35〜王子の従者選び〜
王子達はもう閑話じゃないです。
マース王国の王城のとある部屋。
そこにはクリス国王とその息子のアーサー王子そしてクロム将軍がいた。
「アーサーもそろそろ6歳か…」
「そうですね、陛下」
いつもクリス国王のことを『あんた』呼びするクロム将軍が『陛下』と呼んでいる。
「……ブッ。ごめんクロム。やっぱ呼び方陛下はやめて」
「ぷぷ…陛下、それは無理ですなぁ…ダーツなんてヨユーとかほざいてたヤロ…陛下は誰なんでしょうねぇ?」
どうやらクリスはクロムにダーツ勝負を挑み完敗したらしい。その時に賭けていたのは互いの呼び方のようだ。王様であることが苦手なクリスにとって、親しいクロムから『陛下』と呼ばれるものは恥ずかしいものがあった。
「ごめんって。呼び方いつものに変えてくださいお願いします」
「あんたはいつも…まぁいいでしょう。で今日はいったいなんの御用で?…最近息子に会えてなくてグレないか心配なんですよ」
クロム・ガント、24歳。
結婚しもうじき6歳になる息子を持つ一児の父である。
「そういえばお前結婚してたな。どうだ?今度アーサーと遊ばせてやってくれんか?」
クリス国王は34歳。実にクロムと10歳離れているのだがとてもフレンドリーである。
ちなみにクリスとクロムは1年に1〜3回程の修羅場を共にくぐり抜けている。
主に命の危機的な意味で。
「それはいいんですけどね〜、あっ王子とりあえずそこらへんに座っといてくださーい」
「わかりましたー」
「語尾は伸ばさなーい」
「はーい」
王子に対してのこのテキトーさ。
これがクロムクオリティである
「王子に対する扱いひどくない?」
「あっついうっちゃり」
「うっちゃりって何っ?うっちゃりって」
「まぁまぁ落ち着いて。ところでなんで休暇中に呼び出したんですか?」
「お前に有休を出した覚えはないんだが?」
「冗談ですって…で内容は?」
今のクロムは結構本気で休暇が欲しかったりする。嫁と息子に会いたいのだ。というか会わなければならない。
「でさそろそろアーサー6歳じゃん?」
「それはさっき聞いたのでもういいですか?」
クロムはめんどくさそうな顔をしながら言う
「よくないよ⁈…でアーサー専属の侍女か執事が欲しいんだよねー」
「俺じゃ身の回りの世話を完璧にはできないですからねぇ。いいんじゃないですか?というかそれと俺を呼び出した関係は?もう帰っていいですか?」
クロムはとことん帰りたがっている。
クロムは家族の元になんだかんだで50日程帰れていない。
「いやダメなんだけど。腕利きのを3人くらい従者ギルドから呼んだからどれくらい出来るのかを見定めてもらいたいと思ってねー」
「えーそんなことですかー。そんなの自分でやってください。というか『視る』ことはあんたの得意分野でしょうが…」
クロムは心底嫌そうな顔をしている。
それでいいのか…将軍。
「ま、いいですよ。でも俺にわかるのはどれくらい相手が強いかって位のことですよ」
「それが知りたいからお願いしてるわけなんだけどね…」
渋々…といった様子でクロムが了解したことでクリスがほっとしている。
実は暗殺対策も兼ねているのだがそんなことはクリスは話さない。
「ところでクロムよ、ルイーナと仲良くしているのか?というか公爵家に婿として入ればよかったものを…」
「俺は騎士ですから…」
しばらくして王城に勤めている侍女が従者ギルドから3人来たと伝えに来た。
この侍女は王家が雇っている侍女だが彼女も従者ギルドの一員である。
「従者ギルドから3人参りましたがどうしますか?」
こちらが呼び出したからにはもちろん帰ってもらうなどという選択肢はないわけだが…
「通してくれ」
「かしこまりました。どうぞみなさん。こちらへ。」
そう言って侍女は扉を開け従者ギルドから来たアーサー専属にするための従者候補が3人招き入れた。
侍女が扉を閉める音はごく僅かである。
そして従者ギルドから来た3人は片膝をつき顔を伏せた。
クリスの苦手な王様タイムである。
「面を上げよ」
実は内心とんでもなく恥ずかしいと思っていたりする。手汗びっしょりである。
従者候補は左から老年の男性で、アッシュグレーの髪。執事服を着ている人だ。
背丈は180程だろうか。
真ん中はこちらも老年の男性だが白い髪で執事服を着ているがこちらは獣人だ。
こちらも背丈は180程。
右側にいるのはメイド服を着た獣人の女性だ。髪は黒色でピコピコと耳をせわしなく動かしている。背丈は150程。
「左の者、名を申してみよ」
なるべく王様っぽくクリスは振る舞う。
が自分から本当に威厳あるカリスマオーラが出ていることを彼は知らない
(やっぱやるときはやるなぁ…)
こんなことをクロムは考えていたりする。
「名はセバス・チャンと申します」
そしてセバスは恭しく礼をする。
“なぁクロム”
“なんで小声なんでしょう?陛下?”
