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私立岬野原高等学校文芸部  作者: 文芸部
4/6

高橋翔太の場合

「あ。しまった」

俺、高橋翔太は気づいてしまった。

いつも通りの時間に。いつもと同じように徒歩で学校に来て。いつもと同じ教室のいつもと同じ席にすわり……というのはまあ当然か。そんなに毎日のように席替えをするでもないし。そして、いつも通りクラスメイトに「おはよう高橋。お前は相変わらずふつうだな」と言われ、授業がいつも通り行われ、いつも通りに四時限目の終了を知らせるチャイムが鳴り、クラスメイト達が昼食を取るため食堂や別のクラスに移動を開始して、気付いた。

 今日は金曜日だ。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい! やばいぞ! 

なんで今になって思い出した俺! 

もっと早く思い出せよ俺!

 あのわれらが文芸部の女王様(部長)である城ノ内眞奈美から無謀な命令が下されたのが月曜日。女王様がご所望の『売れる作品』をあと三日で書かなければならないだと?

 無理無理。無理だろ。何を書けばいいんだ? たとえ今すぐにテーマが思いついたとしてもキャラクター設定は? プロットは? そこから本文を書いていろいろ修正とか入れてたら完全に間に合わないって! 

 そもそも、俺みたいな勉強も普通、運動も普通、音楽も美術も普通、顔も普通。ただ前髪がちょっと…

…いや、かなり長いだけ。

の、俺にそんな売れる作品なんてものができるわけないだろ!

「今更どうしろっていうんだよ!」

 つい自分にしては大きな声で言ってしまったので、隣の席の女子がビクッと肩を震わせた。他にも、周りにいたクラスメイト達の視線が……。でも今はそんなこと気にしてなんていられない。

 どうするかなぁ。何も思いつかない。こんなこと、ほかのやつに相談してもって感じだしなぁ。

 イライラしてしまい、頭をぼりぼりと掻く。

 他のやつはどうなってるんだろう。城ノ内なんかはもう終わってるんだろうなぁ。

「…………………………………………気になる」

 気になる。きになる。キニナル!

 あ。そうだ。

「気になるなら聞けばいいだろ!」

 また大声で言ってしまった。誰でもすぐに思いつくようなごく普通のことを。

さっきまで一人だった隣の席の女子は友達と喋っていたらしく迷惑そうに、というか迷惑だったんだろう。睨んできた。他のクラスメイト達は俺のことなんか気にせず昼食を取っている。

「さ、さーて。ちょっと散歩に行こうかな……」

 今は昼休みなので、一口もまだ食べていないコンビニおにぎりが三つ入ったビニール袋を持ち、そろーりと逃げるようにして教室から素早く出る。


 さーてと。誰のところから行こうか。

 大体の生徒はすでに教室か食堂に行っている時間なので、廊下にはだれもいない。

 放送部が最近人気の音楽を流している。なんていう歌手だっけ。今日の朝もコマーシャルみたんだけどなぁ。

 さっきのことでちょっと自教室には入りにくいので、とりあえず二つとなりのクラスの城ノ内のところに行くか。

 まだ一文字も書いていないなんて言えば城ノ内は怒るだろうな。もしかしたら怒るなんてものをこえるかもしれない。どういう風に聞こうか……? と、考えているうちに教室についてしまった。

 そろっと教室をのぞいてみる。教室の中には普段の半数ほどしか生徒がいなかったのですぐに見つかった。石井と一緒に昼食をとっている。

 そんなことは気にせず、教室に入り城ノ内に声をかける。

「お、おはよう。部長」

緊張から少し声が上ずってしまう。

「この時間ならこんにちはの方が適切だと思うけど。

おはよう……高田。なにか用?

