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彼女の持つ絶対性

 俺は隣にハイエルフを乗せて楽しい楽しいドライブに出ていた。

 目指す場所は富士山の麓。今は首都高から中央道を目指してまったり運転中である。


「これが車という乗り物なのですね。こんなに速く、静かに地上を走れる乗り物があるなんて、やはりガイアの科学技術というのはすごい……。あ!ノゾム!あの高くを飛ぶ鳥はなんという種類ですか?!」


 とても礼儀正しくまさしくお姫様!という態度も大分砕け始めた今日この頃のハイエルフ様。

 俺としてはもっと砕けていただけると嬉しゅうございます。

 ともあれ、少しだけスピードを落としてアリアの指差した方角を見る。


「あー遠くてわかんねぇ。多分鷹じゃね?」


「へぇ、あれがイーグル種の原種なのですね……随分と小さいですが、そう言われれば確かにフォルムがイーグル種っぽいです」


「原種ってなんだ?」


「えっと、ガイアとユグドラシアでは、魔力の有無により動植物の進化が全く違うそうなのです。

 ユグドラシアの動植物は魔力があるお陰で環境に適応しやすいとされています。ですので魔力の濃い場所、魔力の強い個体は100年程で性質が全く異なるの動植物へと進化したりするのです。

 そういった訳で、ユグドラシアでは数万年前と同じ姿を残す動植物はほとんど存在していないのですよ」


「へぇ、地球とは進化の規模が全然違うんだなぁ。

 人類もそうだったりするのかい?」


「いえ、人類種は完成された者として管理者に創造されましたので、数万年前と同じ姿ですよ。ですがそれにも少しばかり問題がありまして、完成されているが故に適応力が偏っているのです。

 管理者が種族を管理しやすいようにと、種族毎に好む土地をはっきりと別れさせたのです。

 エルフならば森に非常に高い適応を示しますが、逆に緑の少ない場所ではパフォーマンスを発揮できません。具体的な例を出しますと、植物の毒には強いですが、鉱物の毒には弱い。エルフの固有魔法は植物を操るものが多いので、砂漠などに行くと全種族が使える属性魔法で何とかするしかありません。

 ですので、適応能力という意味でなら動植物に劣るとはっきり言えます」


「それは何とも極端な」


 地球では肌の色や考えの違い程度で殺し合いが頻発するのだ。

 明確な違いを持つ多種族となると、そりゃもう犬猿の仲と言わんばかりに相容れないのだろうなぁ。


「だから全種族は固有の土地をものすごく大事にするのです。それ自体はとても良い事なのですが、人数の増加で土地が限られてきた際には酷い領土戦争が起きました……今回赴く富士山も過去の諍いを彷彿とさせる事案でして……。

 と、申し訳ありません、話題が暗い方向へずれてしまいましたね。

 原種の話に戻しますが、ユグドラシアでイーグル種は多種多様な進化を見せています。あの原種の2倍程の大きさで、上昇速度すら音速を超えるソニックイーグル。人類種の十倍の巨体を誇り、常に炎を纏うホルスも元はイーグル種と言われていますね」


「へぇ、まさしくファンタジーって感じだ」


 ファンタジーというよりも神話の域に若干入っているような……。まあ気にしたら負けか。


「イーグル種はどれも格好が良いととても人気の動物なのですが、納得です。原種で既にあれだけ格好良く完成しているのですから」


 良い物が見れましたと笑顔を見せる彼女に見惚れかけた俺だが、車の運転中ということを忘れてはいけない。力の抜けかけた両手に改めて力を込め、気持ちを落ち着けるために話題を振る。


