一人目の願い
ルシエが朝食の支度を終えて皆を起こしに行くと、リュウは既に布団にはいなかった。また、どこに行ったというのか。まだ朝は早い。双子はぐっすり眠っていたのに。
周りを見渡すと、畑と家の間の庭にリュウはいた。今回は案外近くにいた。昨日の夜のように、遠い場所にいるのではないかと心配したのも無駄だったようだ。
「リュウ、おはよ」
「あぁ、おはよう」
「どうしたの、こんな朝早くに」
「風が、鳴いている」
リュウは町の中心を見つめながらそう言った。
「何、急に。詩人でも目指すの?」
ルシエは戯けて笑う。しかしリュウは顰め面を浮かべる。冗談なんかではないらしい。
「どこか嫌な予感がする。一点に風が集中しているんだ」
確かに、一方向にしか風は吹いていない。その方向にある建築物は、この国の中枢、スターリアの官邸。
「リュウ君、朝ご飯の用意出来たわよ。ルシエも食べなさい」
ルシエの母、イザベルだった。リュウが起きてるのを知っていたのか。
「お手数かけます、イザベルさん……ルシエ、ここは朝食付きのホテルなのか」
「タダじゃないわよ。家事を手伝ってね」
「そりゃそうか」
リュウは悪ふざけしつつも、短刀を胸にしまったのをルシエは見逃さなかった。
朝食後にリュウとルシエが薪割りをしていたときだった。ズンと耳を鳴らす重低音がした。
「リュウ!」
「わかってる」
またこの水の都スターリアにあの闇が現れた。全てを誘う、闇が。あの時は数十秒だったはずが、まだ止まらない。しかし、前よりは少し引力が弱いようだった。
あの闇を見ると、震えが止まらなくなる。でも、父へのヒントはきっとあの闇が握ってる。怖さよりも行きたいという意志が勝った。
「ルシエ、貴方まで……行かないで」
「母さん……」
父の上に娘を失う母の気持ちは、親でもない ルシエでも分かる。
「そうだ、ルシエ。君は一般市民でしかない。君が出る幕じゃない」
リュウもルシエを静止した。
「そんなことない!私は、私は!選ばれた……一人なんだ!」
手袋で隠し続けていた、右手の甲の部分の、幾何学模様のような紋章を見せる。それはタトゥーではなく、薄い青緑色の光を放っていた、
「それは……予言に選ばれた英雄の紋章か。だから君は僕を追っていたのか」
リュウは今までにないような驚愕の顔つきになる。
「ルシエ、予言なんて嘘かもしれない。世界のことよりも私はルシエのことが大事なの。まだあなたには早い」
「それでも!それでも、また家族で暮らしたいの。父さんも一緒に!」
リュウは黙ってその話を聞いていたが、状況を察したのか、口を開けた。
「イザベルさん、申し訳ありませんが、僕が帰って来るまで双子を宜しくお願いします。僕はあの闇を止める努力をしてきます。
ルシエ、君をもう止めはしない。ただ、来いとも言わない。君の運命は君自身が選べ」
リュウは凛々しい顔でルシエに言い放った後、外へ準備に向かった。
「母さん、私は絶対帰ってくる。だから、今は行かせて」
「……わかった。ルシエ、やるからには彼も連れて帰って来なさい。久々に大勢でご飯も悪くなかったもの。それに双子ちゃんが悲しんじゃう
短い言葉だったが、母の想いが伝わってくる。
「うん、行ってきます!」
それに対して、大きな声でルシエは返事をする。
「待って、ルシエ。父さんの形見を持って行きなさい」
母は父の部屋に行き、美しく手入れされた一太刀の剣を持ってきた。ルシエを救った剣ガイア。父ジャックが常に携帯していた愛剣。
「これは父さんの使っていた剣。きっとあなたを助けてくれる」
ありがとうとだけ残し、ルシエはリュウの元へ急いだ。
「リュウ!」
「後ろに乗れ、ルシエ」
来た時には居なかった馬に、リュウは乗っていた。
「いつの間に、この馬を?」
「話は後!」
リュウは馬を全力で走らせた。
リュウは乗馬の技術が長けていて、あっという間に森を抜けた。