“気にするな、であいつはどうだ?”
クロムはセバスのことを考察する。
部屋に入る時の重心の移動の仕方
歩き方の癖、歩幅
視線の移動の仕方
そして最後の確認として、わかるかわからないかというくらいの小さい殺気をセバスに飛ばす。
ちなみに武人だとここで殺気を返してくる。
「!!」
セバスは一歩下がりつつも何もしなかった。
“おそらくかなりの手慣れですが武人ではないかと”
“つまり?”
“敵を殲滅とまではいかずともうちの兵士達といい戦いはできるでしょう”
“……執事といい勝負する兵士ってどうなの?あとでしばき直しといて”
(しまったぁぁあ。仕事増やしちまったぁぁあ)
「よかろう次の者名を名乗れ」
次は真ん中の獣人が恭しくも完璧な礼をする。
“おぉ…洗練された所作…さぞ有名な執事なのでは?”
実は従者にも有名だったりする家系があったりする。
それは従者をしている種族にも絡む話なのだが。
“そうですねぇ、そういえばセバスの家名のチャンって結構な執事の名家ですよ”
“あっそうなの?”
“はい”
そんな風に小声で話しをしているところ獣人の執事は自らの名前を告げた。
「フェルと申します」
“知ってる?”
“知りませんねぇ”
二人はこのフェルというものが従者の名家出身と睨んでいたので少し戸惑っている
「失礼ながら…」
突然フェルが喋り出す
「先程から小声で話されていることは全て聞こえておりますので、よろしければ防音の魔法を使わせていただいても?」
二人は黙っている
(マジで?やばい!すごく恥ずかしい…何が面を上げよ…だよ。穴があったら入りたい…)
(うわーめんどくさー。これ絶対クリスへこむやつじゃん…。この王様へこむとめんどくさいんだよ…このガラスメンタル王…)
「はぁ…あっ、じゃあお願いします」
クリスがそう言う
「かしこまりました…『無音空間」
フェルの手から魔法陣が展開され発動する。
クロムは魔法陣を見て反射的にいつでも剣を抜けるよう構えクリスを守れる位置に移動した。
クリスは突然のことにびっくりしたためにクロムにどうしたのか聞こうとするが声が出ない。
音も聞こえない。
クロムはすぐに異変に気付いた。
クリスが口をパクパクさせながら必死にクロムを見ているのを見てクリスにはそれが王から声を奪ったように見えた。
そして『王に何をした?』と言うつもりだった。
?!
なんと自らも声が出ないではないか。
しかも耳も聞こえない。僅かな雑音すらないのだ。
すると突然耳に音が戻った。
「クロム!クロム!クロム!クロム!声が!声が!……あれ?」
「うっさいわ陛下」
突然のクロムコールに思わずクロムは素が出てしまった。
「申し訳ありません。使う魔法を間違えてしまいました…では今度こそ『音遮蔽』」
また魔法陣が展開され魔法が発動する。
クリスは今度は何が起きるのかと目を瞑ったが何も起きない。
「クロム…これは一体?」
「どうやら音を遮る壁を作り出したようですね。それにしても発動までの時間が短すぎる…」
実際クロム達には外の音が聞こえていない
「クロム…あいつ採用すべきだと思う?」
クリスはカリスマオーラを出しながら問う。
クリスはセバスと同様にフェルを見るが
重心移動
歩き方
視線の移動
どれも武人のそれではないが一応殺気も放ってみる
クロムの顔が一瞬ひきつる。
「どうした?クロム?」
「い、いえ…なんでもありませんがあれはやめておいた方がいいかと…」
「そうか…ではもう魔法を解除してもよいぞ」
がここでクロムは思い当たる。
「音を遮る魔法なんですよね、これ」
よく考えればわかることだが中から解除してくれと言っても聞こえるわけがないのである。
が
「承知いたしました」
すでに魔法は解除されていた
これにはクロムも戸惑う
(いつのまに解除を…と言うかまるで中の会話が聞こえていたかのようなタイミングだな…いったいどのように…)
「王が解除してもよいぞと言われたので解除させていただきました。中の会話は聞こえておりませんでしたが読唇術で内容は分かっておりましたので…」
(なんだこれ…心を読まれているようで気持ち悪い…)
「心を読むことは執事の嗜みでございます。」
(え?なにこれ?こいつだけだよね?セバスまで同じことしないよね?)
クロムもクリスも半ば混乱したまま一瞬チラッとセバス・チャンのことを見るとセバスは恭しく礼をして
「執事の嗜みでございます」
と言った。
クリスは取り繕うようにカリスマオーラを出しつつ次の者の名を聞こうと思った。
「次の者、名を」「ミーシャだにゃ…です」
この時クロムとクリスは思った。
((こいつ…ポンコツだ!!))
“クロム…私はもうセバスでいいと思うんだが”
“そうですね。俺も同意見です”
程なくしてアーサー専属の執事はセバス・チャンになるのだった。
執事と言ったらやっぱりセバスチャンだと思うんですよ。




