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みっしょん2 茉莉栖のユルくない戦略

【ゆるキャラ】 「ゆるいマスコットキャラクター」の略称。国や都道府県、市町村などの地方公共団体、その他公共機関等が、イベント、キャンペーン、村おこし、名産品の紹介といった各種地域情報の宣伝のため、またはその活動当事団体の理念や特色を表す象徴として創作されたご当地キャラのこと。地域に根差したものについては特に「ご当地キャラ」と呼ばれることもある。一般的な特徴として、外見がカワイらしく、そして、ユルい。また、広義にそういった特徴を持つイラスト、着ぐるみ全般をさすこともある。「ゆるキャラ」の命名は、みうらじゅん氏による。

挿絵(By みてみん)

 条坊高校ゆるキャラ同好会の全会員(総勢三人)による大決起集会が行われた春休みのある日の午後、会長の乃木茉莉栖は、まだ新築の香りが残る新クラブ棟三階に位置する生徒会義室を訪れていた。

 棟の最上階、この建物内では最大の規模を誇る、他の部屋のゆうに三倍以上の広さはあろうかという某赤い彗星の専用機のような空間の真ん中に茉莉栖は独り立っている……ここが、条坊高校の全部・全同好会の上に君臨し、それらを統括する生徒自治の最高意思決定機関「生徒会」の殿堂である。

 休校中のためなのか? それとも会議という性質上、機密保持をするためか? 現在、その崇高なる生徒の自立性を象徴する殿堂は、外に面した窓のカーテンが全て閉め切られ、室内は非常に暗い……そのどこか人間性を拒絶するような冷たい暗闇の中、裁判を受ける被告人ででもあるかのように、茉莉栖はただ独り、毅然としてそこに立っている。

「――ゆるキャラ同好会会長・乃木茉莉栖……一応、議案審査委員の審査を通ったのでこうして議会を開いたわけだが、こんな春休みの最中に緊急で私達を招集するとはいったいどういうつもりだ?」

「そうですよ。それも、あと二、三日待てば学校が始まるというのに……」

 ピシッと直立不動で姿勢よく立つ茉莉栖に対して、そんな男女の声が彼女の前ポから不意に投げかけられる。

 しかし奇妙なことに、この会議室の中には茉莉栖一人の姿しか見当たらない……彼女の前方左右の三方は細長い会議用の机とそれに付属した椅子によって囲まれているのであるが、その椅子の上には誰一人として座っている者がいないのだ。

 ただ、その代わりとでもいうかのように、机の上には液晶薄型ディスプレイのような物が椅子の数だけ置かれており、その黒い画面上に「SOUND ONLY」という明朝体の白い文字が不気味に映し出されている。また、よく見るとその文字の下には個人を特定するような名称も記されているようだ。

 今聞こえた声は、そのディスプレイに内蔵されたスピーカーより発せられたものである。

「で、何かと思って来てみれば、なんだ? この着ぐるみ製作費()十万の特別部費予算計上というのは? そんなもの、君は本気で通るとでも思っているのか?」

 最初に発せられた男の声が、続けてそのように茉莉栖を厳しく問い質す。それは画面に「生徒会長」と映し出されているディスプレイからの音声である。

「これは何かの冗談か、それとも大きな書き間違えですか?」

 今度は先程、二番目に発せられた女性の声――画面に「副生徒会長」と出ているディスプレイが、そんな疑問を茉莉栖にぶつける。

「いや。冗談でも間違えでもない。その予算計上書通りにん十万円をもらい受けたい」

 だが、茉莉栖はその~音声だけの(・・・・・)声に臆することもなく、きっぱりと、凛とした口調でそう言ってのける。

「なんだと!?」

「なんと身の程知らずな……」

「部にもなれない、たかが弱小同好会の分際で……」

 恐れを知らぬ彼女のその言葉に、他のディスプレイからも次々と電気信号に変換されたざわめきが沸き起こり、その場は俄かに色めき立つ。

 中央の茉莉栖を取り囲むディスプレイの数は全部で十……正面の机のものには真ん中に生徒会長、福生徒会長、その両どなりに書記一、書記二、左手の机のものには一年学級委員代表、二年学級委員代表、三年学級委員代表、右手の机のものには運動部代表、文化部代表、風紀委員長という名称がそれぞれ黒い画面を背景に白く光っている……これが、条坊高校の校則や各部の予算などの審議を取り行う、生徒会理事の全メンバーである。