そこにあったのは、最悪の眺めだった。ずっと闇の様子を眺めていたが、人がどんどん中に連れ去られていく。悲鳴もどこからともなく聞こえてくる。
「ルシエ、あんまり見ない方がいいぞ」
縄が結び付けられた鎌をリュウはルシエに渡しながら言う。
「事実から目を背けるのは、英雄らしからぬ行為よ」
リュウは言葉にはしなかったが、ルシエの信念を心強く思っていた。そして、だからこそ自身の秘密を打ち明けようと思った。同じ選ばれし者として。
「確かにそうだ。
ああ、僕からも君に言うべきことがある。
偶然か必然かわからない。運命が君と僕を繋いだのかもしれない。僕も予言に選ばれた一人だ。紋章が、ある日を境に手の甲に宿っていた」
リュウも手綱を片手で握っているにも関わらず、手袋を器用に取り外し、右手の甲を見せる。確かに紋章が浮かんでいた。ルシエは口元を手で覆った。また、数秒声が出なかった。
「……面白いわね、こんな運命」
「そうだな、会うのが運命だったのさ。これから他の二人とも、会う運命にあるのかもな。
それにしても、今回の闇はおかしいと思わないか」
「どうして?」
「よく見てみるんだ。人や動物はどんどん吸い込まれていく。しかし、その反対に物を見てみるんだ。全く吸い込まれていない」
町の物が吸い込まれれば、町中は嵐が来たように物が散乱した状態になっているはず。しかし、今回は町に置かれたゴンドラが少し吸い寄せられているぐらいで、本棚やろうそくは動く気配すらない。
「……つまり、物と生命を識別しているってこと?」
リュウはおそらくはね、と呟く。
「そろそろワルキューレから降りなければな」
「ワルキューレ?」
「ああ、我が愛馬の名前さ。じゃないと、飲み込まれてしまう」
リュウは馬を止め、近くにあった柱に鎖で繋いだ。馬から下りながら、ルシエは訊く。
「もしかして、リュウが乗馬と魔法の英雄なの?」
リュウはゆっくり首を横に振る。
「僕は誰でも使えるような魔法しか使えないよ。だから違うと思う。乗馬は得意だけどね。魔法の英雄は魔法の名家が適任だと思うよ。
もし僕が魔法の英雄だったら、この予言は間違っているだろうね」
「もし予言が嘘だったら、私たち英雄になれると過信し続けてる奴らね。逆に予言が本当だったら、私たちはまだ死なない」
ルシエは不敵に笑う。
「なるほど、確かにその通りだ」
しかし、ルシエの表情を見ていたリュウは深刻一文字だった。
「ルシエ、これからは何があっても狼狽えちゃダメだぞ。誤った一歩が全てを変える。お父さんがあの闇に連れてかれたからといって、行きたいとも思うんじゃないぞ」
「……わかってる」
リュウは心でも読めるのか。ルシエはあの闇に入れば、父が生きている、別の場所に繋がっているのではないかと思った。しかし、リュウの言う通りに父は死んだと自分に言い聞かせることにした。
「行こう」
そう言いながら、彼はワルキューレに積んでいた小さいものを一つ取り出し、それを耳につけた。
「今すぐ止めてください!でなければ市民が!」
『なら一つ提案をしよう。選ばれた男、リュウ・アレクセイがいる。そいつを始末すれば、許してやろう。今の俺の障害はあいつただ一人だからな』
マッシュは魔法電話を力強く切る。
「くそっ、どうして……こうなったんだ。ジャッカル……お前は今何処に居るんだ」
マッシュは項垂れるしかなかった。
「まずは官邸に行かなければならないが、どうにも支援が間に合ってない。何より、ここに来させるわけにはいかない」
「やっぱり、後援が居るのね」
リュウは首肯する。
「その通り。俺は基本的に双子を連れる以外、誰も側に控えさせない。それは、戦意は無いということを示すためなのと……まあ、話せない理由もある。
支援部隊の内の、魔法解析隊もまだ弱点を導けていない。魔法なのかもわからない。ところで、あの闇が止まったときのことを知っているかい?」
