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みっしょん6 始動! ぬらりん零号機

【ゆるキャラ】 「ゆるいマスコットキャラクター」の略称。国や都道府県、市町村などの地方公共団体、その他公共機関等が、イベント、キャンペーン、村おこし、名産品の紹介といった各種地域情報の宣伝のため、またはその活動当事団体の理念や特色を表す象徴として創作されたご当地キャラのこと。地域に根差したものについては特に「ご当地キャラ」と呼ばれることもある。一般的な特徴として、外見がカワイらしく、そして、ユルい。また、広義にそういった特徴を持つイラスト、着ぐるみ全般をさすこともある。「ゆるキャラ」の命名は、みうらじゅん氏による。

挿絵(By みてみん)

 高村ひかりがオリジナルゆるキャラの着想を得て、東郷平七郎が三人の臨時会員スカウトに成功したその週の、それよりあれこれあって週末となった土曜日の昼下がり……。

新クラブ棟の一室に、新メンバー三人を加えた「ゆるキャラ同好会」改め「ゆるキャラ部」の面々がまたも休日返上で集まっていた。

 これまでの朽ち果てた古い部室とは違い、新たにあてがわれた…というか、やや強引に奪い取った真新しい新クラブ棟の部室正面奥には、「祝! ゆるキャラ部昇格!」と大きく筆字で書かれた白い横断幕が威風堂々と掲げられている。

 今日は人数が五人を超えたことによる部への昇格祝い及びに新入部員歓迎会、並びに新たな部室への引っ越し記念、兼高村ひかり作濡良市ご当地キャラ選手権大会出場予定ゆるキャラのデザイン披露パーティーなのである……ハァ、長い。

「それでは、さらなる条坊高校ゆるキャラ部の発展を願って、乾杯ぁーい!」

 手にした紙コップを高らかに掲げ、横断幕の前に立つ部長の茉莉栖が乾杯の音頭を取る。

「カンパーイ!」

 すると、それに続いて部員達も楽しげな声や面倒臭そうな声ない交ぜに、紙コップを彼女の方へとかざした。

 無論、未成年であるので、コップの中身はソフトドリンクである。また、酒ならぬソフトドリンクの肴に、中央の長机の上にはポテチやら何やらいろいろなお菓子が並んでいる。ちなみに誰の趣味なのか、スルメや裂きイカなんて渋いものまである。

「さて、こうして人数も六人に増え、部へもめでたく昇格したわけなのだが、これは単なる通過点に過ぎない。我々の目標はあくまで選手権大会で優勝を勝ち取り、我らの作ったゆるキャラを濡良市公認のご当地キャラにすることだ!」

 茉莉栖は部員達を前に、コップに入った「正午の紅茶」なる銘柄の清涼飲料水を一口飲んで唇を潤すと、硬く拳を握りしめてそんな熱弁を振るう。

「それに向け、この目的達成のための計画『作戦(オペレーション)・ゆるいものには巻かれろ』も明日よりいよいよ第三段階(フェイズ・スリー)に移行する。が、その前に部員一致団結してこれに取り組むべく、各々の役割分担を再確認しておきたいと思う」

 その言葉に長机の正面から向かって左側に横並びに座る臨時部員の三人が、ちらちらと互いの顔を見やった。こうして一同に会して顔を合わすのは初めてのことなのである。

「では私からだが、部長という役職上、本計画では総合的な作戦の指揮を執る。いわば〝司令〟だな。まあ、乃木司令とでも呼んでくれ。階級に当てはめて〝大将〟でもいいぞ?」

 そうした軍事関連のこともけっこう好きなのか? 茉莉栖は妙にミリタリー色満載に、そんな部員達の紹介を続けて始める。

「次は副部長の…いうなれば〝副司令〟の東郷平七郎君だが、君達臨時部員のスカウトを担当してもらった彼には、以後、各担当のサポート的な任を負ってもらう」

「ま、そういうわけなんで、困ったことがあったら何でも相談しておくれ☆(ウインク)」

 茉莉栖が次に平七郎を紹介すると、長テーブルの右側、一つ茉莉栖の席を開けて真ん中に腰掛ける彼は、背もたれにもたれかかると長い脚を組み、なんだかホストのような座り方でそう言って片目を瞑る。

