みっしょん4 平七郎のナンパ戦術
【ゆるキャラ】 「ゆるいマスコットキャラクター」の略称。国や都道府県、市町村などの地方公共団体、その他公共機関等が、イベント、キャンペーン、村おこし、名産品の紹介といった各種地域情報の宣伝のため、またはその活動当事団体の理念や特色を表す象徴として創作されたご当地キャラのこと。地域に根差したものについては特に「ご当地キャラ」と呼ばれることもある。一般的な特徴として、外見がカワイらしく、そして、ユルい。また、広義にそういった特徴を持つイラスト、着ぐるみ全般をさすこともある。「ゆるキャラ」の命名は、みうらじゅん氏による。
始業式を終えてから土・日を挟み、実質的に新学期が始まった月曜の放課後、二年一組の尾藤瑠衣は、久しぶりに家庭課室の中にいた。
「先輩、ここはどうやるんですか?」
早くも入学式の日に入部した新一年生女子部員が、難しい縫合でわからないところを瑠衣に尋ねてくる。手芸部の部活動は、この家庭課室を借りて行われているのだ。
「ああ、それはね、こうやってこうするんだよ。な、簡単だろ?」
その下級生の質問に、制服の上から茶のエプロンを着けた瑠衣は、自分の作っていた皮革製鞄の作業を止めると、針を受け取って丁寧にお手本を見せてやる。
「ああ、なるほどぉ……ありがとうございます! さすが尾藤先輩ですね!」
女生徒にしてはハスキーな声で優しく教える瑠衣に、下級生は目を輝かせてお礼を言っうと、尊敬の眼差しを彼女の宝塚男役のような凛々しい顔に向ける。
「瑠衣ちゃん、ちょっとこっちもお願い」
すると今度は、同級の二年生部員が彼女に応援を頼む。
「んん? どうした? ……ああ、それね。そこは確かに難しいからね。それはだねえ…」
その呼び声に瑠衣はポニーテールに結った少々癖のある赤茶けた髪を揺らして振り返ると、今度も男勝りな口調で丁寧に説明を始めた。
「やっぱ、瑠衣ちゃんいると頼りになるわよねえ。なんかこう、部にも活気が出るしね」
そんな瑠衣の姿を愉しげに見つめながら、三年生の手芸部部長・茅野葉蓮が呟く。
「いやあ、よしてくださいな。それは買いかぶりってもんですよ」
先輩に褒められた瑠衣は頭を掻きながら、どこかこそばゆいように照れ笑いを見せる。
全国手芸大会高校生の部で準優勝の栄誉に輝き、縫うことにしろ、裁断や編み物にしろ、手芸全般に渡りプロ級の腕を持つ瑠衣は、二年生ながらに下級生ばかりか上級生からも頼りにされる、手芸部にとっては〝工房の親方〟のような存在なのだ。
しかし、それは手芸の腕前のみからくるものではなかろう。そんな手に職を持つ人間であるが故か? 瑠衣は職人気質といおうか男勝りといおうか、気難しく頑固ではあるものの、その一方でとても面倒見がよく情に厚い、姉御肌な性格の少女なのである。
さらにそうした内面に加え、手芸などやっているとインドア派の人間のように思われがちだが、瑠衣はアウトドアでのスポーツも大好きな、肌もこんがり小麦色に焼けた健康美人であり、おまけに一七〇という女子にしては大柄な体躯の持ち主でもあることから、外見的にも非常に頼りがいがあるように見えるのだ。
例えて言うならば、女だてらに荒くれ者どもを束ねる野党の女頭目のような、そんな稀に見る男気溢れるタイプの女子高生なのである。ちなみに、そんな男勝りではあるがけっこうな巨乳ちゃんだ。
トントン…。
「すみませーん。失礼しまーす」
と、その時、家庭課室のドアがノックされ、聞き慣れぬ男子生徒の声が聞こえてきた。
現在女子部員のみの手芸部としては部活中あまり聞くこともない男子の声に、瑠衣を含む部員一同がそちらへと顔を向ける。
「やあ、どうも、こんにちは。ちょっと失礼しますよ」
すると、ドアが開き入って来たのは、少々長い茶髪を垂らした、どこか軽い調子の男子生徒だった。
「ああ、なんだ、東郷くんか。どうしたの? なんか用?」
