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チョウリ

金色の鳥籠を模した檻で微睡む。

――ただただ酷く眠くて。

垂らされた、自分の目と同じ色をしたリボンの先には値段が書かれたプレートがぶら下がり、

道行く客がそれを眺めては通り過ぎていく。





うん、上手く焼けそう、とシュナはフライパンの中で広がる溶き卵をつつく。

食物が高騰する中、ハイドはどこからか必ず食材を仕入れてくる。

それは今ではほとんど手に入らないはずの野菜であったり、果物であったり、乳製品であったり。

入手方法は聞いてもはぐらかされるばかりだ。

――あとはこれを少しずつ返して丸めて、その度に溶き卵を流し込んでいけば玉子焼きの完成、

と思った瞬間。

後ろからハイドの腕が回され、シュナの持っていた箸が取り上げられた。

のしり、とシュナの頭にハイドが顔を乗せる。


「ちょ、何するの。

重い」

「玉子焼きは俺、半熟が好き」


そういうが早いが、卵をぐちゃぐちゃとかき混ぜ始める。


「ハイドぉ、まだ寝ぼけてるでしょ。

……それで作れるのはスクランブルエッグなんだけどな」

「いいじゃん、スクランブルエッグ。

俺好き。

シュナが作る料理は全部好き。

だからさぁ」


ぼろぼろぼろぼろ、千切れた言葉と玉子が崩れてシュナにはそれが

何なのかよく分からない。

ハイドの声が掠れるように低くなる。


「――さっきみたいに喰えとか止めろ」


心臓に悪い、と。

シュナとは違って酷く高い体温をした手が、頬を壊れモノでも触る様にゆっくりと撫でた。


「ハイドは変わってるよね」


そう言って、回された腕を押しのけ皿を出しに戸棚に向かう。

出すのは一枚、あと、フォークも一つ。

先に焼いておいたパンを切ってのせ、スクランブルエッグもどきをよそって完成。

昼食というより朝食だが、ハイドは寝起きにあまり重たいものを受け付けない。

振り返ると何故か酷く不機嫌そう表情をしたハイドがじとりとこちらを見つめていた。


「ほらほら、冷めないうちに召し上がれ?」


無言のまま突っ立つハイドを押してリビングに向かわせる。



外に出ないせいか透けるように色のない白い指先。

その先にはフォークの銀、そして最後は血の様に赤い舌の色。

ぱくり、とハイドが食べ物を口に運ぶたびにシュナは恨みがましくそれを見つめてしまう。

――なんて、なんて羨ましい。


「何見てんだよ」


食うか?とハイドがフォークに挿したスクランブルエッグもどきをシュナの方に向けて揺らす。

反応を返さず見つめていれば、肩を竦めまたぱくり、と口に入れた。

――キミらはいいな、食物としてきちんと役目を果たせて。


「……ハイドはシュナのこと嫌い?」


ハイドが飲みかけていた珈琲をぐっと変な音を鳴らして飲み込んだ。

そして咽たのか、げほごほと苦しそうに大きく咳き込む。


「慌てて飲むからだよ」

「お前が!

お前が飲んでる途中で急に変なことを言うからだっつーの」


耳を赤くしてハイドが叫ぶ。

シュナは別に変なことなんて言ってないんだけどな。


「だって、ハイドはシュナのこと喰べないでしょ?

人間って食物に関して好き嫌いあるっていうし、嫌いなのかなぁって」


シュナはシュナの味なんて分からないし。

口に指を入れてかしりと軽く噛んでみるけれど、何の味もしなくて。


「やめろ」


ハイドがシュナの手首を机越しに掴む。

机が揺れて食器ががちゃりと大きな音を立てた。


「痛いよ、ハイド」


口から手を吐き出し、そう言ってへらっと笑う。


「嘘つけ。

シュナは――お前らは痛みなんて感じる神経が通ってないだろうが」

「うん、タベモノだからね」


低く苛立った感情を押さえつけるような声を出すくせに、

べたべたと唾液でべたつく指先をハイドが丁寧に濡れたタオルで拭いていく。

シュナはされるがままにそれを眺める。


「血が出てるじゃねぇかよ、バカが」

「バカって言う人がバカって、何かで読んだよ?」

「うっせぇ」


ぶつぶと文句を並べながら、最後にどこからか取ってきた絆創膏を傷口に貼られる。

まるで人間にでもするような。

怒ればいいし、優しくなんてしなくていい。

――やっぱり、ハイドは変わってる。


「そうだ」


ぽつりと呟くと後片付けをしていたハイドが、ん?と視線だけをこちらに飛ばす。


「いいこと思いついた」

「シュナ、お前のいいことは大抵ロクなことじゃねぇから言わなくていいぞ」


ハイドが身構えるようにこちらを見、シュナはけらけらとそれに笑う。


「あのね、ハイドをね。

部屋の中に閉じ込めて食べ物も水も与えないの。

そしたら空腹で嫌いなものでも食べられるかも」

「怖ぇよっ。

お前の発想は!」


心臓に悪い、とハイドが頭を抱える。

第一、嫌いじゃねぇし……とぼつりとハイドがどこか機嫌悪そうにぼやく。

そしてこちらを見ると酷く静かな声で挑む様に強く。

何かに誓いをたてるかのように。


「絶対に俺はシュナを……お前らを喰べねぇから」


酷く真剣なその表情に一瞬、熱を感じた気がしたが気のせいだとにこりと笑みを返す。

シュナはタベモノ、喰べられるのがシュナのたった一つの存在意義。

そこまでハイドの意思が固いのなら。


「断食作戦……決行しようかなぁ」

「やめろ、俺を殺す気か」


焦った様に叫ぶハイドにけらけらと笑う。

――シュナは今日もハイドに喰べてもらえなかった。

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