「………………」

 そんなチャラ男の挨拶に、臨時部員三人の内、彼にあまりよい印象を持っていない尾藤瑠衣と西村真太は憮然とした表情で彼のことを見つめている。また、荒波舞は特になんの関心もないのか? いつもの通りの無表情である。

「続いて、そのとなりにいる高村ひかり君だ。部の記録係として誰よりも知識豊富な彼女には、オリジナルゆるキャラの根幹をなすデザインとその名称を考えてもらっている。それが着ぐるみの設計図の基ともなるわけだから、彼女の役職は着ぐるみ等の制作を統括する技術将校といったところだな」

 三人目に茉莉栖はさらにそのとなり、部屋の入口側の席に座るひかりを紹介した。

「エヘヘ…まあ、そんな大したもんじゃないんだけどね。一応、あたしがデザインをさせてもらってるんだあ。こんな不束者ですけど、みんな、よろしくね☆」

 茉莉栖のその言葉に、ひかりはカワイらしく照れて頭を掻きながら、ある種の人間には殺人的すぎる、萌え萌えキュン♡な苦笑いをその童顔に浮かべる。

「よ、よろしく、お願いします……」

 その上級生ながらにロリロリなカワイイ笑顔に、真太は思わず顔を赤らめた。

「ハァ……あ、ああ、よろしくね」

 姉御肌な故、こうした守ってあげたくなるような童顔の美少女には実は弱かったりするのか? となりの瑠衣もなぜか頬をピンク色に染めている。

「よろしく……」

 相変わらず舞だけはボブの髪を微塵も揺らすことなく、無表情のままそう答えた。

「それじゃ、ここからは新たに入った臨時部員だ。こちら側から、先ずは手芸部より来てもらった尾藤瑠衣君。彼女は着ぐるみの外部装甲担当の技官だ」

 続いて、茉莉栖は臨時部員の紹介へと移る。最初は長机の左側奥に座るその瑠衣からだ。

「ああ、えっと、あたいは二年一組の尾藤瑠衣だよ。ま、成り行き上とはいえ、引き受けちまったからには仕方がない。あたいが最高の着ぐるみを作ってやるよ」

 呼ばれた瑠衣は椅子に腕を組んで踏ん反り返ると、大工の親方の如き堂々とした態度でそう挨拶を述べる。

「そのとなりがロボコン部出身の西村真太君。彼も尾藤君と同じく着ぐるみ制作に携わってもらう技官だが、こちらは着ぐるみの内部構造担当だ」

「ども。二年三組の西村真太です。おいらもこうなったからには、自分の持つ知識と技術のすべてをこの着ぐるみに注ぎ込むつもりでいるよ」

 真太も簡単に挨拶すると、瑠衣と同じく半ば破れかぶれ的な決意表明をする。

「そして、最後が着ぐるみ装着者の荒波舞君だ。荒波君は全国大会でも好成績を残している水泳部の出身だ。着ぐるみを操る者としては申し分ない身体能力を備えた逸材だろう」

 最後に、茉莉栖は左側一番入口寄りの舞を紹介した。

「二年二組、荒波舞です。よろしく……」

 舞の挨拶は、やはり短く素っ気ないものである。

「ちなみに着ぐるみ装着者にはもう一人、控えとしての候補者がいたのだが、その人物には固く入部を拒まれてしまった。まあ、それでも初めから補欠人員として考えていたし、何か大事がない限りは荒波君一人いれば問題なかろう」