その男子生徒を見た茅野が、知り合いらしくそんな言葉を口にする。その話し方からするに、どうやら茅野と同じ三年生であるらしい。
「なんだとはつれないなあ。せっかくこうして愛しい葉蓮ちゃんに逢いに来たってのに」
茅野の返事に東郷と呼ばれた男子生徒はやはり軽い感じで戯言を返す。こういった軽い男は、瑠衣の嫌いなタイプである。
「はいはい。どうせ口だけなんだから……で、本当はなんの用なの?」
瑠衣の第一印象通り、その軽口は彼の常らしく、最早、まったく本気にはしていない茅野は面倒臭さそうにもう一度要件を訊き返した。
「いや、本当だよ。この春休み中、君に会えないのはものすごく淋しかったよ……ま、今日の本命は残念ながら君ではなく、尾藤瑠衣って二年生の娘なんだけどね」
「え!? ……あたい?」
自分にはまるで関係ないと思って聞いていた瑠衣は、突然出てきた自分の名前に思わず目を丸くする。
なぜ、この男は自分の名を知っているのだろう? 自分はこうした軟派な男とは…いいや、男自体まるで縁のない人間だというのに……。
瑠衣は予期せぬこの事態に戸惑う。職人気質で頭の堅い古風な彼女は、そうした異性との交遊というものにものすごくオクテといおうか、これまで興味を覚えたことすらない。
「えっ? 尾藤さん? なんで東郷君が尾藤さんに用があるわけ?」
そんな瑠衣に同じく、部長の茅野も驚きとともに疑問を口にする。
「……ちょっと、うちの部の子に変なちょっかいださないでよ?」
そして、細めた目で疑いの眼差しを東郷に向けると、茅野はそう言って彼に釘を刺す。
「いや、本当だったらそうしたいところなんだけど、今回は別口の真面目な話でね……ああ、君が尾藤瑠衣さんだね。思った通りの娘だ」
だが、茅野の刺した釘も糠に打ち付けたが如く軽くかわすと、東郷は皆の視線の動きなどから誰が瑠衣なのかを特定し、彼女の方へと近付いて来る。
「あんたは、いったい……」
「僕は三年二組の東郷平七郎。ゆるキャラ同好会の副会長やってるケチな野郎だよ」
相手は先輩であるらしいのに思わずタメ口で呟いてしまう瑠衣だったが、東郷はそんなことまるで気にせず、爽やかな笑顔を浮かべると彼女におどけた調子で自己紹介をする。
「ちょっとデートに付き合ってもらえるかな?」
「………はあっ!?」
そして、真っ直ぐに目を見つめ、恥ずかしげもなくそんな歯の浮くような台詞を口にするこの優男に、瑠衣はほんのり顔を赤らめると頓狂な声を上げた――。
「――ここなら余計な邪魔が入らず、話ができそうだね」
その後、場を改めた瑠衣と東郷は、別の空き教室で顔を突き合わせていた。デートというのは残念ながら本当のデートではなく、二人で話がしたいということだったらしい。
「で、あたいにいったい、なんの用だよ?」
先程、相手が先輩であることが判明したわけなのであるが、瑠衣は片肘を椅子の背もたれにかけて仰け反ると、横柄な態度で東郷に尋ねる。
もともとこうした軟派な男が大嫌いなところへ持ってきて、わけのわからぬままこんな人気のない所へ連れ出した見ず知らずのチャラ男に、瑠衣は完全なまでの不信感を抱いているのだ。加えて、そんな男のふざけた文句に図らずも顔を上気させてしまった自分への恥ずかしさが、よりいっそう彼女を不機嫌なものにさせている。
「なんの用……か。ま、簡単に言うと〝君がほしい〟ってことかな?」
が、そんな瑠衣の質問に、性懲りもなく東郷は歯の浮くような台詞で答えてくれる。
「ぶぁっ! ……な、何言ってんだい!」
その言葉に、またしても瑠衣は顔を紅潮させた。今回は先程にも増して真っ赤である。
「ん? ……ああ、そういう意味じゃなくてね、つまり君をスカウトしに来たんだよ」
しかし、東郷の言ったのは、どうやら彼女の想像したような意味ではなかったらしい。
「へ? ……スカウト?」