 ちなみに一年学級委員代表のディスプレイには赤く光る「欠員」という文字が大きく浮かんでいる。まだ入学式前なので、一年の代表は決まっていないのだ。

「………………」

 そんな、ものすごく人を見下したような台詞を投げかけてくる「SOUND ONLY」のディスプレイを、茉莉栖は無言のまま、ざわめきが収まるまでしばし見つめていた。

 この彼女を取り囲むディスプレイの壁――これは条坊高校生徒会の誇る近未来型遠隔会議システム――通称〝モノリス〟の中核をなす主要デバイスである。

 このシステムにより、こうした休日など、理事のメンバーは学校に来なくとも、タブレットやスマートフォンを用いて、いつどこからでもインターネットで会議に参加できるようになっているのだ。まあ、簡単に言ってしまえばテレビ電話の要領である。ちなみに今は何かの都合で音声のみになっているが、画面上にお互いの顔を映し出し、より実際にその場にいるかのような臨場感で話し合うこともできる。

 ただ、このシステムを構築するのには当然、莫大な費用と時間がかかっていると思われるが、そのくせ、これがあったからといって何かものすごく助かっているというわけでもなく、逆になかったからといって困ることも別段、これといってない。費用対効果を考えれば疑問を感じずにはおれない特殊設備……つまりは無駄な金遣いである。

「フン。権力を独占する俗物どもめが……」

 茉莉栖は吐き捨てるように小声でそう呟き、「こんな金があるならば、文句を言わずにとっとと自分達に回せ!」と思った。

 とは言え、新学期が始まる前に計画を次の段階へ進めておきたい茉莉栖としても、こうしてその無駄金を使ったシステムのおかげで大いに助かっているのではあるが。

「皆さん、よく考えいただきたい。これは我らゆるキャラ同好会のためだけにあらず! 現在、ご当地キャラは全国的なブーム。それがこの条坊高校より誕生したとなれば、校名を一躍世に轟かすよい機会となるでしょう。しかも、高校生が部活動でそれを作ったなどというドラマはそれだけで話題性大。地元の新聞、テレビ、ラジオ、ネット記事……否、全国放送でも取り上げられるかもしれない。もしそうなったならば、本校の利益は計り知れないものとなるのですよ!」

 ざわめきが収まりを見せ始めたのを見計らい、茉莉栖はディスプレイ達を前に堂々とした、よく通る声でそう言い放った。

「確かに、もし本当にそんなことになったとしたら、この学校にとっても大きな利益となるでしょうね……でも、あなた達は会員わずか三名の同好会。失礼ですが、仮に予算をもらったからと言って、あなた達にそのような大仕事ができるとは到底思われません」

 すると、茉莉栖の左側にある「二年学級委員代表」のディスプレイが、女子生徒の声でそんな意見を返してくる。

「フン……二年代表。あなたも一応、理事なのだから、ちゃんと議案には目を通してから議会に出席していただきたいものですね」

だが、茉莉栖は小馬鹿にするように鼻で笑うと、その意見を瞬殺で斬り捨てた。

「なっ…!」

 二年代表のディスプレイが、驚きと怒りのない混ぜになった奇妙な声を上げる。

「今おっしゃられた問題をクリアするために、予算に加えてもう一つの要望も出しているのだ。そのくらいのことがわからないようでは理事として如何なものかと思われますよ?」

