みっしょん7 あの日の悪夢
【ゆるキャラ】 「ゆるいマスコットキャラクター」の略称。国や都道府県、市町村などの地方公共団体、その他公共機関等が、イベント、キャンペーン、村おこし、名産品の紹介といった各種地域情報の宣伝のため、またはその活動当事団体の理念や特色を表す象徴として創作されたご当地キャラのこと。地域に根差したものについては特に「ご当地キャラ」と呼ばれることもある。一般的な特徴として、外見がカワイらしく、そして、ユルい。また、広義にそういった特徴を持つイラスト、着ぐるみ全般をさすこともある。「ゆるキャラ」の命名は、みうらじゅん氏による。
夏休みも終わり、二学期の始業式が行われた八月末のある日の放課後、安室鈴はやはりトラックを走っていた。
走り抜ける鈴を目で追い、糸矢あずなもいつも通りにストップウォッチを押す。
「…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」
「十一秒九〇。うーん…やっぱ伸び悩んでるねえ。最近、何かあった?」
肩で息する鈴のもとへ歩み寄ったあずなは、タイムウォッチを見つめながら尋ねる。
「……ハァ……ハァ……ううん…ハァ……ハア……別に……何もないけど……」
その問いに、鈴は特に思い当たる節はないというように、荒い息の合間を縫って答えた。
しかし、何が原因なのかわからないながらも、ここのところずっと鈴はなんだか悶々としていて、どうにも気が晴れない感じを確かに覚えている。
こんな風になったのは、いったい、いつからだったろうか?
鈴は心の中で自分に問いかける。思い起こすに、それはおそらく一週間ほど前からのことだ……その頃、気になるような出来事って何かあったろうか……。
そう考え、記憶を掘り起こそうとした鈴の脳裏を不意にある映像が過った。
……ああ、そういえば、あの子。ちょっと前までは部活の時よく見かけてたのに、ここんところずっと見てないな……確か、今日も学校休んでいたような……。
彼女は、自身を悶々とさせている犯人の核心に迫ろうとしていた……が、その寸前。
「やあ、安室鈴さん」
彼女の思考を遮る、そんな声が聞こえた。
「あなたは……」
振り向くと、そこにいたのは以前、自分をスカウトに来た、あの三年生の先輩だった。
「僕のこと、憶えてるかな?」
だらしなく開けたシャツの襟にゆるゆるにネクタイを結んだ彼は、照りつけるオレンジの西日の中、どこか気だるそうな様子で彼女に尋ねる。
「ゆるキャラ同好会副会長の東郷さん……でしたよね?」
「ちゃんと憶えててくれたんだね。うれしいよ。ま、今はゆるキャラ部の副部長だけどね……ちょっと君に話したいことがあるんだけど、デートに付き合ってもらえるかな?」
東郷は前回同様、ふざけた調子でそう鈴を誘ったが、なんだか今日の彼はどこか疲れているように彼女の目には映った。
「ちょっと、またですか!? その話は以前にきっぱりとお断りしたはずです! レイに変なちょっかい出すのやめてください!」
鈴が返事をするより先に、あずなが前に立ちはだかって彼女を守るようにして告げる。
「いや、それがね。いくら君みたいなカワイイ女の子の頼みでも、今回に限っては素直に聞いてあげるわけにもいかないんだよ。こちらも少々事情が立て込んでいてね……」
しかし、あずなにきつく睨みつけられても東郷は引き下がろうとしない。それにその口調は相変わらず冗談めかしているが、やはり妙な疲労感が彼のだらけた体からは滲み出ている……もしかして、何かあったのだろうか?
「どんな事情か知らないですけど、ダメなものはダメです! だいたい着ぐるみに入る人は荒波さんに決まったんじゃないんですか? 時々その訓練で走ってるの見かけたし」
……!?