「しかし、このガイアにも魔力が流入してるんだろ?だったらあいつらももう見られなくなるのか?」


「放置していれば、ユグドラシアと同じ道を辿ると思います。ですけど、何とか出来ないかと私達も考えていまして、様々な研究や保護政策が進められているんです」


「ほぅ、それはなんとも嬉しい気遣い。せめて俺が死ぬまで、原風景が壊れないでいてくれると嬉しいね」


「可能な限りの努力をします」


 その真摯な声と瞳と表情に、また見惚れてしまいそうになる俺だった。



 ---


 なんでもないような事を話しつつ、彼女の完璧具合に見とれつつ、二人のドライブは富士山の麓に着くまで和やかに続いた。とても有意義な時間だったと認めざるを得ない。


 しかし楽しい行楽はここで終わり、ここからは他種族間の折衝という難しい役目が待ち受けている。

 生態、能力、見た目、考え方、生き方といった根本から異なる者達の説得となれば、恐らく地球上のどんな二者間交渉をも凌駕する困難さになるに違いない。肌の色や宗教観で容易く殺し合いに発展する我らの歴史を鑑みても、この折衝がどれほどの難事か見て取れるというモノだ。


 まあ最強のお姫様の前で早々荒事には発展しないとは思うし、荒事に発展したとしても姫様が俺の身は守ってくれるだろう。

 いや、情けないというのは分かってるけどさ、俺一般人よ?向こうは魔法も剣も弓も使えるワンマンアーミーよ?最後の人類として自分の身を一番に考えるのは当然でしょう?万が一は移行するとはいえ、痛いのはやっぱり嫌です。


 そんな情けない自己擁護をしつつ、車から降りて富士の樹海入り口へと。

 すると森からぞろぞろとエルフ達がやってきた。

 長耳、スレンダー、細マッチョ、美形というこれまたテンプレートなエルフさん達である。

 うーん、しかし初めに姫様を見ちゃうと興奮が薄れちゃうよね。


 と、そんな浮かれた観察をしている場合ではない。

 俺は毅然とした態度で彼らと向き合っている姫様の隣につき、真剣な表情を作る。

 少しして年嵩のエルフが前に出てきた。

 他の者よりも威厳に満ちている様子からして彼らの長だろう。


「ハイエルフ様、此度はご足労有難うございます。して、そちらの者は?」


「こちらはノゾム、前人類の代表者です。前人類と現人類の理解を深める為、此度の契約の立会人として同行して頂きました」


「そうで御座いましたか。ノゾム様も此度はご足労有難うございます。ハイエルフ様が望み、また全人類の良好な関係の為とあらば、恥を忍んで見届けて頂きたく存じます」


「急な話で申し訳ありません。今回は立会人としてというよりも、見学者に近いものとして来ましたので、決して邪魔は致しません。何卒宜しくお願い致します」


 そうして互いに頭を下げ合い、俺はどうにかこうにかお姫様に着いて行く事が叶うのだった。




 富士の樹海と富士山の境界線には既に会談の場がセッティングされていた。

 円形の卓を挟んで山側にドワーフが四人、森側に三人が待機していた。空気は険悪の一言で、互いに視線を逸らすこと無く睨め付けあい、切っ掛けがあればすぐにでも殺し合いが始まりそうな雰囲気だった。