「くっ…」

 茉莉栖の遠慮ない言葉に、二年代表の音声は短い呻きを残して沈黙した。

「そのためのこの要望ですか……〝本校に在籍する全生徒の中から、その任に適当と思われる者を強制的にゆるキャラ同好会に入会させることができる。それには、いかなる部、同好会に所属する者であろうとも期限付きで引き抜く行為も含まれる〟……と」

 代って、今度は正面の副会長のディスプレイが再び音声を発する。

「なるほど。それならば確かに人員不足の問題を解決することもできますわね。でも、そのように大きな権限を特定のクラブに与えることは、明らかに民主主義に反することになるんじゃありませんこと?」

「今回の活動はそれほどまでに偉大なプロジェクトだということです。それでもまだ、この一大事業をなすための支援としてはもの足りないくらいです」

 難色を示す副会長の言葉にも、茉莉栖は言い淀むことなくキビキビとした声で答える。

「それならばなおのこと、君らのような弱小…失礼。小さな同好会をなぜ特別視せねばならんのだ? もしも我が校でその、なんだ、ゆるキャラ選手権か? それに参加するとしてもだ。君らではなく、どこか他のもっと有能で実績のある部に権限を与えて、そのイベントに取り組ませるのが筋というものだろう?」

 すると、そんな茉莉栖の意見を逆手に取り、右側にある「運動部代表」のディスプレイが嫌味たらしい男子生徒の声で意見を述べる。

「笑止!」

 だが、茉莉栖は一喝。その口も間髪入れずに塞いでしまう。

「我々はこの二年間、全国のゆるキャラというゆるキャラをずっと見続けてきた。我ら以外にこの大役を担える者がどこにいようか? 何もわからぬトウシロウ(・・・・・)が知った風な口をきかんでいただきたいものだな」

「な、何をっ!」

「ならば、運動部代表。それから文化部代表も。あなた達に昨年の『ゆるキャラグランプリ』で一位から三位までに入賞したゆるキャラが、どこのなんというキャラクターなのか言えますかね?」

「………………」

 茉莉栖のその質問に、右側二つのディスプレイは低いノイズ音だけを静かな会議室内に響かせた。

「……まあ、それはともかくとしても、なんだ? この最後の条項は? 〝これにより、会員数が五名以上に達した時には『ゆるキャラ同好会』を『ゆるキャラ部』へ昇格。部室も旧クラブ棟から新たに用意した新クラブ棟の部屋へ移動させる〟って、これは君、どう見ても君らの同好会をひいきしろと言っているようにしか思えないぞ? まさか市のイベントを口実に、自分達の同好会の権利を強化しようという策略ではないだろうな? それなら、それは詐欺行為以外の何物でもないぞ?」

 終始、揺るぎない口振りの茉莉栖主導で進み、最早、彼女に反論できる者は誰もいないかと思われる議場であったが、今度はそれまで沈黙を守っていた「風紀委員長」のディスプレイが、そのように否定的意見を口にする。

「……そ、そうだ! これは横暴だ!」

「ええ。わたし達を騙して予算をぶん取ろうっていう魂胆よ!」

 風紀委員長の正論に、今しがた撃沈させられた負け犬達も俄かに活気付く。

「新しい部室も、着ぐるみの作成作業で広い場所が必要となるための止むを得ぬ措置です。それに人数が五名以上となれば部に昇格するというのが『生徒会規約第十条・部活動等に関する規則』でも規定されている至極当然な流れ。五名以上もいて、それでも部にならない方がむしろ規則違反ではないですかな?」

 だが、茉莉栖はそれに対しても、負けることなくこちらも正論で言い返す。

「まあ、一応、君の言うことも筋は通っているか……しかしね、この予算の金額は他の部にしても通常はあり得ない高額だ。それに、このいまだかつてない権限を与える特例……そんなものをおいそれと認めてしまって、もし何かあった場合に誰が責任を取るんだ? そんな責任、我々では負いかねないね」