あずなの言ったその名前に、鈴は何か不安めいたものを感じる。
……東郷さんのこの様子……まさか、あの子に何か……。
「いや、まあ、それはそうだったんだけどね……」
「だったらレイにもう用は…」
「あ、あの! ……お話だけなら……聞いても、いいですよ?」
彼女を庇うあずなを他所に、気が付くと鈴は思わずそんな返事を口にしていた。
「レイ……」
あずなが驚いた顔で鈴の方を振り向く。
「ごめん、シアちゃん。あたし、ちょっと話を聞いてくるよ……」
「レイ……」
いつにない鈴の様子にあずなは心配そうな表情を浮かべ、もう一度彼女の名を呟く。
「大丈夫。話聞くだけだからさ……」
そんな心優しい親友に鈴は静かに微笑み返し、あずなを安心させようとする。
「そうか。ありがとう……それじゃ、ちょっと場所を変えようか……」
「はい……」
疲労を滲ませた顔で礼を言う東郷に頷くと、鈴は彼について歩き出した――。
グラウンドから校舎の方へと二人で移動し、焼けつくような夏の西日を避けられる体育館裏の日陰に逃げ込むと、鈴の方から先に口を開いた。
「――あ、あの……わたしに、お話というのは……」
「君も、うちの着ぐるみ装着者が同じクラスの荒波舞さんになったの知っているね?」
少しの沈黙の後、東郷はおもむろに話し始める。
「あ、はい……」
「その荒波舞が大怪我を負った」
「えっ……?」
鈴は小さく驚きの声を上げる。
しかし、内心彼女は自分の予感が的中したような、そうであることをすでに知っていたかのような不思議な感覚を覚えていた。
今、鈴の脳裏には、段ボール箱を繋ぎ合わせた疑似着ぐるみに身を包み、グラウンドの周りをランニングしていた荒波舞の姿が浮かんでいる……時折見かけるその姿がなぜか気になって、いつの間にやら眺めていることが多かったのだ。
「不幸な事故だった……完成した着ぐるみを着てのPRも兼ねた校外長時間走行実験の最中にね、内部の気温が上昇し、限界を超えた彼女は熱暴走を起こしたんだ。暴走した彼女は転倒し、そのまま河川敷の堤防を転げ落ちた……左足と右腕の骨折に全身打撲だそうだ。九月九日のゆるキャラ選手権にはおそらく出場できないだろう……」
「……そう……ですか……」
東郷の話に、鈴はなんと答えればいいのかわからず、とりあえずそう短く呟いた。
「そこで、君に改めて頼みたいんだが……僕らのゆるキャラ〝ぬらりん〟の着ぐるみに入ってくれないかな?」
簡単な状況説明がすむと、東郷はいつになく真剣な眼差しで鈴を見つめ、案の定、彼女に着ぐるみ装着者の件をもう一度依頼する。
「……それは、前にお断りしたはずです」
その視線を受け止め切れず、鈴は目を逸らすと小さな声でそう答えた。話の流れからそう来るだろうことは彼女にも予想できたが、やはり聞けぬ相談だ。
「君があがり症なのはよくわかったよ……でも、着ぐるみの中なら衆人の目に晒されることもなく、君も普段の自分でいられるはずだ。それに人の目を気にせず、なおかつ多くの人の前に立てる着ぐるみは、あがり症を克服するいいリハビリにもなると思うんだ。どうだろう? ここは君自身のためにも一歩足を前に踏み出してみる気にはならないかな?」
「……それでも、ダメなんです……直接人に見られなくても、大勢の人の前で何かするってだけで、あたし、あがっちゃうんです……」
両の瞳を左右に落ち着きなく揺らし、しばし逡巡した後、鈴は伏せ目がちに呟く。
そう答えながら鈴は、自分があがり症になってしまったその直接の原因を思い出していた……それは、彼女がまだ小学校三年生の時のことだ。
その頃までの鈴は、今では想像もつかないくらいに物怖じしない、音楽会や学芸会などでも率先して大役を引き受ける出たがりで積極的な女の子だった。
しかし、三年生の学芸会で友人の村井戸乃彩とコンビを組んで漫才をやった時のこと。鈴はボケで、乃彩はツッコミだったのだが――。