 俺達を案内してくれたエルフの長老はそのままエルフの三人と合流し、彼らを宥めていた。


「皆の者、お待たせしました」

「ハイエルフ様、今回はわざわざすまねぇ。ハイエルフ様が間に入ってくれなきゃ解決せん問題を早々に起こしちまって」

「良いのです、我らが存在はユグドラシアの住民の為にあるのですから。では早速話し合いを行いましょう」


 まず状況の説明がされる。

 森と山の正式な境界線の制定、森と山への進入箇所の整理等、土地に関するもの。

 騒音、光害、異臭等、実害に関するもの。

 マナという魔法元素が意図的に歪ませている等、魔法に関するもの。

 あれやこれやと問題点が積み上がり、正直最初の方の問題を忘れてしまうレベルだった。

 卓上に置かれた特殊用紙に、両者の速記者が問題を同じく書き上げていってるのだが、俺には読めないので、結局最初の方に出された問題点については忘却の彼方である。

 特殊な用紙について一応説明を入れておくと、書き込み専用用紙という名で、魔力を込めて書き込まれた文字は決して消えないという魔法がかけられた用紙だ。


 話し合いはまだまだ続く。

 人々の精神状況、土地や動物の保護方法、交易や交易路の確保等など、問題点だけじゃなくて今後の課題まで議論の対象とし始めたので、俺は目を白黒させて固まった。

 俺なりの解決策を模索しようとしたが、矢継ぎ早に積み上がる話にこりゃ俺には無理だと諦める。



 諦めた俺は気分一新、初めて生で見るドワーフ達を観察する事にした。


 身長が150センチ、筋骨隆々な肉体は三人共通しているので、多分種族的にそうなりやすいのだろうな。

 後三人とも基本的に厳しい顔をしているが、それはエルフを前にしているからなのだろう。アリアを見る穏やかな目とエルフを見る蔑みの目の落差が尋常じゃないよ。


 まあこのエルフとの関係性なんかも、俺の持つドワーフ像そのものと言った感じで何とも面白い。

 だが後々話を聞いてみると、普通に街なんかで出会う分には何事もないらしいのだが、土地問題になると両者全く方向性が違うので、他種族よりも険悪になり易いのだそうだ。 



 さて、そろそろハイエルフ様に陳情したい事が尽きてきたらしく、一人黙り二人黙り、そして最後は皆が黙ってアリアを見つめる。

 アリアは目を閉じ、そのまましばらく固まっていた。

 ぼーっとアリアの美貌に見惚れていたが、けっこうな時間が経っている気がしたので時計を見てみると、三十分ほどの時間が経っていた。


 時間を認識すると微動だにしないアリアに不安が押し寄せてくる、慌てて声をかけようとしたら、

 しっ、黙っとけ、とばかりにドワーフから肩を掴まれた。

 すげーでけー手だなーと小学生並みの感想を心の中でもらし、示された通り再びアリアのまつげの長さと唇の潤い度を確認する作業に戻るのだった。




 そして一時間、彼女がくわっ!と目を開くと、怒涛の速さで紙に様々な事を書き込んでいく。

 ちらっ、と後ろから覗き込むと、それは問題点の解決であったり、今後の課題の取り組み方であったりが書かれているようだった。

 どうやら彼らからの陳情全ての答えを出したようだ。

 彼女はそのまま三十分用紙と戦い続け、紙の束を量産していった。


「ふぅ」


 彼女の動きが止まり、悩ましげな吐息がもれた。

 その仕草にどきりとするが、表には出さない。皆の憧れのハイエルフ様に懸想している等と知れたら俺はこの場で殺される。多分、絶対。


「では皆さん、後はよろしくお願いします」


 そう言って彼女は紙の束を渡し、席についた。

 そしてテーブルの上に置かれていた紅茶に手を伸ばし、あら?という顔をした。


「温かい?」


「ああ、そろそろ終わりそうかなーと思って淹れなおしてもらったんだ」


「そうだったのですね、有難う御座います」


 ふんわりと笑う彼女に蕩けそうになる顔を引き締め、俺は二種族の動向を見守る。

 これから彼女の案を叩き台に熾烈な交渉戦争が行われるだろう。いつの間にか武器ブンブン魔法ブッパのトラブルに巻き込まれるかも知れないのだから、一瞬足りとも気を抜いてはいけない。

 二種族の代表が恭しく紙束を受け取り、そして視線をかち合わせた。

 ゴクリと喉が鳴る。 

 さあ、始まるぞ!