 全員の紹介をし終えた茉莉栖は、安室鈴のことも一応、名は伏せて付け加える。

「ええ。わたし一人いれば十分だわ……」

 すると、舞も無表情のまま、感情の読み取れない小さな声でぽそりと茉莉栖に答える

「お二人にそう言ってもらうと、失敗した当の本人としても気が楽になるってもんだよ」

 それを聞いて平七郎も、いつものおどけた調子でそう口を挟む。しかし、いつになく女の子のナンパに失敗した彼は、どこかちょっと悔しそうな様子だ。

「さて、これで現在のゆるきゃら部の部員は全員だ。見ての通り三年と二年だけで一年はいないが、精鋭のみで当たらねばならぬ本作戦の性格上、まだデータのない新一年生は受け入れないことにした。念のため断っておくが、別に勧誘チラシ配ったのに入部希望者が誰も来なかったわけではないぞ? 断じてそんなことはないのであしからずだ」

「いや、きっと誰も来なかったんだな……」

「だね……」

 部員紹介を締めくくり、誰も訊いちゃいないのになぜかそんな言い訳めいたことをわざわざ口にする部長の茉莉栖に、瑠衣と真太は憐れむような目をしてそう小声で呟く。見ると、平七郎とひかりも打ち沈んで負のオーラを全身から立ち昇らせている。

 が、その呟きを聞いても聞かぬふりをして茉莉栖は冷静を装い、それ以上の追及を避けるかのようにさっさっと式次第を進めた。

「それでは、いよいよ我らが誇るオリジナルゆるキャラの発表会に移りたいと思う!」

「イエーイ!」

 パチパチパチパチ…!

 横断幕の前で、茉莉栖が話題を切り変える目的も兼ねて次なるセレモニー開始への合図を出すと、ひかりと平七郎はそれまでとは一変。歓声を上げて割れんばかりの拍手を送る。

 パチ、パチ、パチ、パチ…。

 それに合わせ、新入臨時部員の三人もやる気がなさそうに一応、手を叩いておく。

「では、高村君、後は頼む」

「はい! んじゃ、あたしデザインのキャラクターを発表したいと思いまーす!」

 茉莉栖に呼ばれ、横断幕の前へと歩み出たひかりは奥の壁際まで行き、いつの間にやら天井より垂れ下がっていた白い布に手をかける。その布は奥の壁を二メートル四方に渡って覆っており、どうやらその後に何かを隠してあるらしい。

「そいでは皆さん、いきますよお? 心の準備はOKですかあ? ……はい。ではいきます。れでぃ~す・あんど・じぇんとるめ~ん! これがっ、あたしの考えた濡良市のご当地キャラ! ぬらりひょんの〝ぬらりん〟ですぅっ!」

 少々勿体付けた後に、ひかりはその名を叫びながら勢いよく白い布を取り払う。すると、そこには天井に着くほどの大きな紙に、そのゆるキャラの姿が描かれていた。

「おおおーっ!」

 それを見て、新旧問わず部員達の間からは一斉に歓声が沸き起こる。

 それは、体の割には縦長に少々頭デッカチな細身の老人が、いかにもひょろりと立ち尽くしているけったいなイラストであった。服は茶色い着流しの和装で頭は完全に禿げ上がり、若干、産毛のようにして二、三本の毛だけが頭頂に残っている。

 ただし、禿げた爺さまの絵だからといって、それは気色悪いものではない。顔は目鼻が点や線のみで構成されているくらいに極限までディフォルメ化されており、なんだか妙にほのぼのとした、見ている者がどこか癒されるようなカワイらしさを持っている。