自分の勘違いにまたも気恥ずかしさを感じつつも、さらにその意図が見えなくなった東郷の話に瑠衣はぽつねんとした表情で呟く。
「ああ。君の手芸の腕を見込んでね、ゆるキャラ同好会へ引き抜きに来たんだよ」
「ハァ~っ! 引き抜きぃぃぃ~っ!?」
そして、今度はさらっと言ってくれたその爆弾発言に顔を歪めて大声を上げた。
「そ。引き抜き。ゆるキャラ同好会の期限付き臨時会員候補に君は選ばれたんだよ。もちろん、そのまま正規の会員になってもらっても全然OKだけどね」
「ちょ、ちょっと待ちなよ。いったいどういう話だい? なんであたいがそんな弱小同好会の会員なんかに…」
「ああ、手芸部には後でちゃんと話通しとくから心配いらないよ。こっちには生徒会のお墨付きもあるしね。はい、これ」
寝耳に水な話に慌てる瑠衣を他所に、東郷は平然と話を進めると、クリアケースから取り出した一枚の紙を彼女に手渡す。
「ん? ……なんだい、これ?」
「生徒会から発行された許可証だよ。ゆるキャラ同好会の活動のために各クラブより部員を一定期間強制的に引き抜くことを認めたね」
「生徒会の許可書だあ!?」
瑠衣は眉間に皺を寄せると、唐突に差し出されたその紙を睨みつけた。
「ああ、もちろん偽造文書なんかじゃなくて、ちゃんと議会の承認を得た正式なものだよ? ね、ちゃんと生徒会のハンコもついてあるでしょ?」
「ハァ!? なんで、んなことを生徒会が勝手に決めてんだよ? あたいはそんな話、全っ然、聞いてないよ!?」
さらに寝耳に水どころか水鉄砲を打ち込まれたかのようなそのふざけた話に、瑠衣はますますもって声を荒げる。
「まあ、知らないのも当然かな。まだ春休み中の先週の水曜に議会通ったやつだからね。でも大丈夫。これを見せれば、手芸部の部長さんも否とは言えないだろうから。如何せん、部費と部の承認権を握ってる生徒会にはどの部も逆らえないからねえ。いやあ、権力をかさに着た奴らってのは最低だねえ」
あまりに身勝手な話に怒りを顕わにする瑠衣だったが、東郷は自分達のことは棚に上げて、まるで他人事みたいにそう嘯いた。
「いや、そういうことじゃなくて、な・ん・で、あたいがあんた達の同好会に入らなきゃならないのかって訊いてんのさ!」
「ああ、そっちのこと……ほら、君もニュースなんかで知ってるでしょ? 大昔、この濡良の地に遷都されるかもしれなかった時から数えて一三〇〇年を記念しての濡良市公認ご当地キャラを決める選手権大会。あれにうちも出場することになってね。そのためには着ぐるみも作らなきゃいけないんだけど、現在、うちの会にはそんな芸当を持った人間が一人もいないのさ。で、その道の第一人者である君に白羽の矢が立ったというわけ」
怒鳴り散らす瑠衣は、どこからどう見ても完全に怒っている……ガタイがよく、言葉使いも荒々しい瑠衣が怒り出すと、並の男子ならとうにビビッて黙しているところであるが、この東郷というチャラ男はまるでお感じにないというような様子で、先程来、平然と自分のペースで話を続けている。
一見、軟派な軽い男のように見えて、実はただ者ではないのかもしれない……。
瑠衣がそんな感想をなんとなく抱いていると、東郷はやはりすべてを受け流すかのような笑顔を見せて、さも話は決まったと言わんばかりに彼女に告げる。
「ま、そういうわけなんでよろしくね。今日から君も我らゆるキャラ同好会の一員だ」
「な、なに勝手に決めてんだよ! あたいは絶対そんな同好会なんかに入らないからね!」
「フゥ…もお、噂通りにほんと頑固なんだから。ま、そこがまた君のカワイイところなんだけどね」
我に帰り、断固拒否の構えを見せる瑠衣に対して、東郷は「困った子だなあ」という感じで眉を「へ」の字にさせてみせる。
「うるさいねえ! バカなこと言ってんじゃないよ。これは頑固とかそういう問題じゃないだろうに! …んん? ああ! よく見れば、この許可書には〝ただし、本人の同意がない場合は引き抜きを無効とする〟って但し書きが付いてるじゃないか!」