 というか、部長って呼ばないで。九条を思い出すから」

「今さらりと間違えたのはまあいいとして。書けたか?」

「な、なにが?」

お、今なんか明らかに動揺したな。

「何がって、そっちが月曜に言ってた面白い小説だよ」

「そ、そのことね。まぁ……まあまあね。月曜までに完成するようにはちゃんと考えて書いてるわ。そう

いう高本は?」

いまもさらりと間違えたな。しかもさっきとは違う。

「お、おぉぉ、俺か? 俺もまあまあってとこだな。城ノ内と同じだ」

「ふーん……」

明らかに疑っているという目で俺を見上げてくる城ノ内。なかなか鋭い。

「それで、話しはそれだけならば、こちらはまだお弁当を食べている途中なのだけど」

「そ、そうだな。悪かった。昼食の邪魔して。それじゃあ」

自教室から出る時よりも素早く、この場から立ち去る。

 自分の教室以外の教室に入るって緊張するよな。やっぱり。


「……」

次はだれに聞こうかと思っていたら、城ノ内のクラスを出てすぐに次のターゲットと成りうる人物を見つけてしまった。しかもある意味一番聞きたくないやつ。そいつは柱の陰。しかも城ノ内の姿がばっちり見える場所にいた。

「なにしてる。九条」

 自分よりも五センチほど背の高い後輩の肩をうしろから軽くたたいた。

「あら翔ちゃん先輩。どうしたの?」

 そうは言っているものの、その右手にはペン。左手にはメモ帳が握られており、休むことなく何か……まあ、こいつのことだから何か予想はつくが、必死に記している。そして、その目はまっすぐ城ノ内を見つめている。

「いやいや。俺がさっきお前が今何をしているのか聞いたところなんだが」

「見てわかるでしょ」

「わかりたくないな」

「今日も部長のかわいい姿を見守っているのよ。あっ、ほら。今だってあんな風にお弁当の卵焼きをほおばっちゃって!」

「おーそうかそうか」

 なぜこんなイケメンで勉強出来て運動もできるハイスペック人間がオネェになってしまったのか知りたい。残念過ぎるだろうこれ!

「お前はそうやって城ノ内を観察してどうするつもりだ」

 だいたいの予想はすでについているが、とりあえず。とりあえず確認ということで。まさかということがないかもしれないからな。

「どうするって……そんなの部長の観察日記よ。これ以上に面白い作品が書ける素材があるわけないでしょ!」

 そう叫ぶので、すでに昼食を済ませ、廊下を歩いていた生徒たちの視線が集まる。

 ……ついでに城ノ内の視線も。鬼の形相で睨んでくる。これは完全にあれだ。怒鳴りながらドシドシこっちに歩いてきて、すっごく怒られていろいろ大変なことになるというあれだ。あいつの怖さは俺が一番知っている。ということで逃げる! 自教室の同じ文芸部員のもとへ。

あいつはいつも何考えてんのかわからないから、どんな作品を書くかなんて余計にわからないな。

ぷりりん……斉東はなんたって身長二メートルの巨大女だから、いやでもすぐにみつかる。

いやー。よくあそこまで成長したもんだ。席があいつの後ろのやつは黒板見えんだろ。俺は後ろになっ

たことないからわからんがな。

教室に入り、すぐに見つかったぷりりんのもとへ。

「なぁぷりりん。文芸部の作品ってお前はどんなのにするんだ?」

ただそれだけ、そう聞いただけなのにぷりりんは俺を睨んできた。なんでだよ。そんなプライバシーの侵害とかになるようなことじゃないだろ。

「高橋。あたしはぷりりんじゃない。斉東芣霖」

 あ。名前間違えられなかった。城ノ内があまりにもひどすぎたので、こんなごく普通のことなのにちょっとうれしい。

「まぁまぁ。それはちょっと横に置いといて。作品はどんなのにするんだよ?」

「……あんたに言う必要がない」

 バッサリ。バッサリと切られたよ。言葉のキャッチボールが続かないよ。ぷりりんが明後日の方向に意図的に投げちゃったよ。

「あ、あのさぁ――」

 と、再び俺がぷりりんに声をかけようとしたところで五限目の開始を知らせるチャイムが鳴ってしまった。

 俺は昼食を食べ損ねてしまった。

 あ……松風のこと忘れてた。まあ、いいや。


***


はい。はっはい。

何も考えないまま土曜日になってしまった。いやいや。なにも考えてなかったわけじゃない。ちゃんと面白い作品を書こうと頑張って考えていた。嘘だけど。昨日の晩は普通にテレビ見てたけど。