 そんな爺さまが、吹く風には逆らわず、流されるままの自然体で、飄々としてそこに立っている……このユルさ、まさにゆるキャラである。

「か、カワイイ……」

 茉莉栖が、その冷淡な表情にはそぐわぬ言葉を口にする。

「ユルい……ユル過ぎる……」

 平七郎も驚愕の表情をその甘いマスクに浮かべて、うわ言のように呟く。

「こ、これが、あたい達の……ゆる…キャラ……」

「こ、こんなにユルくていいのか?」

「人が作りしユルいもの……それが、ゆるキャラ」

 瑠衣、真太、舞の三人も、それぞれに感じた何かを口走っている。

「えーと、説明しまーす! この子の名は『ぬらりん』。濡良市の〝ぬら〟と妖怪のぬらりひょんの〝ぬら〟をかけて名付けたんだよ。だから、この子は一応、妖怪なの」

 各々感嘆する部員達を前に、ひかりはこのキャラクターについての説明を始める。

「よ、妖怪っ!? ……こ、こいつ、妖怪なのかい!?」

 すると、〝妖怪〟という言葉に反応して、瑠衣が慄きながら大声を上げた。

「ん? ……ああ、そうか、君はお化けとかそういう類のものが苦手だったっけ?」

 その反応を見て、平七郎が思い出したかのように呟く。

「あ、そうだったの? んでも、だいじょぶだよ。妖怪といっても、ぬらりひょんはただ他人んちに上がり込んでお茶飲んだりするだけのぜんぜん怖くないお化けだから」

「そ、そうなのかい? ……それなら……まあ、いいけど……」

 ひかりの補足説明に、瑠衣は額に冷や汗を浮かばせながらも、なんとか落ち着きを取り戻すと強張った体の力を抜く。

「フフッ…もう、カワイイんだから」

「うるさいねえ!」

 そんな瑠衣を見つめ、からかうように言う平七郎に瑠衣は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「しかし、なぜ、ぬらりひょんなんだ? 何か濡良市にぬらりひょんは関係してるのか? それとも、ただの語呂合わせだけか?」

 一方、平七郎と瑠衣がそうした夫婦漫才を行っている傍らで、茉莉栖が怪訝な表情をしてひかりに尋ねた。

「まあ、濡良市に出る妖怪だとか、そんな直接の関係はないんだけどね。でも、ぢつはアイデアに詰まって近所の高台まで散歩に出た時にね。そこでどっかのお爺さんに会ったの」

「お爺さん?」

「そう、お爺さん。それがなんだか飄々としていて、まさに〝ぬらりひょん〟って感じのお爺さんなんだ。それから、そのお爺さんとちょっとお話したんだけどね。濡良市の長閑な夕暮れ風景を見ながらおしゃべりしている内に、濡良市のいいところって、こののんびりとしていて、とってもユルいところだって思ったんだ」

「ユルいところ?」

「うん。ユルいところ。で、そう思ったら、今度はそのぬらりひょんに似たお爺さんのユルさが、どこか濡良市ともかぶるような気がしてきて……そこで、濡良市のご当地キャラにはもう、このぬらりひょんしかないって思ったわけなんだよ」

 茉莉栖の質問に、ひかりはものすごく曖昧で主観的ではあるが、それでいてどこか納得もいくような、そんな濡良市とぬらりひょんとの微妙な関係について熱く語って聞かせた。

「なるほどな……それに加えて、さらに語呂も合っているというわけだ」

「そゆこと。でも〝ぬらりひょん〟のまんまじゃなんなんで、名前はもっとゆるキャラっぽく〝ぬらりん〟にしてみたんだ」

「ぬらりひょんのぬらりん……か。うん。悪くないな。デザインもなかなかにいい。どうだろう? 一応、 この高村君の案を採用するかしないか、皆の意見を聞きたいと思うが、採用に反対の者がいたら遠慮なく意見を言ってくれ」