 それでも、生徒会としては茉莉栖の要求を簡単に飲むわけにはいかない。再び「生徒会長」のディスプレイが迷惑そうな声色でそんな難色を示す。

「責任ということならば、逆にもし、あなた方がこの要望を蹴って、我らが濡良市の公募に応募できなくなった場合、条坊高校はそんな熱意ある生徒のクラブ活動をも潰す、自由も創造性もない学校だ…などという噂が世間で立ったとしても、その責任はあなた達が負うと考えてよろしいんですね? 昨今、SNSでその手の噂はすぐに拡散しますし」

「な……き、君は我々を威すつもりかね!?」

 茉莉栖のその言葉に、ずっと冷静だった生徒会長の声も動揺の色を帯びて荒げる。

「いいえ。私はただ、事実を言っているまでのことです」

そんな生徒会長に、茉莉栖が素知らぬ顔でそう返したその時。

「生徒会長、学校長とPTA会長から本件に関しての公式見解メールが入っています」

「書記一」と書かれたディスプレイが不意に真面目そうな女生徒の音声を発した。

「ん? 学校長とPTA会長から? なぜ彼らがこの件について知っているのだ……」

 訝しげにそう答え、今、遠く離れた彼の自宅において、生身の(・・・)生徒会長が目の前にあるタブレットでメールを確認しているであろうと思われる僅かな時間の過ぎた後。

「これは…!?」

 「生徒会長」のディスプレイは、思わず驚きの声を上げた。

「ん……?」

 それを受け、他の理事達も生徒会共有フォルダ内にあるそのメールを一斉に確認し出す。

 そして。

「な、なんだと!?」

「まさか、そんな……」

 彼らのディスプレイも揃って驚愕の音声を暗闇の中に響かせる。

「ゆるキャラ同好会の活動を全面的に支援するように……学校長もPTA会長も、ほぼ同内容の文章ですね」

 その中で「副生徒会長」のディスプレイだけが、落ち着いた声でメールの一文を静かに読み上げた。

「根回し……か。やってくれましたね、乃木茉莉栖」

 生徒会長の音声が、「してやられた」というようにぽつりと呟く。

「さあ? なんのことやら……」

 それに茉莉栖は不敵な笑みを浮かべると、まるで知らず存ぜぬというようにあからさまに惚けてみせる。

「ま、いずれにしろ、これで論点がはっきりしましたね。わたしはまったく存じませんでしたが、今聞いた話の感じからすると、学校やPTAも我らの活動にはどうやら賛成のご様子……さあ、どうします? 学校側の意見に反してまで我らの要求を蹴って本校の不評を世に知らしめるのか? それとも、学校・PTAの意見に同意して、本校の名誉となる活動に協力するのか? あなた達はどちらにメリットがあると思われます?」

「………………」

 茉莉栖の殺し文句に、反論を唱えられる者は誰もいなかった。

「わかった。学校側までが賛成というのならば致し方ない……まことに遺憾ながら、この予算案と君らへの特別措置を本生徒会は許可することとしよう。しかし、それで本当に濡良市公認キャラクターの座を勝ち取ることが君らにできるのかね? ここまでしておいて、やっぱり駄目でしたではお話にならないぞ?」

「フッ…それは愚問というものですな。この濡良市内でゆるキャラに関して我らに敵うものはありません。必ずや名誉ある勝利を条坊高校の歴史に刻んで御覧にいれましょう」

 会長の問いに茉莉栖は再び鼻で笑うと、そう、自信を持ってきっぱりと言い切った――。


 そうして茉莉栖の思惑通り、ゆるキャラ同好会への破格の財源と特権の付与を認める議案が生徒会臨時議会において可決されたその日の翌日……。

「おっはよ~♪」

「やあ、連日の休日登校ごくろうさん」

 小汚いゆるキャラ同好会の部室を訪れた高村ひかりに、すでに来ていた平七郎が挨拶を返す。どうやら作業しやすいようにとの工夫らしいが、長い前髪をなぜか目玉クリップで留めた彼は、手にしたタブレットPCの画面に映る表のようなものを弄っている。

