英雄集結
時は進み、ルシエの敗北の明朝。ドロシーはアレクセイ一行を探しながら走っていた。魔法動物保護区の入り口の鉄柵に差し掛かった辺りで、昨日初めて出会った面影が見えた。
「……あんた、ルシエだよね? そこで何してんの?」
まさに異様な光景だった。ぐしゃぐしゃに撫でられないとそうはならないであろう、ぼさぼさの赤髪。服は葉っぱまみれだった。
「ん? ドロシー? ドロシーじゃない!」
ルシエはドロシーを見るや否や、ドロシーに飛びつき抱きしめた。
「うわっ。急に何!? それに、私、最後にひどいことを言ったのよ? あと葉っぱだらけでひっつかないで……」
ドロシーが抱きしめられて照れながらも離れようとするので、ゆっくりルシエは強く抱きしめていた手を緩め、ドロシーの顔を見た。
「だって、本心じゃないでしょ? あなたの迷った表情を見ればわかった」
ドロシーの表情は前日とは違っていた。すっきりと晴れがましい表情になっていた。ドロシーは苦い表情を浮かべ、ルシエの体臭を少し嗅いだ。
「なんか、動物の臭いがする!! まさか、魔法動物とじゃれてたの!? 怪我はない!?」
「心配してくれてるのね! ありがとう。でも、大丈夫よ? この子達良い子だもの。一晩中私のことを慰めてくれたの」
ドロシーは周囲の魔法動物を一瞥するが、確かに二人を警戒する魔法動物はいなかった。それはあり得ないの一言だった。研究のために国が保護をしているが、それはあくまで研究のためであり、魔法動物は人を襲う危険な生物という認識しかない。ドロシーも今まで保護区に足を踏み入れたことはあるが、どの動物からも威嚇しかされなかった。
「あんた、何者なの?」
きょとんとした表情でルシエは「ただの一般人よ?」と答えた。
「とりあえず、私の城に来なさい。服を洗濯と風呂に入る! わかった?」
ドロシーはルシエの服を引っ張り、城へと足を運ぼうとした、その時だった。
「ちょっとその前にいいか」
「「ひっ」」
マンホールの中から声がし、ルシエとドロシーは同時に一歩後ずさった。その声の正体は逃亡中のリュウだった。
リュウが先導し、連れて来られたのは焚き木で一晩過ごしたであろう、下水道の通路だった。そこには小さなテントがあり、その中にジンもいた。悪臭が漂うが、二人はなんとか過ごしたのか、とルシエは他人事の想像をしていた。
全員が中に入ったが、誰も喋ろうとはしなかった。数分の沈黙に痺れを切らしたのはジンだった。
「これで、英雄集結ってわけか。なるほど、なんともギスギスな状態だね」
「仕方ないでしょ。私と、アレクセイは犬猿の仲。願うのなら、一緒にいたくないわね」
「俺もお断りだ」
ドロシーとリュウは睨み合い、また沈黙が訪れようとしたが、ジンはそうさせなかった。
「とりあえず、二人の気持ちは分かったが、今はそれどころじゃない。
……なあ。リュウ。ここで、話しておかなきゃならねえことがあるんじゃねえか。
なぜお前は自分の国を出た。いや、なんでお前は亡国の王なんだ? なぜお前は身柄を確保されようとしている? お前から何も説明を受けてねえ。
わりいが、お前のことを心の底から信じられねえ」
ジンから詰められた後、リュウは重苦しそうに一呼吸置いて話し始める。
「……わかったよ。
俺はルシエと会う前、国を失った。俺は他の国に遠征に行っていた。俺が国に戻ると同時に、国は炎に包まれていた。父も殺されていた。
何者かによって、襲撃を受けたんだ。きっとアルカディアだろう。
その後、双子と一緒に国を出た。この復讐のために。
俺は英雄なんかじゃない。ただの復讐者であり、戦争で人を殺めてきた殺人者だ」
リュウは肘を膝につき、視線を落としながら重々しくそう語った。
「そうね。あんたに英雄を名乗る権利はない。あなたの父親とあなたがこの国に来ていなければ、私のパパが死ぬことはなかった」
ドロシーはリュウの言葉に食いつく。それに対して、リュウも癪に障ったようで、落としていた視線をドロシーに向けた。
「それは勝手な解釈だな。そもそも、この国に闇が訪れたのは、あの時計台を改造しようとしたからだろう」
どんどん二人の温度が上がっていき、二人ともどんどん早口になっていった。
「あの時計台を”全世界魔法供給機関”にしようとしたのは、この世界のあらゆる人にいつでも魔法を供給できるようによ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「もし仮に、その機関が完成してみろ。世界がまた滅ぶぞ」
「世界がいつ滅んだっていうのよ。
それに完成したからといって、世界が滅ぶことに直結するとは到底思えない」
「ちゃんとベルーデルの歴史について学んだか。シルバースター島の歴史もだ。
魔法が何不自由なく、全世界の人が使えるようになってみろ。そこら中で犯罪や殺人が多発するぞ。いや、それだけじゃない。その魔法の源をどこから得る?