「んじゃ、俺は賛成に一票」

 茉莉栖が尋ねると、考える間もなく平七郎が背もたれにもたれかかったまま、だらしなく片手を挙げる。

「……ま、いいんじゃないかね」

 瑠衣も、しばし〝ぬらりん〟の巨大なイラストを眺めてから肩をすくめて言う。

「おいらは専門外でよくわからないから、別にどっちでもいいですよ」

 真太は外観に興味はないのか、ひどく味気なくもそう答える。

「わたしもどうでもいいわ……」

 舞の方は、世の中すべての事象にまったく興味がないとでもいわんばかりの返答をする。

「では、私も賛成なのでこれで決まりだな……幻の濡良遷都一三〇〇年記念・ご当地キャラ大選手権大会、我ら条坊高校ゆるキャラ部はこの〝ぬらりん〟でいく!」

 こうして反対意見が出ることもなく、ほぼ全員一致でゆるキャラ部の選手権大会応募キャラクターは、この高村ひかり作の〝ぬらりん〟に決定されたのだった。

 パチパチパチパチ…。

 なんだかわからないが、一応、デザインが正式に決まってめでたいということで、平七郎が手を叩いたのをきっかけに会場には(まば)らながら拍手が沸き起こる。

「いやあ、ども、ども」

 その温かい拍手に、ひかりは頭を掻き掻きペコペコとお辞儀する。

「これで人員も揃い、ゆるキャラの名称とデザインも決まった……後は着ぐるみを作って、こいつを実際に 三次元の存在として実体化させるだけだ。この〝ぬらりん〟ならば、濡良市公認ご当地キャラの座も…いいや、ゆるキャラ界の頂点を目指すことも夢ではないかもしれん……我らの勝利は近い。皆、我らゆるキャラ部の野望実現のために、矢尽き弓折れるとも、同朋の屍を乗り越えてただ前へと突き進むのだっ!」

 本日、予定されていた重要な案件の話合いがほぼ終わりを迎えると、茉莉栖はやおら立ち上がり、そんな熱い演説とともに右の拳を固く握りしめて見せる。

「オーッ!」

 そんなゆるキャラ部司令・乃木茉莉栖の決意表明に、平七郎と光も拳を突き上げ、気合いの籠った鬨の声を上げる。

「お~……」

 それに続いて瑠衣、真太、舞の三人は、既存のゆるキャラ部員とのものすごい温度差を感じつつも、それでもとりあえず、面倒臭そうに鬨の声を上げた――。


 その二日後。日曜を挟んでの翌週の月曜……。

 この日より、対ご当地キャラ選手権大会用ゆるキャラ部オリジナルゆるキャラ〝ぬらりん〟の着ぐるみ制作及びその運用のための準備が実質的に始まったわけなのであるが、この頃にはゆるキャラ部の選手権参加の話は条坊高生の間でも広く知られるようになっており、そのお祭り騒ぎに一つ乗っかってやろうする者達も多少ながらに出てきていた。

 特に映画研究部などは、もしも万が一、その作ったキャラが濡良市公認のものとなった時の便乗商売を考え、そこに至る彼女らの活動を記録したドキュメンタリー映画『ゆる熱大陸』という、どこか聞いたことのあるようなタイトルの撮影を行ったりもしていた。

 せっかくなので、ここからはその映画を使って、ゆるキャラ部員達の着ぐるみ制作の軌跡を追って行きたいと思う……。


  条坊高校映画研究会制作ドキュメンタリー映画『ゆる熱大陸』

            監督・撮影・語り 黒澤明雄(映研部部長)

            音楽 葉久士次郎(はくしじろう)(バイオリン部)