「――部下の靴はブカブカ!」
「なんでやねん!」
………………シーン。
彼女達は思いっきりすべった。教室に広がる静寂と寒い空気……背中を伝うなんとも心地の悪い冷たい汗……あの時の静けさを、鈴はまだ鮮明に憶えている。
それまで、彼女は大勢の前でも大役をそつなくこなし、そんな消えてなくなってしまいたいくらいに恥ずかしい、身も凍りつくような寒い経験をしたことなど一度としてなかった。それ故に、そのたった一度の経験は鈴の中で大きなトラウマとして残った。
彼女があがり症になったのはその時からだ。それ以来、彼女は舞台に上がる度にその嫌な失敗を思い出し、足がすくんで口も回らないようになってしまった。いや、舞台ばかりか運動会やマラソン大会、参観日の授業で発言する時ですら、衆人の目を引く状況にあっては極度に緊張してしまい、普段通りに振る舞うことができなくなってしまったのである。
こうして、それまでの彼女とは似ても似つかない程の、超あがり症で内気な少女・安室鈴は誕生した。今では以前の活発だった頃の話をしても、みんな嘘だと言って誰も信じてはくれないくらいのものだ。
……そういわれてみれば、なぜその頃までの自分は、そんな出たがりで物怖じしない積極的な子だったのだろう?
鈴はふと、そのような疑問に捉われる。
だが、いくら思い返してみても、それ以前の記憶はどこか朧げで、どうしてそんな子だったのかを思い出すことはできなかった。
何か、それには大事な理由があったような気もするのだが……そう。何か大切なことを忘れているような……。
「……どうしても、ダメかな?」
とても長く感じられながらも、ごく僅かな束の間にそんな思いを巡らしていた鈴に、東郷が再度尋ねてくる。
「……はい……そういえば、そもそもなんであたしじゃないといけないんですか? 他にもっと適した人がいるように思えるんですけど……あたしみたいにあがり症じゃない、むしろそういう目立つことの好きな人が……」
鈴はやはり断ると、逆に東郷に尋ねた。よくよく考えれば、それも大いに疑問である。
「まあ、確かに君の言う通り、着ぐるみに入る人間は他にも万といるけどね。極論すれば、別に誰でもいいと言ってもいい……だけど、全校生徒のデータをもとに検討した結果、この学校内で一番適した体質と運動能力を持った人間は君と荒波舞さんの二人であることがわかったんだ。僕らはこのゆるキャラ選手権にすべてをかけている。できれば君のように最も適した人間に僕らの着ぐるみを託したいんだよ」
「そんな……あたし、全然適してなんか……あがり症だし……」
鈴は目を逸らし、期待を寄せる東郷にそう呟く。
「いいや、身体的特徴だけじゃない。僕は君に会って確信したよ。君には何かがある。うまく言えないんだけど……そう。君は他の人間にはない、この大舞台を成し遂げられる何かを持っているように感じるんだ!」
だが、東郷は諦めることなく、むしろ言葉に熱を帯びて語り続ける。
「お、大舞台だなんて、それこそあたし……」
「それに君は心の奥底で、本当はこの役をやってみたいと思っているんじゃないのかな? 君を見ていると、僕にはどうしてもそんな気がしてならないんだけどな」
「…!?」
さらに問いかける東郷のその言葉に、鈴は一瞬、ハッとした。
「そ、そんなことあるわけありません! これで、失礼します……」
そして、早口にそれだけを言って頭を下げると、彼との話を強引に終わらせ、足早にその場を後にして行く。
……だが、鈴は東郷の強引さに怒ったのでも、でたらめなことを言う彼に腹を立てたのでもない。何か、彼に自分の心の奥底を見透かされたかのような、そんな気がしたのだ……そんなこと、絶対にないと思っているのだけれども。
「九月九日だ! その日に伝遷都予定地公園でご当地キャラを決める選手権大会が開かれる! その日まで君のことを待っている! もし、その気になったらいつでも来てくれ!」