最早、完璧に先輩とは見なしていない東郷をバカ呼ばわりする瑠衣だったが、その直後、ふと視線を落とした許可書の中に、そんな但し書きを彼女は目聡く見つける。
……そう。この許可書には、東郷達ゆるキャラ同好会にとっては不都合な、そうした条項が一つ記されていたのだ。
いくら他のクラブからの強制的な引き抜きを許可するといっても、その強制力は部や同好会側に対してであり、引き抜く対象となる当の本人の同意が得られなければ、それを為すことはできない……これは〝クラブ選択の自由〟という、条坊高校校則の根幹を為す「基本的生徒権」の一つに抵触するものであったために、さすがに生徒会も本人の意思を無視することを許さなかったのだ。
故に、これは生徒会側のゆるキャラ同好会に対するせめてもの嫌がらせでもあったが、必要な人員をゆるキャラ同好会がスカウトできるか否かは、最終的には本人を説得できるかどうか如何に――ひいては東郷の腕にかかっているというわけである。
「ってことは、あたいにその気がなければ、引き抜くことはできないってことだね? そんじゃ、あたいにその気はさらさらないんで、これでこの話はもうおしまいだね」
そのことに気が付くと、瑠衣はそう言葉を結んで早々に席を立とうとする。
「さあ、それはどうかな? 君なら必ず僕らの同好会に入りたいと思うはずだよ? いや、もう本心ではすでに入ることを決めているはずだ」
だが、東郷はまったく慌てる風でもなく、まるですべてを見透かしているかのような眼差しで瑠衣の顔を見つめ、不敵な笑みを浮かべながらそう宣言してみせた。
「フン! 知ったような口きいて。あんたにあたいの何がわかるって言うのさ? 誰がそんな興味もないゆるキャラの同好会なんかに…」
「いいや。君のことならよく知ってるよ」
言いかけた瑠衣の口を、東郷の言葉が塞ぐ。
「尾藤瑠衣。二年一組、一六歳。七月七日生まれの蟹座のAB型で、鞄職人の父とテーラーの娘であった母を両親に持つ。自身も幼い頃より手芸に親しみ、昨年、一年生ながらに全国手芸大会高校生の部で準優勝するまでの腕前に成長。現在彼氏なし。好きな食べ物はパスタ。苦手なものはお化け……って程度にはね」
「な……」
思いの他、自分のことを知っている東郷に瑠衣は絶句する。
「……だ、だったらなおのこと、あたいがそんなもんに入るわけないってわかるはずだよ! あたいは手芸以外のことをやるつもりはないんだってね!」
なんとか気を取り直し、どこか無理やりに息巻いてみせる瑠衣だったが、それでも東郷は表情を崩すことなく、落ち着いた口調で彼女に問い質す。
「だからこそ、君は今の手芸部での活動に満足してないんじゃないのかい?」
「な、何を……」
瑠衣は再び言葉を濁らせる。
「現在、君の技術は他の手芸部員達のものを遥かに凌駕している。それに優勝は逃したとはいえ、全国大会で準優勝を果した君は高校生としての一つの頂点を極めてしまったと言ってもいい……そんな君は今、さらなるステップアップを目指し、何かこれまでに作ったことのない新しいものへ挑戦したいという思いに駆られているんじゃないのかい?」
「だ、だからって、なんでゆるキャラに……」
誰にも話したことのない、他人が知る筈もないと思っていた心の奥底に秘めた本心を東郷に突かれ、瑠衣はひどく動揺しながらも、それでもなんとか反論を試みる。
「君は、着ぐるみを作ったことはあるかい?」
「そ、それは……」
だが、東郷の攻めの手は止まらない。
「君ならばわかるはずだ。着ぐるみを作るのにどれだけの高い技術が要求されるかってことを。もしも作ったことがないのなら、これはぜひとも挑戦してみるべき新たなる分野だと僕は思うけどね……そうは思わないかい?」