            出演 ゆるキャラ部・その他条坊高校の生徒・濡良市の皆さん            

 まだ、新学期も始まって間もないある日、その無謀なプロジェクトは始まった。

「そんじゃ、ぬらりんの詳細なイラスト描いてきたから、これをもとにして作ってね☆」

 ゆるキャラのデザインを担当した技術将校・高村ひかりが言う。

「なんだいこりゃ? 寸法が入ってないじゃないか? これじゃ型紙も作れやしないよ」

 高村の見せたイラストに、外部装甲担当技官・尾藤瑠衣が文句を付ける。

「仕方ないよ。あたしデザイン担当だもん。そこら辺はもう瑠衣ちゃんにお任せ♪」

 だが、高村は気にすることもなく、尾藤に答える。

「ったく、簡単に言ってくれるねえ……せめて縦と横の幅くらい決めといておくれよ。ええと、中に入る荒波だっけ? あの子は身長いくつだい?」

 不満を漏らしつつも、すぐに仕事に取りかかかる尾藤。

「身長一五五センチ、バスト八四センチ、ウエスト五五センチ、ヒップ八二センチだよ。中のフレームはそれに合わせるから、外側はプラス一〇センチってところかな?」

 もう一人の技官、内部構造担当の西村真太が答える。

「そっか。んじゃ、高さは一七五くらいだね……っていうか、なんであんた、そんな詳しく荒波のサイズ知ってんだい? ……あんた、もしかして変態かい?」

 だが、西村に疑念の目を向ける尾藤。

「バ、バカ言え! 東郷さんに教えてもらったんだよ! 中を担当するおいらには必須のデータだから止むを得ず訊いたんだ!」

 必死に言い訳をする西村。

「ふーん……まあ、そう言えば、正々堂々と女の子のスリーサイズを聞けるってわけだ」

「な、なに変な勘ぐり入れてんだよ! やめろ! そんな目でおいらを見るな!」

「まあまあ。真太くんがどんなに変態さんでも、とりあえず仕事に支障はなさそうだからいいじゃない。真太くんはロリコン部でも栄え抜きの人材なんだから」

 呑気な高村が彼らの仲裁に入る。

「おいらは変態なんかじゃないっ! ってか、ロリ(・・)コン部じゃなくて、ロボ(・・)コン部だ!」

 なおも言い訳をする西村。

「どこが言い訳だっ!? おい、放送部! 勝手に変なナレーション入れるのやめろ!」

 こうして不安要素を内包しながらも、新規に採用された臨時部員達によって着ぐるみの制作は着々と進んでいった。

「――うーん……まあ、この生地でいいんじゃないかい?」

 そんなある日、尾藤は司令の乃木茉莉栖と副司令の東郷平七郎に共なわれ、着ぐるみの生地選びに出かける。

「そうだな。このモコモコ感はゆるキャラって感じだ」

 尾藤の選んだ生地に乃木の鋭い視線が注がれる。最高責任者である乃木は、要所々〃に自らも赴き、作業の進捗状況を密かに監督しているのだ。

「失敗した場合も考えて、これくらいは必要かな? おばちゃん、この長さでいくら?」

 馴染みの生地屋の女店主に、布の金額を尋ねる尾藤。

「そうだね。おまけして一万ってとこだね」

「一万!? ……少々予算オーバーだな」

 その金額に乃木が難色を示した。彼女の厳しい表情に、現場には緊張が走る。

「お姉さん、あなたのようにお美しいレディを前に、こんな下世話の話をするのは非常に忍びないのですが、僕らは今、少々懐に余裕がないのです。僕らを助けると思って、どうかもう少し安くしてはいただけないでしょうか?」

