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結局その日の放課後は国語教師に散々仕事を手伝わされてしまった。なんで古典の資料ってあんなにも分厚いんだ。昔の日本人の才ある情緒と文化が詰まっている、とかあの教師は言ってたけど、古代の日本人よ、もう少し端的に情緒をまとめて欲しかったよ。


5、6センチある資料を何十冊も運ぶ作業は、帰宅部で普段そんなに運動しない僕にとっては慣れない肉体労働で、ヘトヘトになりながら教室に鞄を取りに来た。

ああ、もうそろそろ部活をしてる奴らも戻って来る時間になってしまう。


せっかく一人で登下校するために帰宅部にしたというのに、これじゃあ意味がない。

急いで荷物を片付け、自分の鞄を持って教室を出た。

廊下に出るとどこかから楽器の音が聞こえる。この時間に残ってる生徒は部活か委員会に所属してる人くらいなせいか、廊下や周りの教室にも人気が無く、とてもひっそりとしている。聞こえるのは、吹奏楽部の楽器の音と、グランドで練習している部員の掛け声が小さくBGMのように流れ、廊下を歩く自分の足音が1番大きかった。


俺は人と群れて行動するのが苦手だ。友達という団体の中にいると、その場の雰囲気に合わせて行動しなければならない時がある。そういう時、俺は自分のしたくない事を人に合わせて無理にするのは嫌だなと思ってしまう。けれど、何かしようとなった時、別に自分は特に興味のない事だとそれを周りに主張すると、少し嫌な顔をされる。それを気にせず自分の思うままにいれれば一番良いのだが、人に自分が良くないイメージを持たれるのも嫌なのだ。

だからなるべく人からマイナスでもプラスにもならない印象を持たれるように接するようになった。

クラス内でも人と群れるのは好きではないが、友達がいないと思われるのも嫌なので、それと無く色んな人の会話に入って楽しみながらも、特定の誰かと一緒に行動したりはしない。だから表面的に見れば友達は多い方だとは思う。けれど、本当に仲が良いやつはいない。

自分でも面倒臭い性格をしてるとは思うけれど、一匹狼にはなりたくない、でも友達とつるむのも嫌な自分が頑張って編み出した処世術がこれなのだ。

部活も大概帰りは部員同士でぞろぞろと帰りがちだし、皆んなで寄り道しよう、なんて事になった時には本当に最悪なので入るのをやめた。

だからと言ってこれと言った趣味や習い事があるわけではないので、放課後は暇を持て余す時もあるが、人の顔色を伺って過ごすよりはましだ。案外一人でのんびりするのも悪くない。


今日は本屋に寄って新刊を買って帰ってから、犬の散歩して、新刊読んで、ゲーム進めて、それから、、


ドンッ


今日の残り少ない放課後の予定を考えながらぼんやりしていたせいか、廊下から繋がる階段前の踊り場に出ようと左に曲がったところで、誰かとぶつかった。


「うわぁっ」「ぎゃっ」


考え事をしていたせいで完全に注意散漫していた。階段から来る人の気配を全く感じれなかった。

思わず出てしまった僕の声と同時に聞こえた声の主の方を見ると、女子生徒が床に尻餅をついていた。どうやら女子と男子の体格差のせいか彼女の方は衝撃を受けて態勢を崩してしまったようだった。


「ごめんっ」


急いで彼女に駆け寄り、手を貸そうとしゃがんだところで彼女の方も顔を上げたので、視線がかち合った。あ。彼女も僕の顔を見て少し驚いたのか、眼鏡の奥に見える目が見開いていく。

彼女は同じクラスの峯山さんだった。


「ごめん、ぼうっとしてて気づかなかった。大丈夫?怪我はない?どこか痛かったりする?」


慌てて彼女に色々質問するが、彼女は眉をハの字にさせながら僕の方を見つめたまま動かないでいる。

どうかしたのだろか。どこか痛くて喋れないとか、まさか僕が気付かないうちに頭を打って混乱してるとか、、返事のない彼女の容態だけが僕の頭の中でどんどん悪化していった。


「あの、峯山さん、本当に大丈夫?」


もう一度声をかけると、やっと彼女は、はっとしたような顔をした後口を開いた。


「あ、うん大丈夫です。怪我は多分ありません。私の方こそ急いで階段を上がってて周りを全然見ていなかったので気にしないで下さい」


そう言いながら彼女は自分で立ち上がり、スカートについたゴミを手で払い始めた。


「それなら良かったけど、本当に痛むところはない?」


「全くないので本当に気にしなくて大丈夫です。私の方こそ色々不注意ですみませんでした。じゃあ私急いでいるので、また、明日。さよなら各務くん」


「え、あ、うん。さよなら」


そう言って彼女は僕の横を早足で通り過ぎて颯爽と上の階段を登っていってしまった。


普段関わることも殆ど無いため彼女と一言以上話すのはほぼ初めてと言っていいほどで、同じクラスなのに敬語で話すんだとか、僕の名前知ってたのかとか、色々と彼女に圧倒されながらも、僕もそんなにもたもたとしてる時間は無いので歩き出す。