「……知らない。父が吸い込まれていくのを見ていたから」
ルシエはできる限り、あの時の一件の記憶を辿る。しかし、脳がそれを拒絶する。
「ごめん、嫌なことを思い出させたね」
「でも、妙じゃない?」
リュウは興味を示したのか、ルシエに一歩近づく。
「詳しく」
「何故、吸い込まれていく人、物があって、吸い込まれない人、物があるのか。私はてっきり生命と物を見分けているのかと思ってたけど、吸い込まれていない人もいる」
「それは、アルカディアの判断……いや、それはちょっと魔法には無理がある。ちょっと待ってくれ」
リュウは耳につけた機械を用いて、仲間と連絡を取り合う。
「やはり誰を吸い込む、誰を吸い込まないという指定は難しいみたいだ。ある程度の条件を決めることができる。それが魔法の限界だ」
「魔法はどの程度差別化できるの?」
「それについて今仲間に聞いてみた。ある対象を決めてその対象に向かえば効果は消える。例えば、攻撃を受けたときにカウンターの魔法を起動するように仕掛けておくことはできる。でも、ただでさえ複雑な魔法で、熟練の魔法使いしかできない芸当みたいだ」
「アルカディアなら技術的にできるとかは?」
「対象が複数、なんて繊細なことは流石のアルカディアにも無理だろう。何より魔法の技術が一番進歩しているのはフラキエス。次点で、スウェルドだから違う」
ルシエはふとある作戦を思いつく。
「逆にさ、あれと同じくらいの威力の魔法をあれに打ち込んで相殺出来ないの?」
リュウはルシエの攻撃一辺倒の思考回路に苦笑いする。
「あれに匹敵する魔力を出せるとでも?」
「スターリア全員でも無理なの?それは」
「一人の人間の魔力限界を超えてる。いや、それどころじゃない。手練れの魔術師が何百人と必要なぐらいだ。
とりあえず、一刻も早く止めないと、犠牲がまた増えてしまう。
大きさは特に関係ない。闇の吸収の範囲は町の中心部のみに限られている。あとは……吸い込まれているものは動物、ゴンドラ……?」
リュウはぼそぼそと呟きながら思考を巡らせていた。
「あんたたち、早く逃げな!」「闇に飲み込まれちまうよ!」
少し年配の夫婦が黙って立っているルシエとリュウに話しかける。彼らは暴風に逆らって歩くように、必死に歩いていた。
遂に、一つの答えがリュウの頭に浮かぶ。
「……これだ! 俺たちみたいに動かない人は、対象には入ってない! でも、動くゴンドラや人は対象になっている!」
リュウが思考を巡らせている中、いつの間にかリュウとルシエは町の人に囲まれていた。さっきの夫婦もその中にいた。ルシエは少し動き、リュウの後ろに隠れるように立った。
「赤い髪……。あんたジャンク家の娘だね。なんでこんなときに市街地に?」
「そうか。俺たちだけが闇に吸収されているということはお前のせいか」
「お前のせいでこんなことになってるんだぞ! 何とかしろよ!!」
いつの間にかルシエに町の人々から罵詈雑言を浴びせられていた。
「ごめん、リュウ。私来るべきじゃなかった」
リュウはルシエの赤髪を見て、彼女のすべてを理解した。
「……ルシエ、悪い。君のことを完全に理解していなかったようだ。この町には差別があるのか」
ルシエには、友達なぞ一人もいない。信頼出来るのは家族だけだった。人と関わらないようにするために、市街地から離れて暮らしていた。
今は町に一人で行けるようになったものの、小さい頃は親から忌避され同年代の子どもと関わることを許されなかった。薪を売っても他の人より安くやり取りされる。ルシエはそれを気にせず、人より多く薪を切り町へ持って行った。
「町の皆さん、よく聞いてほしい。この子は何も関係ない。むしろ、被害者です、子どもの頃に父親を闇に飲み込まれている。
俺たちはあの闇を止めたい。それはあなたたちも一緒でしょう? 止めたいなら、止まってください」