 その問題解決に動いたのは東郷だった。

「まあ、お美しいだなんて……それじゃ、お兄さんのために赤字覚悟で負けようかね」

 甘いマスクの東郷の口車に、女主人はさらなる値引きを申し出た。

 こうした時、交渉に長けた彼の話術は大変役に立つ。一見、ただの軽いナンパ野郎と思われがちだが、この東郷という男も伊達に副会長をやっているわけではない。

 一方、そんな頃、毛布状の生地で作られた着ぐるみの外側と中に入る人間との間を繋ぐ内部の骨組は、一足早く完成に近付いていた。

「――うーん……こっちじゃ重すぎるかあ……」

 強度と軽量化の狭間で、何度となく構造材選びに試行錯誤する西村。

「やっぱり、これがベストだろうな……」

 頭部の大部分を構成する材料に西村が選んだのは、安直にも発泡スチロールだった。ロボコン部では天才と呼ばれる西村だが、所詮は高校生。それが彼の発想の限界である。

「だから、その勝手なナレーションはやめろっ! お前ら、ケンカ売ってんのか!?」

 ぼ、暴力反対! ……常に孤独で過酷なこの作業に、西村はキレやすくなっている。

「お前っ、本気でこのハンマー投げるぞ!」

 ぜ、前言撤回……常に孤独で過酷な作業は、強いストレスを西村に与える。

「ま、さっきよりマシか……ハァ…荒波、大きさはどうだ?」

 時折、着ぐるみ装着者の荒波舞が実際に試作品を身に着け、より細かな調整をしていく。

「ええ。問題ないわ……」

 自分が入ることとなる着ぐるみだというのに、荒波の反応はいつも淡白だ。

「なかなかそっちは順調なようじゃないさ。こっちも負けてらんないね」

 そんな西村達の姿に触発され、完成間近な内側に負けじと、外側を担当する尾藤も懸命にミシンで生地を縫い上げる。

「よっしゃー! 右脚、上がったよ!」

 頭、腕、胴、足と徐々に姿を現していく〝ぬらりん〟の各部パーツ……作業開始より三ヶ月が過ぎた七月初旬、内部構造とそれを覆う外部装甲はほぼ時を同じくして完成した。

「よし! 内部のフレームはこれでOKだ。後はこれに外部装甲を取り付けるだけだな」

「ああ、うまく合ってくれりゃあいいんだけどねえ……」

 内部と外部の合体に、それぞれの担当である西村と尾藤の期待も高まる。

 しかし、ここで思わぬ問題が発生した。

「……ん? ちょっと待ちな! なんだい? このいろいろ付いてる機械の山は!? こんなもん付けといたらクソ重いし、着ぐるみの表面がデコボコしちまうだろうが!」

「何言ってんだよ。これは目に内蔵するカメラとそれで撮った映像用のディスプレイ、集音機とその音を内部に伝えるスピーカーに、装着者の健康状態をチェックするための各種センサー類やその情報を送る無線発信機と…どれをとってもみんな必要不可欠なものだ。多少重くなったり、表面がデコボコするぐらいのことどうってことないじゃないか」

 言い争う尾藤と西村。お互いの着ぐるみに対する認識の違いが二人の間に争いを招く。

「バカお言いじゃないよ! こんなもんのどこが必要だい! デコボコしちまったら、せっかくあたいが苦労して出した絶妙な丸み感が台無しじゃないか! こういったゆるキャラの着ぐるみってえのはねえ、この丸みが命なんだよ、この丸みが! それをこの薄らトンカチが、誰が着ぐるみをこんなロボットにしろっつったんだよ!?」

「フン。わかってないなあ。これからの時代を生き残るには、こうしてハイテク化されたスーパー着ぐるみでなければ駄目なんだよ。まったく、これだから素人は……まあ、手芸ヲタの君は黙っておいらの作ったフレームに合うものを縫ってればいいんだよ」

「なんだってえ~っ!? あんたこそ着ぐるみにはトウシロウのロボットヲタクじゃないさ! こちとら着ぐるみは初めにしても、ぬいぐるみなんざ星の数ほど縫い上げてんだ。そっちこそ、その生意気な口を早く塞いで、おとなしくそのガラクタを捨ててきな!」

「ガラクタだとおーっ!? おいらの作品をガラクタ呼ばわりすることは許さないぞ!」

 それぞれのプロとして、尾藤も西村も自分の意見を曲げようとしない。言葉の応酬が、さらに二人をヒートアップさせる。

「ああ、んなら何度でも言ってやるよ! そ・の・デ・カ・い・ガ・ラ・ク・タを、さっさとなんとかするんだよっ! このトウヘンボク!」

「こ、こっのお~っ! 言わせておけばぁ!」

「なんだい? やるってえのかい!?」

「ああああ、ちょっと二人ともケンカはやめなよお」

 一触即発の事態。駆け付けた上官の高村が二人の間に割って入る。

「うるさいね! 部外者は引っ込んでなよ!」

「そうですよ! 引っ込んでてください!」

「きゃっ…!」

 思わず二人の出した手が、同時に高村を突き飛ばした。

「うるるるる~…」

 転倒し、目を回す高村。

「あ、やばっ…!」

「しまった……!」

 倒れた幼い女児のような高村の姿を見て、不意に我に返る尾藤と西村。

二人の争いは高村の尊い犠牲によって流血の惨事を逃れ、その後、結果的には乃木ら上層部の意見により、西村の取り付けた各種機器は取り外すことで決着した。

 また、そうして着ぐるみの制作が苦労を重ねながら進められている裏で、装着者の荒波も本番に備えての過酷な訓練に励んでいた……。

 見事なフォームでクロールを泳ぐ荒波。本来、水泳部に所属する彼女は日々プールでの基礎体力作りを行っている。

「――どうだ? 外はちゃんと見えるか?」

「ええ。問題ないわ……」

 体力作りに加え、段ボール箱で作った疑似着ぐるみを着ての歩行訓練も行われる。これは実際に着ぐるみを装着した際の狭い視界や、普段より可動域を制限される動きに慣れるための訓練だ。歩くだけでなく、さらにはジョギングも特訓メニューとして課される。