「いや、それは……そうだけど……」
「それとも、着ぐるみなんて高度なものを作る自信が君にはないのかな?」
「な、なんだって!?」
「ああ、それならそれでいいよ? 別に強要はしないからさ。そうかそうか。まあ、自信がないんじゃ仕方ないな。そういうことなら残念だけど僕も諦めるよ。そっかあ、自信がないのかあ。どうやら僕は尾藤瑠衣って人間をちょっと買いかぶっていたみたいだな」
「バカ言うんじゃないよ! 誰に向かって言っているのさ! あたいに作る自信がないだって? 先輩だろうがなんだろうが、ふざけたことぬかすと承知しないよ!」
東郷のあからさまな挑発に、職人気質の瑠衣はまんまと乗せられてしまう。
「ほおう。それじゃ、君には着ぐるみをうまく作る自信があるっていうのかい?」
「ああ、もちろんさ! あたいを誰だと思ってるんだい? 着ぐるみなんざ、あたいの手にかかれば朝飯前にちょちょいのちょいさ!」
「さあどうかなあ? 口ではなんとでも言えるからねえ。ま、うちでデザインしたゆるキャラの着ぐるみを作れたりとかしたら、その大口を信じてあげなくもないんだけどねえ」
「ああ! 作ってやるよ! そこまで言うんだったら、そのゆるキャラの着ぐるみとやらを作ってやろうじゃないか! ぐうの音も出ないくらいにものすごいのを作って、その無礼な口を塞いでやるから覚悟しとくんだね!」
売り言葉に買い言葉、頭に血が上った瑠衣は思わずそんな言葉を口走っていた。
「フフッ…今、着ぐるみを作ってくれると言ったね? そんじゃ話は決まりだ。尾藤瑠衣さん、ゆるキャラ同好会副会長として君の入会を心より歓迎するよ」
東郷は不意に表情を綻ばすと、うれしそうに瑠衣へ笑いかける。
「ハッ! しまった……」
そこで、ようやく彼の意図に気付いた瑠衣は「やられた!」というような顔で後悔の言葉を口から漏らす。
こうして、彼女の密かな願望とプライドを利用した東郷の巧みな交渉術によって、尾藤瑠衣は図らずもゆるキャラ同好会の野望の一角を担わされることになったのであった――。
同日。技術科の授業で使われる技術実習室……。
旋盤やら、ドリルやら、エンジンの模型やらの機械に囲まれたこの雑多な部屋で、二年三組の西村真太はロボコン部の部活動に勤しんでいた。
特に意味はないのだが、他の部員達同様、白衣を小柄な体の上に羽織り、ツンツンと髪の逆立った頭に火花対策用のゴーグルを乗せた真太は、タブレットPCで新しいロボットの設計図に目を通している。
一方、他の者達は彼より少し離れた場所で、すでに基礎部分の完成しつつある五〇センチほどの人型ニ足歩行ロボットを動かし、そのぎこちない動作に一喜一憂している。
彼らは今、今年のロボコンに出場させるロボット開発の真っ最中なのである。
ショタ萌えする顔をしかめて設計図に目を落としていた真太は、不意に動き出すと視線を画面から上げることもなく皆の方へと近付いて行く。見ると、その画面に映る設計図には電子ペンで赤く訂正・加筆された文章や図像が所々記されている。
「部長、これは昨日、おいらが練り直した〝楽天則〟の改造案です。どうかもう一度目を通してください!」
そして、ロボットの動作チェックを見守っていたロボコン部の部長・筋分村譲司の背後に立つと真剣な表情でそう切り出した。〝楽天則〟というのは部員達が今動かしている自作ロボットの名称である。
「んん? なんだ、またその話か。それは前に却下しただろう?」
だが、振り返った筋分村は、あからさまに面倒臭そうな顔をして難色を示す。
「ですが、今のままではこれ以上のポテンシャルは望めません。もっと滑らかな動きにするには、やはり抜本的な改造を考えないと……今度はもっと技術的に実現可能なものにしてみましたし、コストもギリギリまで抑えたつもりです。だから、もう一度、話だけでも!」
それでも食い下がる真太だったが、筋分村は熱意ある後輩部員の訴えを一笑に付した。