「ああ、ごくろうだな」

 また、その背後には腕組みをして立つ茉莉栖もいて、平七郎の仕事を冷静な眼差しで見つめている。これですべてとなるゆるキャラ同好会の数少ない会員三人は、この日も休日返上で部室に集まったのだった。

「茉莉栖ちゃん! どうだった? 予算ちゃんと取れた?」

 ひかりは開口一番、今日もキラキラとした好奇心溢れる瞳で茉莉栖に昨日の緊急議会の結果を訊く。

「ばっちりだ。なんの問題もない」

「やったーっ! じゃ、これで本当にあたし達のオリジナルゆるキャラが作れるんだね!」

 別に大したことないというような口振りながらも少々得意げな顔をして答える茉莉栖に、ひかりはうれしそうに大きく見開いた目の輝きを倍増させた。当社比三倍くらいである。

「ああ、そうだな。これで我らの作戦も第二段階(フェイズ・ツー)に移行できる。で、今、東郷君が組み上げた必要人員確保のためのシステムを見せてもらっているところだ」

「しすてむ?」

 目線で平七郎の弄るタブレットを示す茉莉栖に、ひかりは怪訝な顔で小首を傾げる。

「うん。このデータベースなんだけどさ。俺の知り合いに、この学校に在籍する全生徒の生年月日から始まって、身長・体重・スリーサイズ、家族構成、趣味、得意な科目、果ては絶対他人には知られたくない、これまでの人生の中で一番恥ずかしかった失敗談なんてものまで、ありとあらゆる個人情報を調べ上げているという人間がいてね」

「つまりは変態だな」

「まあ、そう言ってしまうと元も子もないんだけど……その通りだね。で、その変態筋のPCからこっそり抜き取ったファイルをもとに、昨日、徹夜でこのデータベースを完成させたんだよ。これを利用すればたちどころにして、こちらの欲しい人材がどの学年のどのクラスにいるかわかるっていう寸法さ。ほら、この検索フォームにその必要とされる能力なんかのキーワードを入れてね……」

 茉莉栖の無碍もないコメントを否定することもなく、平七郎はそう説明して光にタブレットの画面を見せる。

「へえ~それはスゴイ! なんていうか、もう、変態さまさまだね!」

 ひかりはその検索フォームのウィンドウが開いた画面を覗き込みながら、いたく感動したように変態を称賛する。

「ま、世間一般的にはあくまで排斥すべきド変態だけどな……ところで、そっちの方はどうだ? 何かよいアイデアは浮かんだか?」

 そんなひかりに、またもお世話になっているそのド変た…もとい、その人物を全人格否定してから、今度は茉莉栖の方が質問を投げかけた。

「うーん……今、全国のいろんなゆるキャラを見返して参考にしようと思ってるとこなんだけどね。まだぜんっぜんインスピレーションが湧いてこなくて……」

 ひかりは切り揃えた黒髪の下の眉根を「ハ」の字に寄せて、困ったというような顔でそれに答える。

「なに、まだ昨日の今日だからな。一日や二日で考え付くとも思ってないさ。時間は充分にある。気長にゆっくり熟考してくれ」

「うん。わかった」

「よーし! テスト完了っと!」

 ひかりが明るい笑顔で大きく頷いたその時、平七郎が不意に弾んだ声を上げた。

「さあてと、これで準備はできた。さ、会長、なんでも欲しい人材を言ってくださいな。この県下随一、文武両道で知られた条坊高校の全生徒が対象となればよりどりみどり。これだけいりゃあ、どんな人材だって難なく調達できますよ?」

「うむ。ならば、先ずは裁縫に長けた者からだ。着ぐるみの外側(・・)を作るために絶対不可欠な存在だからな。一分の狂いもなくモコモコの生地を縫い上げ、あの…ハァ…なんともいえない萌えなカワイらしさを表現できる者でなくてはならない」

