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僕は完全に屋上に入り、後ろにある扉を静かに閉めた。

ゆっくり目の前に広がる景色を眺めて確認したが、彼女の姿は見当たらなかった。

屋上は思っていたよりも広々としていて、室外機や貯水タンクなどの設備機器でもっと埋まっているものだと想像していたが、そういったものは一部にまとめられていて、案外何もないなと感じられるくらい僕の視界はさっぱりしていた。

まだ少し高揚する気持ちを抑えながら僕は彼女を探し始めた。

そして、扉とは反対側の方に足を進めるにつれ話し声が聞こえた。ゆっくりと声のする方へ近づいて行くと、だんだんと聞こえる声もはっきりと大きくなっていった。



「--------」



聞こえる声に耳を澄ますが、中々聞き取れない。壁の陰に隠れながら、そっと顔だけ少し出して、覗いてみることにした。

するとそこには、綺麗な黒髪を風に靡かせながら、電話端末を頬にあて話している姿が見えた。どうやら彼女は電話中のようだった。

しかし、いつもは校則通りに結んでいる髪は解かれていて、何よりトレードマークともいえるシンプルな銀縁の眼鏡をとっているせいか、彼女はいつもと雰囲気がまるで違っていて、一瞬誰だか分らなかった。

風に揺蕩う髪の毛が邪魔なのか、電話を持っていない方の髪の毛を耳にかける仕草が何とも綺麗で艶やかさがあり、僕はつい見入ってしまった。

しかし、ぼうっと彼女の姿に気を足られていた瞬間、ぱちっと彼女と目が合ってしまった。

やばっ。

彼女は僕の存在に気づくなり、目をこれでもかというほど見開き、驚いた様子を見せた。

あ、この表情さっきぶつかったときのと同じだ。

なんて僕はふと思った。


「那、再见!」


彼女は急いで電話相手に向かって言葉を吐き、電話端末をポケットにしまってから、僕の方に向き直った。最後に一瞬聞こえた彼女の言葉は聞いたことのない言語のものだった。


「ねえ、何してんの、そんなところで」


彼女は腕を組み、仁王立ちになって、少し苛立ちを含んだような声色で僕に話しかけてきた。


「え、いや、えっと、僕は君に用があって」


あっちが何故か異様に威圧的な態度なせいか、僕は少し怯んで、言葉を発するのにどもってしまった。


「ふーん、そんでここまで私の後を追いかけてきたんだ。なに?私のストーカー?」


「いや、違うから!だからちゃんと用があるって言ってるじゃん」


「なによ、さっきそこで私に見とれてたくせに」


「え、あ、いや、、そ、それはそうだけど、、」


「ふふ、そこは素直なんだ。で、用っていったい何?」


「あ、そう、これ」


そう言って、僕はポケットから変てこなキーホルダーの付いた鍵を出して彼女に見せた。


「さっき階段でぶつかった時これ落としてったから、届けに来たんだよ。もし大事な鍵だと無いと困ると思って。これ峯山さんのだよね?」


「あああ!それ!私の!」


そういった彼女は僕の方に一目散に駆け寄ってきた。


「これ!すごい大事な鍵なの!私落としちゃってたのか。気づいてなかった。けど、これないと本当に死にたくなるくらい困ることになってたと思うから、ありがとう!本当に助かった!よかったよ」


彼女の想像以上に喜ぶ姿を見てこの鍵が本当に大事なものだったのだと分かり、意を決してここまで届けに来てよかったと思った。

しかし、それよりなにより、彼女の見た目の雰囲気から話ね、し方までのすべてがいつもの彼女の印象と違っていて、僕は拍子抜けしていた。まあ、とやかく言えるほどいつもの彼女というものを僕は知っているわけではないが、さっき階段でぶつかったときに少し会話した雰囲気を思い出しても、今目の前で意気揚々としている姿とは重ならないものがあった。

彼女は僕の手を握りしめながら再び、ありがとう、と言って鍵を受け取った。


「ねえ、その鍵についてるキーホルダーって何のキャラクターなの?」


「え?これ?これはね、猫だよ!私が昔自分で描いたものをキーホルダーにしたの!かわいいでしょ!」


「ね、ねこ、、、へ、へえ、すごいね」


何をどう捉えていけばそのキャラクターが猫になるのかも、どこをどう見ればそれに可愛さが見いだせるのかも全く理解ができなかったので、取りあえずそれ以上追及するのをやめた。


彼女はにこやかに笑って、その変てこなキーホルダーを一度大事そうにぎゅっと握ってから、自身の制服のポケットにしまった。

そんなに大事なものなのに制服のポケットなんかに入れてしまっていいのだろうか、と僕は少し思いながらその様子を見ていた。


さてと、僕はここに来た一番の目的を果たしたので、これ以上厄介ごとに巻きこまれて時間を潰してしまわないためにも足早にここを立ち去るとすか。

彼女のいつもと違う様子や、なんでこの屋上に入ることができたのかとか、気になることはいくつもあったが、これ以上首を突っ込んだら絶対面倒なことになると、警告音が鳴るかのようにじりじりと僕の直観で感じていたのだった。


踵を返そうと足を動かしたのと同時に、彼女の口は開き、僕に向かって言葉を発した。それはまるで、このタイミングをずっと見計らっていたかのように僕の動きと重なった。


「ねえ、何も聞かないの?どうして私はここにいるのかとか、ここで私は何をしているのかとか。気にならないんだ?」


僕はまさか自ら核心に迫るような話を振ってくるとは思っていなかったので、少し拍子抜けした。てっきりこの屋上に入れた経緯や理由は他言したくないのだろうと思っていたので、こっちから無理につつくこともしないつもりだった。


「いや、、気にならなくはないけど、それよりなにより厄介ごとに巻き込まれたくないからもう帰るよ」


「っふふ、あはははっ、何それ!私がここにいることは厄介ごとだって断定なんだ。本当に君はさすがだね!ふふ、全く、失礼しちゃうなあ、私の行動を勝手に面倒ごと扱いするなんて!」


彼女は僕の嫌味な返事を微塵も気にせず、満足げに笑った。


「んーまでも、君にそう言われてしまうのも間違いでもないかもしれないかな。私のしていることが君にとって厄介ごとか、素敵なことかを判断するのは君自身だもんね」


彼女はそう言ってにやりと笑った。

逃げろ。そう咄嗟に僕は思った。逃げろ、にげろ、早く。何かとんでもない嫌な予感がする。早く足を動かしてここから立ち去るんだ。さあ、逃げろ、にげろ、ニゲロ


「だから君が私の行動を正しく判断してもらうためにも、残念だけど君には巻き込まれてもらうよ」


さあ、走れ。扉に向かって走って逃げろ。


がしっ


僕が一目散に唯一校内と繋がる扉に向かって走ろうとした瞬間、僕の左手は人質のように強く捕まれた。


「今日から君を 共有者 に任命します」


彼女は綺麗な笑顔を顔に浮かべながら意味不明な事を僕に告げたのだった。





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