去り行く鈴の背中に、東郷は大声で叫びかける。
「………………」
それでもそんな彼の方を振り返ることなく、鈴はもと来たグラウンドの方へと黙って歩いて行った――。
一方その頃、ゆるキャラ部司令の乃木茉莉栖は、生徒会室で映研の撮ったドキュメンタリー映画の記録映像を見直していた。
暗幕の引かれた薄暗い生徒会室に、プロジャクターの微かなモーター音が木霊している。
そして、部屋の隅に貼られた白いスクリーンには、学校近くの河川敷の映像がデカデカと映し出されている……。
「――よし。これより市民へのPRも兼ねた長時間走行実験を行う。荒波君、この河川敷の道をあちらの橋の所まで行って、向こう岸に渡ってからまたここまでも戻って来てくれ」
スクリーンの中で、橋の袂に立って腕を組む、条坊高校指定の夏服に身を包んだ茉莉栖が言った。紺色のブレザーから一変、白い半袖ブラウスと水色タータンチェックのスカート、ハイソックスも紺から白にチェンジしたが、ミニスカートの裾との間に構成される〝絶対領域〟が相変わらず野郎どもの目に眩しい……。
その絶景をもっと見ていたいところであるが、今度はカメラがズームアウトされ、夏の太陽に焼かれて陽炎立ち上る、遠く彼方の橋の映像が映し出される。
「荒波君、いけるな?」
再びカメラが戻り、そう尋ねる茉莉栖の傍らには〝ぬらりん零号機〟に入った舞と、同じく夏服を着て、暑そうに団扇を煽ぐ平七郎、ひかり、瑠衣、真太のゆるキャラ部の面々の姿も見られる。ちなみに団扇の柄は江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕の『画図百鬼夜行』をもとにひかりの描いた〝ぬらりひょん〟の絵だ。
「はい。問題ありません……」
その〝ぬらりひょん〟をゆるキャラ化した着ぐるみの中からは、茉莉栖に答えて、くぐもった舞の声が聞こえて来る。
「だが、この暑さだ。もしも途中で駄目だと思ったら遠慮せずに言ってくれ」
「いいえ。大丈夫です……」
万が一に備えた茉莉栖の注意にも、舞はいつもの如く抑揚のない声でそう答えた。
「そうか。では実験開始だ。西村君!」
「はい。装着者体調監視システム準備完了!」
振り向くことなく尋ねる茉莉栖に、真太は手にしたタブレットPCを見つめながら頷く。
「東郷君!」
「ういっす。こっちも準備OKだ」
次に訊かれた平七郎は、首から下げた双眼鏡を片手で持ち上げて見せる。
「よし! 荒波君、長時間走行実験スタート!」
「了解……」
茉莉栖の合図に、舞の入った〝ぬらりん零号機〟はくぐもった声をその場に残して走り出した。普通に人が走るよりはずいぶんと緩い速度であるが、それでも懸命に脚を動かし、遠ざかって行くぬらりん零号機……その後、しばらくして一旦画面が途切れ、今度は対岸を遠くからこちらへと走って来る映像に切り替わる。
「そろそろ走り始めてから一五分か……どうやら問題なさそうだな」
遠くに小さく見えるぬらりんを眺めながら、茉莉栖が安心したように呟く。
「ああ。いい走りっぷりだ」
双眼鏡でそちらを覗い、平七郎も競馬のレースを見守るようにして頷く。
「……ん? 十五分? ……あああっ! あれ着て走った時の体温上昇率からすると、中はそろそろ人間の活動限界値を超える高温になっているはずですよ!」
しかし、タブレットの画面に映し出される「体温上昇率/時間(分)」のグラフを見ていた真太が、今、気付いたというように大声を上げた。
「なにっ!?」
その言葉に、茉莉栖も嫌な予感を感じて真太の方を振り返る。
「ねえ、あれ、なんか変じゃないかい?」
と、ちょうどその時、瑠衣が小さなぬらりんを睨むように見つめ、怪訝そうに言った。
「そいえば、なんだか走ってるというより踊っているような……」
それにはひかりも額に片手をかざしながら同調する。