リュウはルシエに浴びせられた、数々の言葉の刃に対する怒りを鎮め、落ち着き払って言った。
「お前たちの言うことなんか信じられるか!」
「あれ、本当なのかな?」
「確かに止まったら、楽になるよな」
「いーや、俺らを騙そうとしてるだけだ」
人々の意見は定まっていなかった。そこで口を開いたのはルシエだった。
「お願いです。どうか、止まってください。もう二度と、闇のせいで、私みたいな思いをする人を増やしたくないんです。親と子が離れてしまうなんて悲しいことはないです。どんなに私がつらい八年間を過ごしてきたか。父が吸い込まれる悪夢を何度も見るんです。どうか、どうか、お願いします」
ルシエはリュウの後ろで泣いていた。嗚咽交じりになりながらも、自分の思いを民衆に述べた。
「赤毛なんて、この際関係ないっしょ。あの子の言う通りだ」
「何が本当かわかんねえ。あの子が嘘ついてるようにも見えねえし」
「確かに、この世界が悪くなった原因の一つにジンジャーも関係してるしなあ」
周りの意見も変わってきている人がチラホラいる。
「黙れ! 赤毛! 下等人種が、そんなに動いて欲しくなければ、土下座しな!」
その言葉を放ったのは不清潔な小太りな男だった。その男は手に握っていた酒瓶をルシエに向かって投げつけた。リュウは咄嗟の判断でその瓶を掴む。
その瞬間、場が静まり返った。
その命令を受けた瞬間、怒りや憎しみでルシエの身体中を熱くした。こんな人のために土下座までしなければならないのか。自分の行動は本当に正しいのか。こんな心が腐った人を生かさなければならないのか。そう思うと悔しくて仕方がなかった。しかし、ルシエは片足を地面につけ、両膝を地面に当てた。
その刹那、リュウがルシエを静止し、投げつけられた瓶をどこかに投げ捨て、土下座しろと命令した相手の足元に短刀を投げつけていた。
「なら、俺より下等人種なお前も俺に従って貰おう。町の人たちのために、このナイフで自殺しろ。でなければ、命令を撤回し動くな、下郎」
リュウは憤怒の気持ちを滲ませながらそう言い放った。そして、フードをとりながら自身の荷物の中から緋色のマントを取り出す。その優美なマントには国旗が刻まれていた。その国旗を背負い、凛々しい姿で佇んでいる。一国の王が着るような剛勇さもあり、また端麗さもあった。ルシエの教育を受けていない語彙力では筆舌に尽くせないものだった。
「ルシエ、今まで黙っていて悪かった。言いたくなかったわけじゃないんだ。ただ、知られたら君に危害が及ぶから黙っていた。
我が名はリュウ・アレクセイ。ウェドニア王国の国王だ。私は自国のためにも、スターリアのためにも、そして世界のためにも闇の引力を止めたい。この闇は動いているものを吸い込む魔法のはずです。もし被害をこれ以上増やしたくないのであれば、私の指示に従っていただきたい」
リュウの言葉を聞いた瞬間に、町の人々はぴたりと動くのをやめた。
「あれ、本当か?」
「本当さ、現ウェドニア国王は目が違う色だと聞いたことがある。真紅と紺碧の瞳を持つと」
「従った方が良さそうね」
「あいつはナイフで死んどくべきじゃないか」「それは言いすぎじゃね」
ルシエはリュウの正体に驚きつつも、マッシュがあそこまで礼儀正しい態度であったことに納得した。
昔、アルカディアに唯一追随をしていた国があるのは有名な話。それがウェドニア。その国王がこんな青年だとルシエは知らなかった。
「ウェドニア王国の国王、リュウ・アレクセイの名を以て告ぐ! 皆の者動くな! さすれば、あの闇も消える!」
ウェドニアの部隊が拡声魔法を使い、リュウの声が町中に響き渡らせる。
リュウの剛健な態度は、容姿はまだ幼くとも、王そのものだった。
「でも、ウェドニア王国がこの闇を起こしてるんじゃないのか」
ある市民が言う。最もな意見だ。その意見が伝播していく。
