九条薫の場合
○月□日 水曜日。天気は晴れ。
部長からの無茶ぶりを言われた私は、とりあえずネタ探しのために部長を観察することにした。そのことを昼休みに長閑ちゃんに言いにいくと『薫ちゃんってばマジ薫ちゃん』と意味不明なことを言われ、笑われた。
暫く二人で噂話やら部長の可愛さについてなんかを話していると、ふと、長閑ちゃんが机に突っ伏しながらも顔だけを上げ、こちらを見つめていた。
「どうしたの?」
「気になったんだけどさー なんで薫ちゃんはそんな口調なのー?」
「さあ? 気がついたらこうだったのよ。もしかしたら姉達の影響かもしれないわね」
「へー 家でもそうなのー?」
「家ではこの口調は控えてるのよ。父親が聞いたら卒倒するから」
「それはちょっと見てみたいかもー」
おもしろそーと長閑ちゃんはケラケラ笑うが、うちでは父が出張先から帰ってくる度に倒れるため、最初は面白がっていた母も姉も、今ではめんどくさがっている。
「あ、そうだ!」
さっきまで怠そうだったのが嘘のようにばっと体を起こし、にやりと口角を上げた。何か面白いことを思いついた時の顔だ。
「ギャップ萌えとかどう?」
「ぎゃっぷ……萌え……?」
いきなり言い出した言葉がよくわからなくて首を傾げた私に、長閑ちゃんはそうだよ! 楽しげにと答えた。
「いつも女口調の薫ちゃんが、男口調になったら、きっとぶちょーもイチコロだよー!」
「そういうものなのかしら?」
「うんうん、間違いないよー。どっかのテレビか雑誌で見たことあるからー」
「うーん。それじゃあ、今度試してみようかしら」
部長観察日記の端っこに『ギャップ萌え』と小さく書き加えた。
○月△日 木曜日。天気は曇り。
部長を観察していて気がついたのは、最近やたらとため息を吐くことが多いのだ。部長の友達である石井先輩によく愚痴っている姿もよく見かける。
何か悩み事でもあるのかしら?
きっと部長のことだ。月曜日の出来事についてだろう。面白い小説を書けって言った手前、自分が書けなくて悩んでいたりするのかもしれない。
部長は強がりだから、今更あの発言を撤回することは出来ないだろうし、かと言って〆切に間に合わなければ、皆に失望されると思い込んでいるだろう。
皆が本当の部長を知っていることを部長だけは知らないのだ。
「そういうところも部長らしくて、私は好きなんだけどね」
観察日記に桜色のペンで『部長は可愛い』と書いておく。
○月■日 金曜日。天気は曇り後晴れ。
二年の教室の前でコソコソと部長を見ていると、途中で翔ちゃん先輩に会った。
若干引かれた気がするが、別に私はストーカーではない。
小説のためなのだ。言い訳とかじゃないのよ?
それと今日は部長ではなく、部長の友達である石井先輩に用があるのだ。
放課後、石井先輩が一人のタイミングを狙って話しかけた。
「あっ、あんた確か……」
「どうも文芸部の九条です」
「どうしよ、眞奈美帰っちゃったよ?」
「いいんですよ。石井先輩に聞きたかったんで~」
「ん? なあに?」
「部長どんな感じでしたか?」
「眞奈美?」
「はい~。締め切りの事、何か言ってませんでした?」
「ああ、ハイハイ。何か、またアイツ暴走したらしいじゃん」
「おっしゃる通りです」
「今週中ずっと、書けない~書けない~。って、言ってたよ。しょうがないよね、アイツも」
「部長のそんなところも、魅力的なんですけどね~」
「へえ、君ってそうなんだ。何ならメールとかで励ましてあげれば? ポイントアップ! なんつって」
「じゃあ、そうします~」
どうやら、私の思った通りだったようだ。本当に部長は不器用らしい。
もっと私たちを頼ってくれたらいいのに。
この前買い替えたばかりの真新しいスマホを取り出し、文芸部の皆へ、部長を励ましてほしいと書いた旨のメールを作成する。
「送信……っと!」
皆に送ってから、自分も部長に向けたメッセージを打ち込んでいく。
少しでも、部長の励みになるように。
私に出来ることはそれくらいだ。
「さて、と。私も小説を書かないとね」
何を書くかは大体決まっている。
少し恐くて、空回りする事が多いけれど、でも本当は強がっているだけの不器用でか弱い女の子が主人公。
そしてそんな彼女に恋をする、一人の少年の話だ。