エピローグ
「城ノ内。今日はどうしたんだ」
in部室。
私は、上機嫌で教卓のイスのところに座っていた。今部室にいるのは、例のごとく、わたし、高本、ぷりんの三人。一年生は来ていない。でもまあ、人間だもん。遅刻することくらいあるよね~。
「で、高本。どうしたって、何が? わたしはいたって普通よ」
「や、高橋だけど……。なんかいつもよりにこやかじゃない? あ、ごめん。ぶたないで」
「ぶたないわよ。高井ったら、変なこと言うわね~。うふふふ」
「高橋だって。……って、やっぱりおかしい」
変な奴だ。わたしはいたって通常なのに。
昨日の午前一時。わたしの作品は、やっとのことで完成した。これもみんなの励ましメールのお陰。
わたしもそろそろ、部員たちに対してポンポンとものを言う癖、直さないといけないな。わたしが思っている以上に、みんなはしっかりしている。これからは皆からも、たくさんのことを教えてもらおう。部長だからって変な気を張るのは、もうやめだ。
「ごきげんよう~」
「は~い。いらっしゃ~い」
入ってきた九条に対して、にこやかにあいさつをする。すると九条は、
「……部長。変なものでも食べたの?」
と、顔をひきつらせて言った。
「何いってんの~? 今日は吉高も九条も、変だよ~」
「よ、吉高ァ? 俺の事? 高橋だし。間違えるなら、せめて『高』から始まる苗字にしてくれ! 一瞬、
自分の事かどうかも分からなかったよ」
高橋が悲痛な声で叫ぶ。
そうか、高橋だった。人の名前を間違えるのは失礼だな。わたしったら、今まで高橋を、どれだけ傷つけてきただろう。
「ごめん、高橋。わたし、なんて言ったらいいか……」
「いや、そんなに謝らなくても……。いいよ。城ノ内」
「ありがとっ」
わたしは満面の笑みで返す。高橋は「あっ、うんうん」とよくわからない返事をした。
廊下を、タッタッタとリズムの良い足音が聞こえてくる。
「バーン」
わたしは手を振りながら、言う。
「やっほー、松風」
松風は、なぜか一瞬だけ動きを止めてから、「やあ、ぶちょー。今日はファンキーだねっ」とのりのりで応えた。
「順応能力たけーな」
高橋があきれたように言った。たぶん松風に対して? だ。まあ、それはいい。
「今日は、先週も言った通り、作品の提出日です!」
ん? なんだかこの部屋の空気が、一グラムほど重くいなった気がしたぞ。……気のせいだよね。
「皆ごめんね。わたしの変な注文で、皆困ったよね。でも、皆、わたしのこと気遣ってくれて、とっても嬉しかった。もう、無茶言うのはこれで最後にするよ。皆、ありがとう。わたし、皆のお陰で昨日、やっと作品が完成したんだ。笑っちゃうでしょ? 言いだしっぺなのに前日まで書けてないなんて。でも、これが書けたのは皆のお陰だよ。わたし、仲間の大切さっていうか、それを実感したっていうか――」
「あの……。盛り上がってるところ悪いんだけど」
高橋が申し訳なさそうに口をはさんだ。
「何?」
「書けてないんだ」
「へ?」
「俺、作品書けてないんだ」
「……。人は失敗を通して成長するんだよ。だから、高橋。急がなくていいから最後まで書いてね。途中で投げ出すのが、一番ダメなの」
「お、おう」
高橋は安心したように、ほっと息を吐いた。
「はーい、はーい。あたしも書けてなーい」
この機会に言ってしまえとばかりに、松風が手を挙げた。
「……………………。松風も高橋と一緒だよ。最後まで書いてね」
「おっけー、おっけー。って、まだ一行も書けてないんだけどねっ」
いつの間にか、わたしの顔は真顔になっていた。いけない。笑顔、笑顔。
わたしは無理やり笑顔を作ると、九条に話を振った。
「九条は、書けたんだよねっ」
「もちろん。私が、部長を悲しませるようなこと、するわけないでしょ」
わたしの気持は、にわかに元気を取り戻した。よかった。全員書けてないわけじゃない。
「はい、どーぞ」
九条が原稿を差し出す。わたしはそれを受け取って、目を通した――
「――なに、これ」
「部長観察日記☆」
わたしの手はわなわなと震え始める。それを見た高橋が息を飲むのがわかった。
わたしはその原稿を、バンっと九条が座っている机に叩きつけた。そしてその体勢のまま、ぷりんの方に顔を向けた。
お願いぷりん。あんただけが頼りなの。
そうテレパシーで伝えようとするわたしの顔は、今までで一番不気味な笑顔だっただろう。
ぷりんはごそごそと自分のカバンから、原稿を取り出した。わたしにはその紙の束が、輝いているように見える。
ぷりんが自分の原稿に目を落とした。しばらくじーっと眺めている。何してるの? 早く提出して! ……なんだか嫌な予感がする。
びりびりびり!
ぷりんは、わたしの目の前で原稿を二つに引き裂いた。ど、どうして――
「どうしてっ」
思ったことが、そのまま口から出た。
「あんまりだったから……」
ぷりんが言う。何の事だかさっぱりだった。わたしはぷりんが破り捨てた原稿を必死に拾い集めて目を通す。どれどれ……
読み終わっても無言のわたしを不審に思ったのか、高橋、九条、松風がわたしの手元の原稿を覗き込む。
松風が言った。
「なんか、これ読んだ人はみんな、無条件に謝りたくなるような作品だねっ」
その言葉を皮切りに、他の二人もしゃべり出す。
「やめだ! やめだよ! 精神的に参ってきた」
「精神的ダメージの観点から言うと、ホラー小説といい勝負ね……」
いまだに無言のわたしを見て、ぷりんは溜め息をつき、言う。
「だから言ったのに……」
ぷりんのその言葉に、わたしは膝から崩れ落ちる。
結局、誰も書けてないの?
「やー、城ノ内。今回は、一週間しかなかったしさ。城ノ内が書けてるのが、すごいんだよ! なっ、みんな」
高橋がとりなすように言う。
「そうそう。一週間で書き上げるなんて、部長天才なんじゃないの~」と九条。
「うん、すごいと思う」とぷりん。
「皆……」
わたしが、気を取り直して立ち上がろうとした時、
「でも、書きあがったの、昨日なんでしょ? ばくしょー」
松風が心底おかしそうに言った。隣で高橋が「ちょい、松風。おい。おい。松風。やめろ」あわてて止めている。
わたしは静かに立ち上がった。そして、スカートについたほこりを無言で払う。そして皆の方に顔を向けて、にっこりと笑った。
「締め切りは、今日だったよね」
高橋は気まずそうに「だから、みんな書けてなくて……」。わたしは「だから~」と甘ったるい声で言う。
「締め切りは、今日だったよね」
もう一度同じことを言うと、高橋は何かを悟ったように机に座り、原稿を書き始めた。他の部員もそれに倣う。
「だって、締め切りは『今日』だもんねっ」