーバーにすぎない。マムスターの争いに介入することはできないのだ》
シャロンがフンと鼻を鳴らした。
「別にいいんじゃないの。臨時だろうが一時的だろうが、モフモフちゃんが大統領で丸く収まってるならさ」
だが、荒川氏は、また苦しそうに首を振った。
「いや、それが収まっておらんのじゃ。わしらが臨時政府の樹立を星連に届け出たのとほぼ同時に、独立宣言が出された」
「えっ、反対派の部族がですか?」
「違う。わしにも想定外の相手じゃ」
「もちろんオランチュラは違うでしょうし、あれ、ドラードに他に住民っていましたっけ?」
荒川氏は下を指差した。
「虫たちじゃ」