武器を持つとき、同時に責任を持つ必要があるだろ。全ての人に力を与えてみろ。何に使うかしれないぞ」
「全世界に教育を供給すればいい」
そのドロシーの一言で、長く早口なやりとりが終わり、リュウは一呼吸した上で嘲笑した。
「流石、優等生。見えているところが上辺だけだ。
教育を受けられる子どもが何人いる。飢餓や犯罪行為に怯えて生きる人がどれくらいいる。
俺の国は攻撃されてから、他の国からも襲撃を受け、犯罪行為に怯える国民が大半だ。教育を受ける? 馬鹿馬鹿しい。それは平和あってこそだろう。お前の国も攻められてみろ。今に教育と言ってられないぞ」
全員の会話を黙ってルシエは見ていたが、ますます険悪になっていく雰囲気に耐えられなくなった。
「なんで喧嘩してるのかわからないけど、一旦落ち着こうよ」
ルシエの静止に、ジンも賛同する。
「ルシエの言う通りだ。喧嘩は後でしろ。埒が明かない。
大体リュウの言い分はわかった。正しい部分もあるし、納得がいかない部分もある。
お前は自分の国を守らず、なぜ放浪している」
リュウは冷静な声色で、ジンに告げる。
「まず、アルカディアの王が狙うのは俺単体だ。ウェドニアが世界で二番目の強さなら、王を殺した今、完全に絶望をさせるため、その次に王座の権利がある俺を殺せばいい。ウェドニアに俺がいれば、国に危害が及ぶ。それに、俺がアルカディアの王を倒せば、王としてウェドニアを守れる。ウェドニアの脅威を示せば、国民の安全は保たれる。それは一人ででも、殺す、と知らしめるためだ。俺は”生物兵器”として生まれた、その責務を果たす」
「はあ? 英雄がやることじゃないわね」
その冷酷な意見にドロシーは反対するが、ドロシーの意見にかぶさるように、ジンは発言する。
「いーや、理には適っているな。今まで人を殺していない英雄なんていたか?
まあ、ドロシーが言うように、道徳心と協調性の観点では完全不正解だがな」
「納得できないか? ジンなら理解してくれると思っていたが」
「お前の言う通りさ。こんな時代だ。お前の考えには一理あるさ。
これに関しては、ドロシーよりかはお前の意見に納得してるさ」
ただ、ジンは納得した表情を浮かべていない。
「まだ言いたいことがありそうだな」
リュウはジンの顔色を見て、ジンに発言を促す。
「なんでルシエに何も話さない? 話すだけで全てが済むだろう。俺は道徳的観念とかはこの際どうでもいい。俺は、仲間として、お前が信頼できるかを見極めたい。ルシエにも、お前を信じさせてやりたい。お前は不誠実すぎる。ただそれだけだ。今のお前は一切信じられない」
ルシエは内心(私の問題……?)と困惑していた。きっとジンなりの優しさなのだろうが。
「俺はルシエの心が心配なんだ。誰よりも純粋な心を持っている。俺が亡国の王だと知ったら、ルシエは最初に何と言った? おそらく、ウェドニアへ帰った方が良いよ、だ。英雄集めの旅が続かない。
それに、この世界の真実を一度に受け止めてみろ。ルシエの心はボロボロになってしまうと思っている。特に、ベルーデルでの”魔法”の起源。あれは人間の所業じゃない。
俺はルシエの力が必要なんだ。選ばれた英雄が結束しないと、この世界は決して平和にならないはずなんだ。勿論、ジンも。気に食わないが、ドロシー・イスアークの力もだ。
俺はアルカディアに復讐をしたいという気持ちもあるが、国を、世界を平和にしたいという気持ちも持ち合わせているつもりだ。
頼む。俺とアルカディアを倒してほしい」
リュウはドロシーとルシエに頭を下げる。
「その理由に関しては私も納得ね。ルシエは優しくて、真っすぐだもの。
宿敵でも、頭を下げられちゃね。私も力を貸したげる。ただ、あんたを許したわけじゃないのは理解して」
ドロシーは少しだけ表情を綻ばせた。
「私も少しリュウのことがわかった気がする。リュウが言うように、リュウの国は心配だけど、あなたの気持ちは尊重する。でも、この戦いが終わったら、必ず国に戻ってね」
リュウは首肯する。
「さて、この国にはもう用はない。出国しよう」
リュウの言葉に、ドロシーは否定する。
「いえ、そんなことはないわ。
私のパパは私がフラキエスを出ることに賛成しないと思うし、パパはあなたを海の果てまで追いかけてくるはず。それはきっと振り切れない。
だから、ここでパパを倒して説得するの。
ドロシー・イスアークを連れていく。そして、アレクセイ一行を追ってこないように。
それが私が付いていく条件よ。私のパパに負けるぐらいなら、この先やっていけないだろうしね」
「マジかよ」