「いやー終わったなー、どうよエルフの、ちょっとウチで火酒引っ掛けて行かんか?」


「おお、良いなドワーフの。オルサルバン一族の作る火酒は飲みやすい。我らの作る蜂蜜にとても良く合うのだ」


「へへっ、実はキリガイア族の蜂蜜が目当てだったりするんだよ」


「ははっ、こやつめ。良いだろう、樽で持って行こうではないか」


「豪気だねぇ。ならウチも樽で用意しよう!というかあれだな、ここらで祭りと行かねぇか?」


「良い案だ。いっその事今日を祭りの日として制定してしまおう!」


「この地に移ってきてからまだ一度もやってねぇし、これを機に盛大にやろうぜ!」


「ならば祭りの名前を決めなければいけないな……ご客人、少し宜しいか?」


 予想を裏切る応答の連続で、更に唐突に振られた事で思考が止まる。

 だが取り敢えず答えねば、


「はい、何でしょう?」


「この土地の名前と、何かしらの由来があれば教えてくれぬだろうか」


「山は富士山、不死の煙くゆる山という意味があったようです。森は富士の樹海、こちらはそのまま富士山の麓に広がる森という意味ですね」


「ならば富士の祭りと名付けるか?」


「そりゃなんか味気なくないか?」


「確かに、初めて制定する祭りにしてはシンプル過ぎる。何か良案はあるか?」


「無いな、儂らドワーフは名より実にばかり力を入れる性質だ。ふむ、ここは一つ……なあご客人、何か良い名付けを頼めんか」


 マジか、とんだ無茶振りである。

 とはいえ、この流れになるのでは?と最初の質問でなんとなく察していたので、候補は思い浮かんでいる。


「富士緑火祭とかどうでしょう?」


 単純に、エルフは緑、ドワーフは火、というイメージをそのまま漢字にしただけだ。

 りょっかにするかかりょくにするか悩んだが、語呂が良いのでこっちにしてみた。


「ほう、本来混じり合わぬ火と緑を一つに富士の地にて纏めた。という事か、悪くない」


「おうよ、しかし火が後なのが若干気になるぜ……」


 まあそういう順番とか面目って大事よね。


「でしたら、何か一つ、両者が代表する見せ物などをして競われて、次年の名を決めるというのはどうでしょう?

 勿論それでいがみ合うのは本末転倒なので、あくまでもレクリエーションの内という事で」


「そりゃいい!自慢の鉄鋼細工でも披露するか?それとも武技でも披露するか?」


「ふむ、こちらとしてはどちらの方向性でも構わんぞ。木工細工を見せるのも、弓技の神業を見せるのもな」


「ふふん、なら全部やっちまおうぜ!酒を飲む肴に持って来いだ!」


「結局酒を呑む話に戻ったな。では審査員をお二人にやって頂こうか、公平性ではこの地球一であろうて」


「異論はない。どうだいお二方、頼めませんかね?」


「ノゾム、今日の予定は大丈夫ですか?」


「連絡さえすれば大丈夫かな。アリアが参加するなら俺も喜んで参加するよ」


「なら決まりですね。二種族の競演、楽しみにしております」


「おっしゃーーーぁ!ならいっちょ一族総出でやってやろうか!」


「負けていられん!疾く駆け皆に準備をさせろ!

 ではハイエルフ様、暫しこの中立地帯でお待ち下さいませ。すぐに使いの者を派遣します故」


「分かりました」


 そしてわーわーと代表者とそのお供達が山と森に散っていく。

 あまりの展開の速さに呆然とし、そして恐怖を感じる。

 数百を超える問題点の急速な解決、いがみ合う二種族の対立の氷解、事が終わった後のアリアの放置っぷり等等、思う所は多々あったが、それをどう切り込んで聞くのか形に出来なかった俺は、冷めた茶を啜るしかなかった。


 ハイエルフの絶対性、半信半疑であったが確かだったと言わざるを得ない。

 彼女は本当の本当に、俺達の言う所の神様に近い存在なのだ。

 彼女の重要度は一王族とか言うレベルじゃない、地球では在り得ない絶対的な存在なのだと認識を改めなければ。

 俺はその事をしっかりと胸に刻み、アリアを見る。


「お祭り、楽しみですねー」


 カップを両手で持ち、熱々のお茶をちびちび飲むアリアの姿を見て、さっきまで畏怖に震えていた感情が吹き飛び、蕩けてしまった。

 ハイエルフ、恐ろしい子!

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