世界の終わり方
単発の可能性がほのかに香る。
地球人口がついに80億人を突破した。
そんな公表がとある国際機関によってなされた。
先進国ではそこそこ大きなニュースとして取り上げられたが、喜びの報道ではなく、難民問題と絡めて取り上げられていたので、どちらかというと苦いニュースとして国民には伝えられた。
ただし日本では少しだけ毛色が違うニュースとして取り上げられた。
難民問題、後期高齢社会問題と絡められた報道は同じだったのだが、苦いニュースを緩和させる情報が一つだけ入っていた。
国際機関からの知らせで、どうやら丁度80億人目の出生は日本の赤ちゃんだったらしいという情報がはいったのだ。
通達があった政府には何処の誰、という情報まで入っていたらしいが、個人情報保護の観点から詳しい調査も行われること無く情報は伏せられた。政府関係者は、国際機関とはいえ何故そんな事が即日にも関わらず正確に分かったのかを恐怖する声が上がったが、それは知らなくても良い話。
ともかく、そんな赤ちゃんがいるそうだよ。という事だけが関係者から漏れ、報道に載ったのが毛色を変えた原因だ。
苦いニュースの清涼剤として人口のニュースの締めに、
「なんと90億人目の赤ちゃんは日本で生まれたという話だそうです。高齢化が進む中で、こういうサプライズ的なニュースって少し嬉しいですよねぇ」
といった感じのセリフが付け加えられた。
まあ些細な台詞である。
これを元に80億人目を探そう!なんて輩は出てこなかった。
親が騒げば多少ニュースになって取り上げられたかもしれないが、その子供の親は極普通の良識を持っていたし、そもそも自分の子供が90億人目の子供とは知らなかった。
ニュースが流れ始めた辺りに生まれたなぁ、家の子だったら面白いなぁ、と思っていた程度だった。
そして月日は流れ二年が経った。
この時、世界中である大問題が表層化しだしたのだ。
90億人目の子供以降、子供が生まれなくなっているという人類種にとっての危機であった。
各国が協力し、総力を上げて調査したが、原因の解明はなされなかった。
世界中が恐慌に陥る一歩手前まで来ていた所で、例の国際機関が世界に向けて放送を行った。
機関長が演説台に上がり、言った。
「全て順調に移行している、問題はない。今日の夜八時に全ての真実が打ち明けられるだろう」
は?とその放送を見た全人類が思っただろう。
各国の元首が機関長に詰め寄るが、機関長は首を振り、子細はロンドン塔が八時を指すまで待て、八時が来て何も無ければ、私を好きにすれば良いと宣った。
国家元首達は世界中継で蛮行や取り乱した姿を晒す訳にも行かず、ただその言葉を苦々しく受け入れ、そこで部下に指示を飛ばしながら待つという選択肢しか取れなかった。
放送を見ていた人間の多くは面白がり、知り合い全てにその情報を飛ばし、後の四時間を待った。
そして運命の四時間後。
ロンドン塔の時計の針が八時を指した瞬間、全人類の頭の中に声が響いた。
『やあこんにちは、私は君達人類の管理者だ』
そんな軽い出だしだったと記録には残っているが、以後は要点だけをまとめた内容しか残っていない。
不意打ちだったのだ。
あの宣言の後も世界中継は延々とされており、ほとんどの人間がそこから情報が発信されるのだと勘違いしていたのだ。
いきなり頭の中に声が響くという異常事態。
聞き慣れない訳ないのに聞き慣れているように感じる、男だか女だか老人だか子供だか分からない声。
人類の管理者とは何なのかという疑問。
その一言に込められた情報量にほとんど全ての人間が反応できなかった。
だからこういう事を言っていたと記憶には残っているが、詳細を書き留める事に成功した記録がないのだ。
箇条書きで書き表すなら、
・人類は地球というキャパシティを超えるまでに増えたので、新しいステージに移行する。
・新しいステージへは魂を伴っていくので、ある程度記憶や感情を引き継ぐ可能性がある。
・魂の移行は死んだ時点で完了する。
・移行の対象者は最後の子供が生まれた瞬間に生きていた者に限る。故に対象者は既に移行を開始している。
・悪意善意関係なく、故意による自殺他殺等の移行の阻害行為をとった者は対象者から外れ、即時その魂を消去する。またそのような状況に追いやる事も禁止とする。
・現環境は再利用する予定であり、故意の環境破壊を禁止する。ただし現在の生活水準を維持する程度の物であるならば問題はない。
といった所だ。
この世界放送の直後には色々な事件も起きたが、割愛する。
どこぞの過激宗教活動家が、あんな物は嘘っぱちだと他者を自らの手で公開処刑した瞬間に死んでしまった。身体のどこにも異常はなく、本当に魂だけが消え去ったかのような亡骸となったり。
原発の再稼働は現状維持の範囲内であると強行に再稼働させた政治家がバタリと倒れたり。