「フン。練り直したと言っても、どうせ内部を人間により近い骨格を持ったフレームで作って、その上から柔らかい素材の外骨格で覆うっていうモノコック的な基本構想は変わってないんだろう? しかも動力をモーターではなく油圧にしろなんていう大きなおまけ付きのな。コストを抑えたにしても、それを作るのにどれだけの金がかかると思ってるんだ?そんな予算、生徒会が付けてくれるわけないだろう」
「で、ですが、今の構造ではこれ以上のレベルアップは…」
「君はすぐにそう言うがね、君以外の部員は今のままでもロボコンでは十分な性能が出せると思っているんだよ。なのに金ばかりか莫大な時間と労力もかけて、その無駄な改造を今更施せと言うのか? もしも奇跡的にその予算が取れたとしても、君の言うようなレベルまでへの向上ははっきり言って不必要。無理に予算と時間を注ぎ込んでまで、そんな不必要な性能向上を追求する余裕、うちにはないんだよ!」
「ふ、不必要だなんて……技術者は常に性能の向上を考えるべきなんじゃないですか!?」
容赦なく彼の言い分を切って捨てる部長の筋分村に、真太の声も自然と大きくなる。
「ハァ…西村君。君は確かにこの分野に関しては天才的な才能を持ってはいるがね。実際には君が考えるように頭の中の理論だけでうまくいくわけじゃないんだよ。もっと君も予算とか時間とか、そういった現実の状況ってもんを考慮しなきゃ」
だが、筋分村は大きく溜息を吐くと、大人が説教するように真太を諭すだけだった。
「そうだぞ、西村。お前、いくら才能あるからって実現不可能なこと要求して、みんなを困らせたりするなよな」
「まったくこれだから天才は。どうせ俺達凡人の考えなんて理解できないんだろうよ」
「いわゆる、天才となんとかは…ってやつかな? ハハハハハッ!」
部長と真太のやりとりに、他の部員達もロボットの動作チェックを途中でやめると、真太の言動を揶揄したり、侮蔑するような眼差しを向けて嘲笑ったりする。
そこには、真太の現実離れした要求に対する反対の声ばかりでなく、普段から彼らの抱いている、自分達とは違う、まさに〝天才〟である彼に対しての嫉妬というものも少なからず含まれていた。
「くっ……」
その悪意ある声に居たたまれなくなった真太は、タブレットを強く握り締めると、ついに技術実習室から飛び出して行ってしまう。
ガシャン! と乱暴に出入り口のドアを開閉して廊下に出ると、真太は行く宛てもなく走り出す。その行為がただの無駄な労力の消費であることは彼にもわかっているのだが、全力疾走でもしなければ、この悔しい気持ちを抑えることができないのだ。
しばらくの後……ふと気付くと彼は無意識のうちに校舎の屋上へと来ていた。
屋上からは夕暮れ時の濡良市の町並みが一望できる……夕闇に包まれる寺や商家風の日本家屋が多い濡良の町は、真太の心とは裏腹にとても穏やかで、反面、彼の心を反映するかのように物寂しくもあった。
「なんで、誰もわかってくれないんだ……」
屋上の縁まで歩み寄り、オレンジと紫色のグラデーションのかかった空を眺めながら真太は呟く。
彼は、なぜ自分の意見を誰も聞き入れてくれないのかがわからなかった。自分はただ、部のみんなのために自分達のロボットをよりよくしたいというだけなのに。
部の者達は何かにつけて自分のことを〝天才〟だと揶揄するが、真太は自分が天才などとは微塵も思っていない……ただ、自分はロボットのことが大好きで、そのロボットに夢を抱いているだけなのだ。
無論、真太だって予算や時間的な縛りなど、そういった現実の問題はわかっている……わかってはいるが、ロボットのことが本当に好きならば、例え最終的に目標の半分も達せられなかったとしても、ギリギリ寸前のところまで、もっとすごいロボットが作れるよう精一杯努力してみるべきなんじゃないだろうか?
