セカイ
――お前は今日からタベモノだよ。
と誰かが自分に囁いた。
セカイキガ、と背表紙にかかれた絵本を棚から取り出す。
表紙には、綺麗で表情のない歪な子どもの形の絵が描かれ、
周りには人間が笑顔を浮かべてフォークやナイフを持っている。
――昔むかし。
昔々、セカイと呼ばれるこの国で大きな戦争が起こりました。
使われた兵器で土は汚染され、食物はほとんど育たなくなってしまいました。
お金の価値などただの紙切れのよう、どんどん食物の価値が上がっていく中
セカイはタベモノの開発に成功しました。
美しい人形の様な見た目をした意思も痛みを感じる神経もないただ、人間に
喰べられるだけに作られた生物。
それはセカイ中に瞬く間に出荷され、こうしてセカイは飢えから救われました。
「おしまい」
呟いてぱたりと本を閉じ、頭の中で様々な色で描かれたイラストを思い浮かべると
何回も何回も読んだせいか、イラストと同時に文章もながれる。
歪な子どもの形をしたタベモノにナイフを入れれば、流れる血は人間と同じ赤、で。
そのページを開き、指でそっと撫でる。
いいな、いいな、羨ましいな、とその言葉だけがぐるぐると回って
うっとりと嗤ってそのタベモノのイラストに唇を落とす……。
「ふぁ、ねみぃ。
あー、シュナ、おはよ」
ドアの開閉音とともに低い声が部屋に響く。
絵本から顔を上げ、壁に掛けられた時計を見る。
時刻は午後一時、とてもおはようなんて言える時間帯じゃないな、と思いながらもシュナは
「おはよう、ハイド」と言葉を返す。
「今日は起きてくるのがいつもより遅かったね。
悪い夢でも見た?」
「あー、うん?
どうだろうなぁ、腹いっぱい真っ赤なベリーのジャムを食う夢を見たかも」
ふらふらとしたどこか覚束ない足取りでシュナが座るソファに倒れ込むハイドに
なにそれ、とけらけらと笑う。
表情とは裏腹に冷めた思考は、お腹いっぱいだなんてなんて贅沢とシュナの中で囁く。
それはシュナに刷り込まれた本能に近い何かで。
ハイドに食べられるベリーのジャムが酷く羨ましい、と思いながら
にしても、とシュナはハイドの頭に目を向けた。
艶々とした夜を溶かしたような黒髪を手で軽く梳く。
「髪の毛ぼさぼさ。
どういう寝方をしたらそうなるのかシュナに教えてくれる?
鳥の巣みたい」
「あー、一緒に寝たら分かるんじゃね?
俺も寝てるから知らねぇよ」
欠伸をしながらの冗談なのか本気なのか判断のつきにくい声音での切り返しに、
「やだよぉ」
とふるふると首を横に振る。
「だって、ハイド絶対にシュナを抱き枕か何かと勘違いしてるもん。
前に一緒に寝た時、絞殺されるかと思った」
「えぇ、マジか。
覚えてねぇなぁ……」
ふわふわとした眠そうな声でうーんと首をひねり、まぁどうでもいいかと
一人うんうんと頷くハイドのお腹がくぅと鳴る。
その音にシュナの心臓がばくりと大きく音を立てた。
髪の毛を梳いていた指先をそろりと下へ下へと降ろす。
耳元を掠り、顔の輪郭を触れるか触れないかのぎりぎりの位置を保ちながらハイドの口元へ。
「ハイド、お腹空いたの?」
「あー、うん、多分」
甘えるように優しく問いかければ微睡むような頼りない声が返って来る。
今日はよっぽど眠たいんだね、とくすりと笑みを浮かべ、
耳元に顔を近づけ――じゃあ、と声をハイドの中に落とす。
――じゃあ、ハイド、シュナを喰べる?
瞬間、素早く伸びてきた骨ばった手が簡単にシュナの指先を拘束し、口元から遠ざける。
そして、腹減ったからなんか作って、と冷めた声でシュナにとってとても酷い事をハイドは言った。