植物人間となっていた患者を安楽死させた医者が亡くなったり。
と、そんな後味の悪い事件の詳細を聞いても困るだけだろう。
ともあれ、色々なあれこれそれこれを乗り越えた人類は、普通に生きようという当たり前の答えに辿り着いた。
出来るだけ幸せに、他人を思いやれば早々死亡する事もない。(現在死亡という言葉は魂を消去された状態を指す。普通に亡くなった人は移行したと言われるようになった)
今では移行が始まる以前、始まった直後よりも大分住み良い世界となった。
第一に犯罪が驚くほど少なくなった。軽犯罪すらも十分の一以下になったのだ。
軽犯罪までもが少なくなったのは、直接的な死因にはならないが、遠因となった場合には例の絶対禁止令(管理者が禁止した項目の事)に引っかかる場合があるからだ。
例えば騒音などで眠りを阻害され、それが原因で事故等の不幸に見舞われた場合、絶対禁止令に引っかかるのは騒音で眠りを阻害した者になる可能性がある。
第二にスローライフに目覚めた。
目覚めさせられたと言った方が正しいのか。
今までにあった技術である原発再稼働が絶対禁止令に抵触した。こうなると木の伐採、焼畑農業、水質汚染等はどこまでの規模が許されるのか分からなくなってしまった。
突然バタンと行きたくないのは誰だってそうである。ゆえに加減とエコを意識しない産業はばたばたと店仕舞いを始めた。中には会社じゃなく、人がばたばたと倒れたから店仕舞いになったという会社もあるかもしれない。
会社がなくなり転職した人間の大部分は、地元に戻って家業を継ぐか、田舎に引っ越して農業関連の仕事へ転身した。
いつ抵触してしまうかイマイチはっきりと分かっていない絶対禁止令だが、防衛策を張ることは可能だ。絶対禁止令は、人と自然についてしか示されていないのだから、人との関わりを減らし、自然について知ればそれが何よりの防衛策となる。
学校でも理科算数国語社会に加えて道徳と自然についての授業が高校まで必修になった。
第三に人口が減った。
現代のトラブルの大部分は人間関係だ。
人が減れば人間関係で煩わされる事が少なくなるのは必然と言える。まあ、絶対に無くなりはしないのだが。
人が生まれなくなり、後は死亡するか移行するだけとなったのも大いにあるのだが、人命を助ける事をしなくなったのが非常に大きい。
例えば致命傷を負った人間が目の前にいるとしよう。
過去そういった現場に出くわしたのなら、救急車を呼んで、出来るなら応急処置を施していただろう。
しかし現在の日本では、全国民が所持している鎮痛剤を渡すか簡易注射を施して終わりである。後は手を合わせて見送るぐらいだ。
これは万が一下手に助かった場合、後遺症や長期リハビリ等で移行までに苦痛を引きずってしまう可能性が生まれてしまうからだ。
だから素直に死ぬときは死ぬ、という考えが今では一般的な常識となっている。
もちろんそれは病気や怪我を治さないという事ではない。
わざと病気を放置したら自殺に取られかねない。
治せるのに治さなかったら他殺に取られかねない。
余談ではあるが、そういう訳もあり医者は減った。昔よりももっと高給取りの仕事となったのだが、絶対禁止令に抵触しやすそうな職業ナンバーワンに君臨している医者はどうしても人気が上がらない。
そういった訳で、現在では道徳、自然に続いて医学も必修科目と相成っている。
「とまあ、こっちの世界はそんな感じの終末を迎えてる訳さ」
俺はそこそこ長い語りを終え、一息をついた。
「そうだったのですね、本当にノゾムの話は勉強になります」
とても眩しい笑顔で、とても清らかな声で答えてくれる。
「まあ、俺は役割をこなしてるだけだ。お仕事だよお仕事」
あまりに純粋な好意の表現に、思わず目を逸らしてしまう。
もう良い年をしているというのに簡単に照れてしまった。
顔の火照りは隠せているだろうか、出来ていると思いたい。
「それでもありがとうございます」
「礼はいらんっての」
ああくそ、相手のお顔が整い過ぎているのが悪い。
身長もスラリと高く、均整のとれた胸とか意味わからん。
声も透き通っていてまるで隙が見当たらん。
後、特に、あの!耳が!尖って長いとか卑怯すぎるわ!
俺の理想が目の前に実在しているとか嘘だろ!
「前世界と今世界の引き継ぎ作業もまだまだあります。ノゾムのお力添えが今後も必要です。どうか私達に貴方の時間をお分けください」
しかもこんな丁寧な言葉が似合っちゃう気品も完備されていて、一切の曇りなく言えちゃう心根が芯にあるとか現実味ない。
「任せろ。仕事はきっちりこなすさ」
「ユグドラシアの世界を代表し、ハイエルフのアルストロメリアが敬意と感謝を表します。
本当にありがとうございます」
とても綺麗なお辞儀を見せてくれる。
感謝を表すのに頭を下げるのも厭わない姿勢。
こんなん!惚れてまうやろ!
10話ぐらいで終わる。