39〜イース夫妻〜
「シスターはいるか?」
その言葉が孤児院の玄関に響くとすぐに老齢の女性の声が中から返ってくる。
シスターと呼ばれた老齢の女性は
「伯爵様。奥様。いつもありがとうございます。ささ、こちらへどうぞ」
とゆったりとした口調で言いイース伯爵夫妻を丁寧に掃除された食堂へと招いた。
イース伯爵夫妻は食堂の椅子に座る。
「こんな汚いところではありますが、どうぞごゆっくりしてくださいな。」
そう言ってシスターは、ニカッと笑う。
そして紅茶でも入れようかと台所へ向かう。
その背に伯爵は紅茶は結構ですよ、と言う。
シスターは、そうですか、と言い戻ってきて、よっこらしょ、と言いながら食堂の椅子に座る。
レイン・イース伯爵は窓の外で遊び続ける子ども達を見ながら
「最近はどうですか?」
と聞いた。
シスターは
「どうと言われても特に何も変わりませんよ。
独りの子どもが困っているなら助ける。
飢えているならば食べさせる。
寝るところがないなら泊まらせる。
親がいないなら親の代わりになる。
…そんな偉そうなことを言っても本当の親なんかにはなれはしませんけどね…ふふふ。
でも愛情だけは…それだけは親代わりとしてちゃんと持ってます。
…思い出せばシスターのやることは70年前も、今も、何ら変わらないんですね」
と、どこか遠い目をしながらも笑顔で答える。
「そうですか…ところで予算は大丈夫ですか?」
とイース伯爵は話を切り替える。
「ええ。特に問題ありませんよ。
最近だと新しい獣人の子を一人、それと人族の子を4人ほど保護したのですけど、孤児院を支援してくださる傭兵さんのおかげでだいぶ助かってますね」
そう言ってシスターは窓の外で鬼ごっこをしている子ども達を見ながら笑う。
「…あの子達は将来何をして、何になっていくんでしょうねぇ…先を見届けれないのは心残りですけど……。ところで伯爵様。後継のシスターは見つかりましたか?」
老年の女性はそれまでの表情を崩しどこか切ないような悲しいような、そんな顔をしながらそんなことを言った。
「後継のシスターですか。大丈夫です。ちゃんと見つかりました。あなたと同じでここ出身の子ですよ」
「そう…ならよかった…」
シスターはなんとも言えない顔をしていたが少し暗くなってしまった空気を変えるために声をなるべく明るくなるように気をつけて言う。
「そうそう。奥様。新しく保護した獣人の子なんですけど見ていかれます?とても可愛いんですよ」
「そう…なら行きましょう」
「そうですか。では付いてきてください」
シスターは席を立ちゆっくりと歩いていく。
〔ねぇ!ちょっと貴方!〕
小声で話しているのはソニア・イース伯爵夫人だ。
〔えっ何?〕
と、レインも小声で返す
〔何?じゃないわよ…養子が欲しいっていってもやっぱりどこの子かわからない子を引き取るのは不安なの…〕
〔でも僕らはもう10年頑張ったんだよ?高位のエルフや獣人の僕らでも寿命が来る。10年頑張って無理だったんだ。もう諦めよう。それに養子だとしても元気なうちに子どもが欲しいじゃないか〕
〔えぇ…そうね…たしかに他の貴族から養子を取るわけにもいかないしね…〕
〔そもそもイース家は血を重要としてないからね。初代様は人族だったらしいし。もう血は絶えてるから。だから養子でも大丈夫だよ〕
そのどこかが琴線だったのかソニアは普通の声量で言う。
「そう言う問題じゃないの!」
シスターがビクッとするが、シスターは聞いていないふりを続けてくれている。
ちなみに彼らは先程から全く歩は進んでいない。
シスターは話が終わるまで待つつもりのようだ。
〔貴族としてじゃなくて…一人の獣人として私が養子を愛せるか心配なの…〕
〔大丈夫さ…ソニアなら大丈夫。僕がついてるよ〕
〔ほんと?〕
〔本当さ〕
そこで二人は微笑み合う。
「もう、よろしいですか?」
老年の女性はニコニコしながら聞いてくる。
「ハッハイ!大丈夫です!」
「もう結婚されてからもう15年なのにまだまだお熱いんですねぇ。羨ましいですねぇ。」
そう言ってニコニコと微笑ましいものを見るような表情をしている。
「奥様。夜は大丈夫ですか?マンネリになっていませんか?」
「な、ニャにを⁉︎シスター!こ、子どもが聞いていたらどうするんですか⁈」
「ふふ…その反応ならまだ大丈夫そうですね」
「からかわないでくださいよぉ」
孤児院の奥へと進む。
そして彼らが、寝室の部屋のある廊下に差し掛かったときレインの足が止まる。
「伯爵様、どうかされましたか?」
シスターが聞く。
レインはその目に映る光景を見て戸惑っていた。
(なんだ?なぜ微精霊がこんなにもたくさん規則正しく飛び回っている?)