そう、真太は思うのだ。なのに、他の者達は現実味のないただの夢だとバカにして……最初から挑戦してみることさえ諦めて……。
「夢を見て何がいけないんだ……」
真太がそんなことを思い、淋しげに呟いたその時のことだった。
「ああ、こんな所にいたんだ」
突然、後方から男の声が聞こえてきたのである。
「……!?」
いきなりのことに真太はびっくりして振り返る。すると、そこには見慣れない男子生徒が一人、いつの間にやら立っていた。
「いやあ、探したよ。一仕事終わらせてから技術実習室行ったら、君はどっか行っちゃったっていうじゃないか? こんなことなら君の方から最初にすます(・・・)べきだったよ」
その、どこか軽い調子の見知らぬ男子生徒は、訊いてもいないのにべらべらと事情を説明しながら真太の方へと近付いて来る。
「ま、そのおかげで現在、君の置かれている状況は大体わかったけどね」
同じ制服を着ているのでこの学校の生徒に違いはないだろうが、真太にはまったくもって見憶えがない。となると、見た目からして一年生ではないだろうから上級生だろうか?
「あ、あなたは……」
歩み寄って来たその男子生徒に、真太はおそるおそる尋ねた。
「ああ、自己紹介がまだだったね。君は二年三組の西村真太君だよね? 僕は三年二組の東郷平七郎。一応、ゆるキャラ同好会の副会長さ」
「ゆるキャラ同好会?」
真太はそう呟いた後で、そういえばそんなマイナー同好会があったような…と朧げな記憶を思い起こした。
だが、そのよく知らぬ同好会の人間に、真太はやっぱり心当たりがない。
「確かにおいらは西村真太ですけど……そのゆるキャラ同好会の副会長さんが、おいらになんの用ですか?」
この東郷なるいかにも不審な先輩に、真太は警戒の目を向けて再度、尋ねる。
「君を僕らゆるキャラ同好会へスカウトしに来たのさ。期限付きの臨時会員としてね」
「スカウト? ……でも、おいらはゆるキャラなんかとはまったく関係ないロボコン部員ですよ? それなのになんでそんな同好会が?」
「実は濡良市の遷都されるかも知れなかった時から一三〇〇年を記念した公認ご当地キャラを決める選手権大会……ああ、もう長ったらしい名前だな。とにかくその大会に僕らも参加することになってね。そのための着ぐるみを作るのに、内部構造の制作を君に頼みたいのさ。中の人間が思いのままに着ぐるみを操れるような高品質のものをね」
「内部構造? ……ああ、なるほど。そういうことですか。確かに中に入る人間の動きをよりストレートに着ぐるみへ反映させるには、人間工学なども考慮した、それ相応の内部フレームというものが必要となる。それに動きづらく、視界も狭い着ぐるみを長時間着用するとなると、中の人間への負担軽減も考えなくちゃならない……それにはおいらの持つロボットの技術が転用できるんじゃないか? と考えたわけですね」
さすがは天才ロボット少年というべきか、真太は即座に東郷の意図を理解した。
「その通り。やっぱ理解が早いね。まあ、そういうことなんで僕らに協力しちゃくれないかな? もちろん、ずっとってわけじゃなく、その選手権が終わるまででいい。ちなみにこんな引き抜きを認める正式な許可書も生徒会から出てるんで、ロボコン部の方は何も文句は言えない。後は君の意思次第さ。どうだい? 君の才能をこの市を挙げての大舞台で存分に発揮してみるつもりはないかい?」
東郷はクリアファイルに入ったA4の紙を差し出すと、まるでライバル会社に有能な社員をヘッドハンティングしに来ている人間か何かのような口調でそう誘った。
「なるほど。生徒会もこの引き抜きに関してすでに了承済みで、どの部であろうと異議は唱えられないってわけですか……ですが、その話、おいらはお断りします」
しかし、真太は東郷の誘いをきっぱりと断った。
「おいらは物心付いてからというもの、ずっとロボットにだけ情熱を傾けてきたような人間です。申し訳ないですが、ゆるキャラになんて興味はないし、例えあったとしても、今更、ロボット以外のことに手を出すつもりはありません」
「フゥ…なんだか、さっきも同じような台詞を言われた気がするよ。分野は違えど物作りにこだわり持ってる人間ってのは似てるもんだねえ」