「………ああ。確かにあれは踊ってるな……こりゃ、なんかマズイかもしれん」
唯一、双眼鏡で遠くの状況もつぶさに確認できる平七郎も、その二つの筒を覗き込みながら不吉な予感を口にする。
「荒波君っ!」
そして、ゆるキャラ部の部員達は一斉にぬらりんへ向けて走り出す……その後を、画面を激しく上下左右に揺らしながらカメラもついて行く……。
ゆるキャラ部員達の背中越しに段々と近付いてくるぬらりん零号機……よく確認できる位置にまで行くと、それはまるで何かに取り憑かれでもしたかのように手足を大きく振り回して暴れていた。
「荒波君っ!」
「舞ちゃんっ!」
「荒波っ!」
全速力で走りながら、部員達が舞の名を懸命に叫ぶ。
だが、茉莉栖達が辿り着くわずか寸でのところで、舞を入れたぬらりん零号機はくるくると輪舞を踊るようにして、夏草の生い茂る土手を河原へと転げ落ちて行った。
「荒波君っ…!?」
「きゃあああーっ!」
「ああっ!」
一瞬にして騒然となるその場の空気。
茉莉栖を筆頭に部員達は転落したぬらりんへと堤防を駈け下り、カメラもその後を追う。
「誰か、そっちを持ってくれ! 早く荒波君を外に出すんだ! チッ…ロックが外れん……痛っ…くううっ!」
駆け寄った部員達はてんでに着ぐるみの各所に取り付き、中の舞を救出しようと焦る。
茉莉栖が指に怪我を負いながらも壊れたロックを強引に解除し、皆が上下に引っ張って頭部と胴体を取り外す……すると、中からはハイレグカットの白い競泳用水着のような装着者専用スーツを身に纏った舞が、気を失い、ぐったりとした様子で姿を現した。
「救急車だ! 早く救急車を呼んでくれ!」
舞を抱え、茉莉栖が誰にともなく叫ぶ。
「……あ、はい。救急の方です。今、条坊高校の裏の河川敷にいるんですけど…」
それを聞き終わるよりも早く、すでに平七郎はスマホで一一九番へ電話している。
「ちょっと! あんたなに撮ってんだい! こんな時に!」
いまだ回り続けているカメラに気付いた瑠衣が、近付いて来てレンズを手で覆う……と、 そこで、ザー…という不快な雑音とともに映像はブツリと途切れた――。
映像が切れると、何者かの操作によってプロジェクターが停止され、スクリーンは薄闇にぼんやりと白く浮かぶただの幕へと姿を変える。それと入れ替わり、今度は茉莉栖の頭上にある蛍光灯だけが明滅し、まるで裁判を受ける被告人をスポットライトで晒すかのように、そこに立つ彼女の姿だけを闇の中に照らし出した。
「この失態、どう責任を取るつもりかね? ゆるキャラ部部長・乃木茉莉栖」
正面に座る生徒会長が、映像を見終わるやすぐさま茉莉栖に向かって尋ねた。
彼女を囲んで「コ」の字型に配置された机には、前回同様、生徒会理事の面々が自分の席に着いている。ただし今日は休日ではないため〝ディスプレイ〟ではなく、そこにいるのは生身の本人達だ。また、今年度も始まってから早半分が過ぎようとしており、前回は「欠席」になっていた一年学級委員代表の席もすでに埋まっていた。
「これは憂慮すべき事態ですよ? 学校側からも、あなたの部長としての危機管理能力を疑う声が出ています」
生徒会長に続き、その向かって左どなりに座る副生徒会長も茉莉栖の責任を問う。
しかし、機密保持のためか? それとも表情を読まれたくないのか? 明かりの乏しい室内の闇に紛れて理事達の顔はほとんど覗い知ることができない。彼らの前に置かれたディスプレイの放つ青白い光で、辛うじて口元が下から照らし出されている程度である。
その一方で、唯一煌々と光る蛍光灯の明りを浴びせられた茉莉栖の姿は、まるで見世物か何かのように彼らの目にはよく見えているはずだ。
「着ぐるみは中破、装着者は重傷……ご当地キャラ選手権大会へのエントリーはすでにすんでいるのだろう? それで出場辞退とあっては本校の恥だぞ?」