 平七郎の言葉に、茉莉栖は考える間もなくそう注文を出す。その途中、彼女は着ぐるみのモコモコ感を密かに思い出し、その冷淡に澄ました顔の頬を仄かなピンク色に染める。

「了解。それじゃ、検索してみよう……キーワードは、裁縫……手芸……ぬいぐるみ……と。こんなの入れてみればいいかな?」

 注文を受け、平七郎はどこか芝居がかった動作で空白になっているフリーワード欄にそんな文字を打ち込み、最後にトンとエンターボタンを押す。と、すぐさま画面が切り替わり、全校生徒の中から絞り込まれた、幾人かの人物の一覧表が映し出された。

「キター! ……ま、当然といえば当然の結果だけど、どうやら多くは手芸部の人間みたいだな。あとは家庭科の得意な者や趣味の範囲でやっている程度の者か」

 平七郎が眺めるその一覧表には、クラブ活動、各教科の成績、趣味などの各欄で、何か一つでもキーワードに引っかかる記載のあった者の名が並んでいる。白地に黒の字で書かれた表の中、その合致した記載の文字だけが目立つよう赤い色に変えられていた。

「ん? その中程に来てる者はなんだ? ほとんどの欄で合致しているぞ?」

 じっと一覧を見つめていた茉莉栖がふと口を開く。

 彼女の言う通り、表の真ん中ら辺にある者の記載欄は多くが赤字に染まっているのだ。

「ああ、確かにこちらの出した条件に合致する部分の多い人物らしいね……二年一組、尾藤瑠衣(びとうるい)か。手芸部所属。衣類、小物、ぬいぐるみ、なんでもござれで縫合の腕はピカ一とある……お! 全国手芸大会高校生の部で準優勝を獲得ってな経歴まであるな」

「なに!? ……ほう、それはなかなかの逸材だな」

 データを読み上げる平七郎の声に、まるで獲物を見つけた猛禽の如く茉莉栖はその切れ長の目をさらに細める。

「ただ、性格に難ありで、かなりの堅物ともある。ナンパするには向かない()みたいだね」

「なあに、腕のいい職人というものは得てしてそんなようなものだ。ますます気に入った」

 備考の欄を読み、軽い調子で問題を示唆する平七郎だったが、茉莉栖はまったく気にしていない様子で、むしろその問題点も歓迎するかのように不敵な笑みを浮かべた。

「じゃ、その子で着ぐるみ制作係は決まりだね!」

 茉莉栖の言葉を聞き、はしゃいだ声でひかりが言う。

「ああ。着ぐるみの外部装甲(・・・・)担当技官はその者でいいだろう。それには手芸部から引き抜かねばならないし、本人の説得も少々難しいかもしれんが……彼女のスカウト、任せたぞ」

「はいよ。ま、手強い獲物ほど釣り上げた時の感動は大きいってね……それについちゃあ任せておくれ」

 早速一人決まったとはいえ、かなりの困難が予想されるそのスカウト任務だったが、いつも通りのおどけた調子で、いたく自信ありげに平七郎は大口を叩いた。

「んで、お次はどんな人物がお望みかな?」

「うむ。次は着ぐるみの内部を作る技術者だな。つまり中に入る者がうまく着ぐるみとフィットし、思いのままにそれを動かすことができるよう、内部構造を設計・製造できる人間だ。二次元の絵ならばデザインだけでそのゆるキャラのイメージをある程度こちらの自由にすることもできるが、一度(ひとたび)、三次元の着ぐるみになってしまうと、そのイメージは着ぐるみの動き一つで大きく左右される。これは極めて重要な要素だ」