「あー。やばい。マジでやばい。月曜日、本当に城ノ内に殺される」

机に向かって真剣に考えているものの、何も思いつかない。

原稿用紙には文字は一文字も書かれておらず、自分でもいったい何を描いたのかわからないようなヘタクソな落書きだけ。

一時間、二時間と考えても何も出てこない。

このままだと夜になるぞ……

 

***


「って思ってたらやっぱり夜になった!」

 自室で叫ぶ。キッチンから夕飯の支度をしている母さんからうるさい! と注意を受けた。

 えー。夜になったけど何も思いつかないってー。もとから夜になっても思いつくとは思ってなかったけど。

「……」

 今日一回もケータイ見てないけど、だれからも何も来てないよな。一回も鳴ってないし。どうせ俺みたいな人間にメールを送ってくる奴なんていないな。

「……」

 いやいやー。今は作品に集中しないとね。うんうん。

「……」 

 とはいえ気になる。ケータイが気になるのは中高生によくあるごく普通のことだよな。

 よし。おれは普通の高校生なんだから、それくらいいいよな!

「いざ」

 いつもの癖でブレザーのポケットにしまっていたケータイを取り出す。こんな時間に鳴っても一度もケータイなんていつぶりだろう。

 いまだにガラケーという高校生にしては時代遅れなケータイを開く。

「……って電池切れか!」

 とりあえずベッドに投げた。そして拾う。

 コンセントが差しっぱなしになっているプラグにケータイを差し、充電開始。すぐに電源を入れる。バッテリーが切れても充電を開始したらすぐに電源を入れられるのがガラケーのいいとこだよな。スマホだとすぐには電源入れれないし。

「あ。メール来てたんだ」

 机からコンセントまで距離があるので、俺はコンセントの前にしゃがんだ。

 九条からだ。

『件名:部長がピンチ(>_<)

 本文:みんな!

    部長がなんか作品まだ書けてないみたいなの~

    自分から面白い作品を書けってみんなに言っちゃったから、どうしても書かなきゃって悩んじゃってるみたい(+o+)

    提案なんだけど、みんなで私たちのアイドル部長にメールを送って励まさない?

薫より☆』

 城ノ内のやつ。昨日の昼に聞きに行ったときに返事がなんかあやしいとは思ったんだよ。

 よし。いくらいつも名前を間違えるとはいえ、文芸部の部長。 

 作品を一文字スラ書いていない俺が城ノ内に言えることは少ない……が、とりあえず九条もこう言ってるし、メールは送っておこう。

 一字一句間違えないように。おかしなところがないように。喧嘩を売らないように。メールを打つ。

「送信!」

 ちょっとだけメールが早く届くような気がしてケータイを窓の外に向ける。

 さてと。続きでもしようか。とケータイをベッドの上に置こうとしたらピロリンッとケータイがメールの受信を知らせた。

 誰かと思えば城ノ内からだ。返信速くないかこれ。

『件名:no title

 本文:ありがとうね、でもうるさい』

 うわ……普段からあいつの俺に対する態度がかなり冷たいとは思っていたが、これはひどい。絶対九条のやつがなんかしただろ。城ノ内をこんな風にするのは九条しかいない。

 よくわからないがなんだか悲しくなって俺は再びベッドにケータイを投げつけた。

「よし。俺もちょっとは頑張って作品を書くか」

 俺はイスに座って机に向かい、愛用しているシャーペンを手に取った。


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