今度は三年生学級委員代表が、上から目線で知ったような口を茉莉栖に叩く。
批判するだけで何もわかってなどいないくせに……。
そう心の中で思いつつも、茉莉栖は丁寧かつ威厳のある口調で彼らの非難に答えてやる。
「ご心配には及びません。すでに着ぐるみの方は修復を施し、現在、八割方までの回復に至っています。それに今回の事故によって判明した欠点を考慮しての新たな改良も試みており、改修後は零号機よりも機体性能の大幅にアップした着ぐるみとなることでしょう。確かに今回の事故は非常に痛ましいものではありましたが、そうした点からすれば、全体的に見てむしろプラスになったとも考えられます」
「フン。事故の責任を棚に上げて、よくもまあ、いけしゃあしゃあと……」
「まったくもって詭弁ですわね」
茉莉栖の返答に、右側の運動部代表、文化部代表の方からそんな野次が上がる。
「あの、装着者についてはどうなんですか? その怪我を負った荒波舞さんは、これまでずっと着ぐるみを自在に操るための特別訓練を受けていたんですよね? ですが、報告にあったような様態では選手権大会までに完治するのはまず無理だと思われます。となると、例え誰か代わりの人間を立てたとしても、その荒波さんには到底及ばないような……」
次に口を開いたのは一年生学級委員代表だった。彼はまだ慣れない初々しい口調で、装着者についての件をおそるおそる茉莉栖に問い質す。
「いえ。それも心配はご無用。身長・体重・運動能力などのデータにより、荒波舞と同程度に着ぐるみ装着に適した者が判明しています。その者ならば、短時間の慣性訓練でそれ相応の技術水準にまで到達することができるでしょうし、すでにその者の確保へも手は打っておりますのでご安心を。それに、もしその者が駄目だったとしても、多少レベルが落ちる程度の者ならばまだまだ幾人もいます。人材の確保にはさして問題はないでしょう」
一年生代表の質問にも茉莉栖は言い淀むことなく、そう、さらりと切り返した。
「まあ、本当に君の言う通りならば問題はないが……こちらに入ってきている情報によると、選手権大会への出場チームは本校の他に濡良市銭湯組合、濡良市仏教寺院連合会、濡良市中国人会の三チームがエントリーしているとのことだ。相手はどれもこの町に根付いた伝統ある大きな組織……そんな強豪相手に君達は勝てる自信が本当にあるのか?」
責め苛む生徒会理事達を前にして一歩も退くことのない茉莉栖の姿に、今度は風紀委員長が困難な質問を投げかけてくる。
「無論。我々は勝つことだけを考えてやっています」
だが、その質問にも茉莉栖は間髪入れずにそう答えると、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「フン! どこからその無謀な自信が湧いてくるんだ?」
「まったく、身の程知らずもいいとこですわ!」
「そ、そうだ! お前達がそんな強敵に勝てるわけがない! ここはやはり、誰か他の者にこの計画は任せるべきだな」
対して運動部代表、文化部代表、そして前回、こっぴどく茉莉栖に言い負かされた二年代表は、ここぞとばかりに罵声を浴びせてくる。
「ならば!」
そんないつになく騒がしい生徒会室に、茉莉栖の一喝が響き渡る。
「ならば、我らの代わりにあなた方がこの計画を引き継いで行いますか? もちろん、選手権では必ず優勝することが前提条件ですよ?」
「………………」
その言葉に、それまで騒々しかった室内は完全に沈黙した。
フン、口だけで何もできんクズどもは黙って指を咥えて見ていろ……。
茉莉栖は、再び心の中で彼らを見下すようにして本音を呟く。
「すべての責任は私がとります。まあ、黙って私に任せておいてくださいな」
そして、真っ直ぐ前を見つめると、再び不敵な笑みをその美しい顔に浮かべて、茉莉栖ははっきりとそう言い切った。
つづく…君は、ユルい涙を見る……