 引き続き二人目の要望を尋ねる平七郎に、茉莉栖はまたもすぐさま答える。

「だが、この要求に応えるのは大変だぞ? そのためには人間工学、ロボット工学などに通じた者でなくてはならない。そんな人間が果たして本校生の中にいるかどうか……」

「なるほどね。そりゃあ確かに贅沢な条件だ。んま、とりあえずは訊いてみますかね。ええと、キーワードはロボット……機械……ついでに期待薄だが人間工学ってとこかな?」

 自分で要求しつつも、その厳しい条件をクリアする人材の有無に悲観的な茉莉栖だったが、一応、平七郎は思い付くキーワードを入力し、再びエンターを指先で叩いてみる。

「そんでも、なんかどうか引っかかる人間はいるみたいだね」

 今度も間を置かずして、瞬時に何か一つでも検索条件に引っかかる生徒の一覧が画面に表示される。

「ああ、そういえばロボコン部ってのがあったな……あとは技術家庭科の成績が良かったり、機械ヲタだったりする程度か」

 先刻同様、画面の一覧には引っかかった単語を赤字に変えて、その生徒達のデータが並んでいる。その多くはクラブ活動の欄で引っかかった「ロボコン部」の部員で、他は成績の欄や趣味の欄でヒットした僅かな者達である。やはり所属している部や同好会というものが、こうした者の特技や性格を如実に反映しているらしい。

 ただ、今回は先程と違って、いくつもの欄が真っ赤になっているような目立った者はなく、ほとんどが一つか二つ、多くても三つくらい赤字になっているだけである。

「どれも似たか通ったかだな……やはりロボコン部の中から一番役に立ちそうなのを選ぶしかないか……」

 険しい表情で画面を覗き込みながら、当てが外れた感のある声で茉莉栖が言った。

 ロボコン――即ちロボット・コンクール……それは自身で制作したロボットの性能を各種の対戦型競技を通して競い合うイベント、特に大学や高等専門学校(高専)、高校に在籍する学生達を対象にしたもののことである。

 近年、知名度を上げてきたこのロボコンであるが、多くの場合、クラブ活動として、この年に一度の大会に臨むものであり、ここ条坊高校にもそのための部が存在しているのだ。

「まあ、こうみんな横並びじゃあ、そうするしかないね…」

 茉莉栖の妥当な意見に、平七郎も他人事のようにそう答えた……と、その時。

「お! ちょっとこいつを見てみろ?」

 一覧を睨んでいた茉莉栖が不意に声を上げ、ある人物の備考欄を指さして見るよう告げる。それはロボコン部に所属する二年三組の西村真太(にしむらまた)という男子生徒のものだった。

「ん? えーなになに…二年生にして機械についての知識、技術は極めて優秀な天才肌だが、その発想の独自性ゆえに部内では意見の通らないことも多く、日々不満を募らせている。その独自性とはロボコンに出場させるロボットに関し、より人間に近い構造の本体部を別に作成した外骨格ですっぽり包むという構想らしい(詳細不明)…て、これって!?」

 何気に備考を読み上げた平七郎だったが、彼もその内容に思わず叫んでしまう。

「ああ。これは着ぐるみにも転用できるかもしれん。おまけに機械弄りにもかなり精通しているようではあるしな……よし。着ぐるみ内部構造担当技官はこいつで決まりだ」

「ラジャー。男をナンパするのはなんだか気が進まないが、んじゃ、この西村というのにも声かけてみることにするよ」

 〝西村真太〟の覧を眺めて頷く茉莉栖に、やはりふざけた調子で平七郎はそう答えた。

「これで二人目も決まったね! 三人目はどんな人にするの?」

 こうした機械関連の話は不得手なのか? 黙って二人の話を聞いていたひかりが次なる話題を促すように再び口を開く。

「三人目か……最低限に必要な人員としては次で一応、事足りることになるが、三人目は着ぐるみを運用するための生体ユニットだ」

「せいたいゆにっと?」

 茉莉栖の発したその聞き慣れぬ専門用語に、ひかりが小首を傾げて聞き返す。

「つまりは着ぐるみの中に入る人間だな。これもまた、ゆるキャラの動きを決定づけ、そのイメージに直結する大切な役柄だ。誰にでも任せられるものではない。特に昨今のアクティブに動くようになってきたゆるキャラ界の流行からすれば、その重要性はなおさらだ」