レインの持つ精霊眼には沢山の色とりどりな光の玉が一つの部屋に向かって行くのがありありと見て取れた
「いや、なんでもない」
レイン伯爵はそう答えた。
その後、彼らは進んでいき一つの扉をシスターが開いた。
二人は開いた空間を覗き込む。
そこには窓から漏れる木漏れ日を浴びつつも毛布にくるまって寝ている銀髪の可愛らしい女の子の姿があった。
どこか神秘的なのにどこかあどけない表情。
銀色の毛に覆われた耳は寝ていてもピコピコと動いている。
「…この子が、いい」
ボソッとソニアが呟いた。
ソニアにはなんとなくこの子なら愛せると言う自身があった。
対してレインは
「森…香り…精霊…なか…ま、なのか?」
困惑していた。
レインの精霊眼には眩しいほどの精霊が映っていた。
そして高位のエルフが持つ独特な匂い。
人を安心させる森のような匂いを漂わせていた。
なのに見た目は獣人。
だからレインは困惑していた。
この子はエルフなのか、獣人なのか、それとも…
「この子はもしかしたらエルフと獣人のハーフかもしれない…」
そんなことがあるわけがないと思いつつもレインは口に出さずにはいられなかった。
火と土の精霊に愛されたドワーフ。
水と風の精霊に愛されたエルフ。
光の精霊に愛された獣人。
どの精霊にも愛されることができる人族。
精霊は嫉妬しやすい。
だから他の精霊に愛されている種族との間に子を成すことはない…と思われている。
例えば、エルフと獣人の夫婦に子供が出来ない、というように。
例外なんてものは極々僅か。
最後の例外は神話の時代にまで遡る。
だから、もしも、もしもこの子がそんな奇跡の子だというならば…
「ソニア…」
「レイン…」
彼らの意見は一致した。
この子がハーフだなんてそんな保証はどこにもないのだけれど。
「どうなさいました?」
シスターがイース夫妻に問いかける。
顔は笑ってはいない。
珍しくいつも細めている目を開いている。
若干の覇気すら纏っているように感じられる堂々とした佇まいのままイース夫妻の返答をシスターは待つ。
「いや、この子を…あのーなんだ…悪い、ソニア頼む」
ここに来て急に歯切れが悪くなる悪いレイン伯爵。
「えーと…そのーですねっ…この子っを…ふわわわわ…なんて言えばいいんだろう…レイン」
なぜか緊張し始めてまともに喋れなくなるソニア夫人。
そこへ、
「その子はライカっていうちゃんとした名前があるんだよ。伯爵様」
と、シスターはライカのことを見ながらボソッと言う。
シスターの目は未だに開かれている。
「シスター…私は…いや私とソニアは、この子…ライカちゃんを私たちの娘にしたいと考えています!」
レインが大きな声でそう言い切ると、シスターが笑って
「そうですか…ではこの子をできる限り愛してあげてください。
親でない私が言うのもおかしな話ですけどね…」
そう小さな声で言った。
そして
「んで伯爵様。寝ている子どもの前で突然大声を出すとは何事だい?そげんかこと平民でも知ってる常識さね」
と静かに呆れるように怒った。
「じゃあライカちゃんが起きるまでは待っててもらってもよろしいですか?」
「えっ?あ、あぁ。うん。わかった」
「え?あっ。はい…」
そして時間は過ぎてゆき西の空に太陽が沈んだ頃、外で遊んでいた子供達が帰ってくる。
「外で土と泥は落とすんだよ。ウォーターボール」
「まだ土がついてるじゃないか、全く世話がやけるねぇ」
「どうしたんだい?また擦りむいたのかい?はいキュア」
「ほらみんなご飯だよ!」
シスターは子どもの世話をしながら心の底から笑っていた。
ヘタクソな方言は許して…ください。