しかし二歩目を踏み出したとこで足に違和感を感じた。違和感の原因を確認するために足をどけると直ぐに違和感の正体が分かった。僕の足元にはキーホルダーの付いた鍵が落ちていた。どうやら僕は誰かの鍵を踏んでしまったらしい。

普段なら誰の物か分からない落し物として職員室に届けに行ったはずだろう。しかし今鍵が落ちている場合はさっき峯山さんが尻餅をついていた場所と全く同じなのだ。そんなに強く踏んだつもりはないが、いちよどこか壊れているところがないか確認がてらその鍵を拾う。

キーホルダーをよく見ると、プラスチック製の板に描かれたキャラクターは何ともブサイクで見たこともないものだった。ネズミか?いやクマ?そのキャラクターが何の動物なのかすらさっぱり分からない。かろうじて言うのならば頭のようなところにリボンのような物が付いているため、このキャラクターの性別は女なのだろう。多分峯山さんの物なんだと仮定していたが、彼女はこういうのが趣味なのかと、少し持ち主に自信が無くなった。

元のキャラクターを知らないので何とも言えないが多分壊れている部分は無さそうだった。

いや、しかし、どうしよう、これ。

高い確率で峯山さんのだとは思うが、一度持って帰って明日の朝にでも渡すか。もう部活が終わる時間も迫っているので、これ以上校内でうろうろしている余裕はない。けれどもしこれが峯山さんにとって大事な鍵だとしたら、家の鍵だったり、今日中に必要とする場合も大いにある。鍵とはそれなりに存在感のあるものだ。片手に収まるくらいの小さな物の割には役割が大きい。僕の頭の中をアニメや漫画で見るような、天使と悪魔が交互に囁く様に、二つの考えが行き来する。


待てよ、しかももし今からこの鍵を彼女に届けるとして、彼女はさっきこの上の階段を登って行ったはずだ。しかしこの階段が続く先は確か屋上しかないはず。因みに屋上は立ち入り禁止になっている。何で彼女は上の階段を登って行ったのだろうか。一番最悪なのは屋上に行った場合だが、でも彼女が屋上に入れるわけがないはず。


高校生というものはいつの時代も青春の舞台には屋上というものが付き物で、さらに禁止と言われたら余計に入りたくなってしまうのが人間という物であり、屋上の侵入を挑んだ者の話はよく聞くのだ。しかし屋上に入れた話は一度も聞いたことはない。

僕は人と深く関わるのは好まないが、浅く広くな交友関係を努めていることもあって、自分でいうのも何だがそれなりに情報は持っている方だと思っている。人とは、深く関わらなくても信頼は得られるのである。だから僕の情報網を持ってしても、屋上に挑む者はいても入れた者はいない、はずなのだ。

だから彼女が階段を登って行ったとしたら、行き先は屋上扉前の少し広めの踊り場でしかないはずだ。よし、もしこの鍵が大事な物だったら可哀想だし、この階段を登るだけの行動ならそんなに時間もかからないはずだ。しょうがない、たまには人助けでもするか。情けは人の為ならず、って言うしね。天使の意見を信じるか。


そうして階段を登り始めた僕だが、上に登る度に広くなる階上の風景に人影が全くないのが、どんどん僕の足取りを重たくさせた。そして、僕の中の天使が物凄い早さで裏切った事を実感した。階段を登りきった先に見えた場所には彼女どころか誰もいなかった。


ああ、誰だよ人助けしたら良いことが起きるとか言うことわざを作ったやつ、これから起きることは全く良いことだと僕は思えないのだが。

ここにいないのら彼女は屋上に入ったか、もしくは神隠しにあったかくらいしか、選択肢はなかった。


後からこの時のことを思うと、普段の僕ならば絶対にこのまま引き帰って、大事な鍵だろうと明日の朝彼女に渡す方を選んだはずだったのに、もう僕はあの時点で底知れぬ彼女に、あの昂ぶるような空気に、当てられていたんだと思う。冷静に達観することを忘れ、入れないはずの屋上の謎に夢中になって、歳さながらに好奇心と冒険心のうようなもので一杯で、秘宝が眠ると噂された宝箱を開ける様な気持ちだったのかもしれない。


僕は恐る恐る屋上の扉に近づき、ゆっくりとドアノブに手をかけた。いっその事、神隠しであって欲しささえあった。このまま扉が開かないでくれと願いながら、僕は力を入れながらドアノブを回した。


ガチャリ


手に込めた力とは裏腹に簡単にドアノブはくるりと半周回り、ステンレスの様な金属で出来た扉は開き、開いた隙間から風と光が注ぎ込んで来た。


ああ、本当に開いてしまったよ。

僕は頭の中が驚きやら落胆やら恐怖やら高揚感なんかの色んな気持ちでぐちゃぐちゃになりながら、扉を大きく開いた。

そして僕は色々と混乱しつつも、

ああ、取り敢えず今日中に新刊を手に入れることは諦めるしかないな。なんてふと思いながら、薄い灰色の地面に一歩踏み入れたのだ。

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