「よーし! もう少しだ! がんばれーっ!」

「ハァ…ハァ…はい……」

 段ボールの塊となって走る舞のとなりを、メガホンを手にした東郷が自転車に乗って併走する。荒波の訓練には、比較的時間の空いている東郷が付き添うことが多い。

「おい! なんだよ、あれ?」

「もしかして、あれがゆるキャラ部の作った着ぐるみか?」

「あんな段ボール箱でほんとに選手権出るつもりかよ?」

 グラウンドでのジョギング中、他部の者達から向けられる誤解と奇異の眼差し……それでも、荒波は何も言わず、ひたすら訓練を続けた。

 そうして開発開始から四ヶ月が過ぎようとしていたある日、ついにその時がやってくる。

 時節はすでに夏休みへ突入し、それも終わりに近付いたその日、ゆるキャラ部オリジナルゆるキャラの着ぐるみ試作機〝ぬらりん(ゼロ)号機〟がようやくにしてロールアウトした。

「――それでは、これより起動実験を開始する。荒波君、装着してくれ」

「はい……」

 翌日、新クラブ棟のロビーに集まった各方面の人々を前に、乃木の号令一下、待ちに待った自作ゆるキャラの着ぐるみ試着実験が大々的に行われる。

「胴部装着完了!」

「背面部ファスナー限界点まで到達!」

 頭と胴にセパレートされた着ぐるみが、高村、尾藤、西村らの手によって荒波の引き締まった体に取り付けられてゆく。

「頭部装着完了。頭胴部ジョイント、ロックします!」

「荒波君、着心地はどうだ?」

 すべてのパーツを装着し終えた荒波に、険しい面持ちで尋ねる乃木。荒波はミトン状の手を握ったり開いたりして、自身の体とのフィット感を確かめる。

同調(シンクロ)率八〇%……視界オールクリア……問題ありません」

 着ぐるみの口に当たる部分に嵌められたスモークガラス状のプラスチック板より見える外界の狭い視界を、荒波は若干の緊張を持って見つめる。

「では、荒波君に自立させる。補助具解除!」

 そして、乃木の指示により、着ぐるみを左右から支える補助具が外された。

「……舞ちゃん、どうだい? 自分で立ってられそうかい?」

 軽いナンパ男の東郷が、いつになく心配そうな表情で荒波に尋ねる。

胴体に比して頭部の大きな〝ぬらりん〟が、果たして自力でバランスを取っていられるのかどうか? それが彼らゆるキャラ部員達の一番の懸念だった。

「……ええ。心配いらないわ」

 僅かの後、着ぐるみの中からはそんな荒波の声が返ってくる。

 そこには、頭でっかちのひょろりとした一体の気ぐるみが、自身の細い脚で飄々として立っていた。

「クララが……もとい。ぬらりんが立ったあ!」

 その自立した着ぐるみの姿に、デザインを担当した高村は感嘆の声を上げる。

「よし! ぬらりん零号機、起動実験成功だ!」

 乃木のその言葉に、集まった人々の間からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こり、新聞部や集まった野次馬達のカメラが一斉にフラッシュをたく。

 パーパパパパーパパパパパーパパパパー♪

 また、その成功を祝して吹奏楽部のファンフアーレが、実験会場である新クラブ棟のロビーに高らかに鳴り響いた――。

(以後、諸事情によりカット)

つづく…次話も「見なきゃだめだ。見なきゃだめだ。見なきゃだめだ…」。

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