迷う間もなく、はっきりと言い切る真太に東郷は短い溜息を呟く。
「さっき?」
「ああ、いや、それはこっちの話……それはともかく、君はロボコンに出場させるロボットの改修案として、内部を人間に近い骨格のフレームで作り、その上から別に作った外骨格ですっぽり覆うっていう構想を持っているようだね?」
そして、怪訝な様子で聞き返す真太に、東郷は誤魔化すかのようにそう尋ねた。
「ど、どうしてあなたがそんなことを……」
不意のその質問に、真太は驚きの表情を作る。それは自分とロボコン部の人間以外には知る筈もない話だと思っていたからだ。
「なあに、僕は強力な情報網を持っているんでね。うーん……こう考えてみてはどうだろう? 着ぐるみというのは君の構想そのままに、内部機関の駆動系が機械的なものから人間に代わっただけのロボットだと。そう考えれば、君の目指すロボットと僕らの望む着ぐるみとはなんだか似ているように思えてこないかい?」
その強力な情報網が、生徒の個人情報集めを趣味にしているド変態であるなどとはけして明かすことなく、東郷はロボットと着ぐるみの性格を比較して改めて真太に問いかけた。
「それは……いや、それは詭弁というものです! やっぱり機械で動くからこそロボットなのであって、駆動系が人間だなんて、そんなのはロボットと言えません。さっきも言いましたように僕はロボット以外のことに関わる気はありません。確かに着ぐるみとは似ているかもしれないけど……この構想はロボコンに出場させるロボットのために考えたものなんです。そのために使えなかったら意味がありませんよ!」
一瞬、東郷の舌先三寸に惑わされるところだったが、冷静な思考でなんとかその詭弁を打破すると、真太は改めて引き抜きの話を断る。
「だけど、今のままロボコン部にいて、君のその構想は実現できるのかい?」
だが、東郷はまるで気にすることもなく、瑠衣の時同様、すべてを見透かしているかのような顔をしてそう返した。
「そ、それは……どうして…どうして、そんなことまで知ってるんですか!?」
それを聞いた真太は先程以上に驚きの表情を浮かべ、思わず声を荒げて訊き返す。
「今度は情報網じゃなく、さっきロボコン部を訪ねた時に聞いただけさ。このままだと君の改修案が採用されることはほぼ一〇〇%ないと言っていい。最初から実現されないとわかりきっている構想なんて、それこそ意味がないんじゃないのかい?」
「そ、そんなことは……」
真理を突く東郷の言葉に、真太は言い淀む。
「今のロボコン部は君を必要としてはいないのさ。対して僕らのところでは、君の才能と技術を心底必要としている。そればかりか、ロボコン部では実現できない君のその構想を、部分的にではあるにせよ、着ぐるみと人間とを結ぶインターフェイスとして再現することができるんだ。それでも、このまま部に留まることに意味があると君は言うのかい?」
「………………」
東郷のその問いに、真太は答えることができない。
「それに君はまだ二年だ。来年になれば最上級生として、ロボコン部でもより強く自分の意見を通すことができるようになるだろう。その来るべき時に向けて、今年は着ぐるみを代用にモノコック構造の試作実験をしてみると考えてもらってもいい。さあ、どうだい? 今年一年、ロボコン部で悶々と無駄な時を過ごすのと、ゆるキャラ同好会で来年に向けての準備を行うのと、君にとってどちらが有意義な時間の過ごし方だろうね?」
「………………」
その質問にも、真太は答えることができなかった。
「これが最後の質問だ。普段、はっきりと自分の意見を言う君が黙っているといことは、それは肯定を意味するものだと僕はとらせてもらうよ……西村真太君、僕らのゆるキャラ同好会に臨時会員として来てくれるね?」
「………………」
運命を決める最後のその問いかけにも、真太は黙して東郷に答えた。
一人目の臨時会員が彼らのもとへ下ってより僅か三〇分の後、二人目に当たる西村真太も、東郷の巧みな術中にあえなく落ちたのであった。
つづく…認めたくないものだな。ゆるキャラゆえのユルさというものを……。