「ウェドニア王国は今や存亡の危機。この国と同じく闇の被害を受けた。そしてたった今、一筋の光が見えた。もし、実行して闇の勢力が止まらなければ、俺の信頼できる側近が俺を殺す!」
軍の二番手のような老兵がリュウの前に出てきてリュウの首に刀を構える。どうやら、その人もその気らしい。
「リュウ、命まで賭けなくても!」
「ルシエもさっき言ってただろ? 僕が英雄の一人なら、予言通り、世界統治までは死なないよ」
ルシエの必死の抗議も華麗に受け流す。ルシエの存在を受け入れてくれた人だけに死んでほしくはない。しかし、彼の信念を突き通させるのが今では適切に違いない。だからルシエは食い下がった。
町中の人が決意を固め、動作を止める。風の音しかない。まるで町の時が止まっているようだった。
「すげえ、闇がどんどん小さくなってるぞ……!」「ホントだったんだ」
闇は勢力を徐々に落としていく。しかし、それも束の間。収縮しきったようにある一定の大きさから縮まらなくなった。
「何故だ。なんで、止まらない!……まさか」
「リュウ、最後の要因に気付いたの?」
リュウの視線の先にあるもの。浮き沈みするゴンドラ。そして、リュウの投げた瓶の破片。
「これは止まらない。止めようがない。風と水だ。自然の力なんてどうしようもない。もうあの闇が自分から止まるのを待つ他ない」
その言葉を聞いた町民、ウェドニア兵は落胆する。
風と水の流れを止めなければ、もうアルカディアが闇魔法を止めるしか方法はないのだ。
「へぇ、絶大な威力の魔法が解き放たれたと思ったから来たら、面白いことになってるじゃん。闇の打開策を聞いたお礼として止めてあげるよ、風を」
箒で“空を飛んでいた”ときに、どこかで聞いたことがあるような声が闇の止め方を語っていた。
首に垂らしている赤いペンダントを弱く握る。そして、呪文を詠唱する。
「エメルトキシー・オレア×七つの定石、変速」
「ここで、俺が力を貸すのは気が引けるが、未来へ聖火を繋げるためだ。
サーティーン、俺に力を貸してくれ。静止」
何故か広場に吹いていた風はやがてそよ風になり、消えた。水のせせらぎの音も止まる。
「何が起こったんだ」
リュウは呟いた。
全てを食べ尽くし、満足したように闇は消えた。そして、音が世界から消える。
「……闇が消えたぞ!!!」
「疑って悪かったな、あんたたち!」
「ウェドニア万歳!!」
静寂から大きな大歓声に変わった。リュウの深刻な顔は緩んでいた。その姿を見てルシエは安心した。
「僕は市帝の場所に行く。君は来るかい?」
「勿論よ。私、決めたの」
リュウは不思議そうな顔をした。
「何を?」
「この世界の過去や現状を知る。自分が知ったところで世界は変わらないかもしれない。
でも、過去に何が起こって、今がどのようにして成り立ったか知りたい」
ルシエの宣言に対して、リュウは少し暗い顔をしてから、ルシエに告げた。
「僕は全てではないが、この世界の過去を知っている。それがどんなに辛いものでも、君は向き合えるか?」
それは脅しかもしれない。リュウはどんな過去を知っているかは知らない。
「それでも、どんな過去でも、あるのは今だから」
ルシエは心に決めていた。今まで自分が殻にこもっていて、その殻を破りたいということ。世界を知らなかったこと。この謎に包まれた青年と旅をしたいこと。そして、英雄の一人としてこの世界を変えたいということ。この夢は誰にも止めることはできない信念があった。
「そうか。なら、改めてよろしく。ルシエ」
「こちらこそ。リュウ」
二人は、笑顔と握手を交わした。
「それとルシエ。赤色って情熱的な色っていうし、それにとても綺麗な色だ。それに、ヒーローの色って赤だろ。だから、赤色の髪は君に似合ってる」
ルシエは目と口を開き、数秒絶句していた。
「ごめん。なんかナンパみたいだったかな」
リュウが慌てて謝ると、そこでルシエは目と口を一度閉じて言った。
「ありがとう、リュウ」