「となると、体力に自信のある奴じゃないとダメだね。俊敏性、持久力、加えて演技力なんかもなくちゃならない。それから着ぐるみのサイズにもよるが、極端にデカかったり、太ってたりするのも不向きだ。いや、活動時間が長くなれば、中がかなりの高温になるから、暑さに強い痩せ型の方がいいのかもしれないな……」

 茉莉栖の言葉を受け、平七郎がその役割に必要な要件を次々に挙げていく。

「そうだな……では、身長は一五〇~一六五センチ以内、体重は五〇キロ未満、何がしかの運動部に所属していて実績があり、なおかつ痩せ型で、暑さに強いというか、むしろ寒がり……っていう条件で探してみてもらおうか」

「イエッサー。えーと、じゃあ検索方法を全条件完全一致にして、身長は……で、体重は……それから運動部系で痩せ型……と、これでどうだ!」

 続けて茉莉栖が口にしたキーワードを平七郎は長々と検索フォームに打ち込み、最後に無駄な勢いをつけてエンターをえいやっ! と指先で弾く。

「完全一致だから、さすがに絞り込まれたな……」

 茉莉栖の言う通り、今度一覧に映し出された生徒の数はたった二人だけであった。

「これなら選ぶのも楽ちんだね」

 二行だけの一覧表を見つめ、ひかりが無邪気な笑顔で言う。

「ああ。そうだな。しかし、こんな細かい情報まですべて調べ上げているとは……ストーカーも真っ青なド変態だな。その変態っぷりには呆れを通り越して薄ら寒さすら感じるぞ? 最早、生きているだけでも罪だ」

 ひかりに頷いた茉莉栖ではあるが、直後、その端正な造りの顔をしかめて、このデータベースを作るにあたっての最大の功労者であるド変態……コホン、失礼。その平七郎の知人らしき人物のことを改めて容赦なく非難した。

「残念ながら、俺もそう思う……」

 その意見には直接の知り合いである平七郎も迷うことなく賛同する。

「んでも、その変態さんのおかげでこうして欲しい人材が見つかったわけだし、やっぱり変態さんに感謝しなきゃ!」

 ただ独りひかりだけは、何が気に入ったのか? そのド変態への擁護と感謝の言葉を今回も口にしている。ま、実際に会うこともないので大丈夫だろうが、ロリカワな彼女がそんな変態に優しい態度を見せるのはあまりにも危険だ……。

「で、茉莉栖ちゃん。この二人の内のどっちにするの?」

「ん? そうだな……まあ、絞られたのが二人だけというのならば、両方とも採用してもいいだろう。何かあった場合の予備(スペア)を用意しておいた方がいいだろうしな」

 ひかりの質問に茉莉栖は表情を元に戻すと、少し考えてからそう答えた。

「ということは、これで俺達も合わせて七人か……部に昇格する条件である部員五人以上は余裕でクリアだ」

 スカウト予定の人間を指折り数えて、平七郎がうれしそうに呟く。

「やったーっ! ついにこのゆるキャラ同好会もゆるキャラ部にクラスチェンジだね! カッコィィ~っ♪」

「ああ、そうだな。ようやく我らの念願が叶う……この二人も確実に入部させなくてはな。頼むぞ、東郷君」

 諸手を上げて喜ぶひかりを見つめながら、茉莉栖もその顔に小悪魔的な笑みを浮かべると、平七郎の無駄に備わったチャラ男的才能に期待をかける。

「任せときなって。このデータによると二人ともなかなかの美少女らしいからね。自然とこっちのモチベーションも上がるってもんさ」

 相変わらずの調子のよい声で答える平七郎に、茉莉栖はまだ見ぬ新入(予定)部員達のことを思い浮かべながら、その画面に映る二人の生徒の名を感慨深げに読み上げた。

「二年二組、水泳部の荒波舞(あらなみまい)と、同じく二組、陸上部の安室鈴(やすむろすず)か……」


つづく…平七郎「はじまったな」 茉莉栖「ああ…」。

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