ドラキュール
ルシエはドロシーと別れた後、時計塔に向かって走った。戦闘になる可能性を捨てきれず、双子は潜水艦に置いてきた。
市街地には兵士が散見された。フラキエスの住民も兵士の方を見て、不審な顔をしている。見られない光景なのだろう。警備が厚くなってきているのだ。そう思うと、ルシエはよりリュウとジンのことを心配になった。
時計塔への道中、狭い路地に差し掛かる。すると、建物と建物の間から聞き慣れた若い男の声がする。
「ルシエ」
「リュウ、ジン」
ルシエは暗い路地に入り、隠れながら二人と話をしようとする。二人の様子からすると、リュウが落下してきて以降は戦闘もなく、隠れていたらしい。
「何があったの?」
リュウはジンには話しているだろうが、懇切丁寧にルシエに最初から話す。
「簡潔に話すと、俺は情報提供者に時計塔で会おうとしたら、ドラキュールという剣士に見つかった。つまり、俺が時計塔にいることを暴露されたってことだな。ドラキュールはフラキエス最強の戦士。出会ったら勝ち目がないから、逃げてきた。
きっと追ってくるのは俺だけだ。最後の一人は今は無視して、俺は夜になるまで身を潜めておくつもりだ。二人は安全なところにいてほしい。狙われるのは俺だけでいい」
リュウの話し方を見るに、ドロシーと出会えてないようだ。
「リュウ、最後の一人に会ったよ」
リュウは右眉を少しだけ上げる。それがどのような意味があるのかはルシエにはわからなかった。微妙に心境変化があるのは少なからず理解した。
「俺と分かれてから会ったのか! そんな時間が一体どこに」
「ドロシーが最後の一人よ」
ジンがいないときに判明した事実をルシエがありのまま伝えると、ジンは声を大きく上げる。
「あいつが!? 確かに、あいつの魔法はとんでもない力を持ってたけど……あいつの何が問題なんだ?」
ジンの素直な疑問にリュウは顔を暗くする。その流れで、ルシエはリュウに疑問を突きつける。
「リュウ、私はあの子から聞いた。あなたが何を隠しているかは知らない。
ただ、フラキエスとウェドニアに確執があるのはわかった。
あなたがどうしたいか、私達に教えて。一緒に旅をする以上、私達にも知る権利があるはず」
ルシエはフラキエスに着いたときにジンと会話していたことを思い出しながら話した。リュウは信頼に足らない、隠していることがあるということを。それを知っておかなければ仲間として信頼できない。ルシエもそう考えていた。
リュウは重く低い声で話し出す。
「わかった。話すのは嫌だが話すよ。
俺のウェドニアは半壊した。国王が暗殺された」
ルシエは聞いておいた身でもあるが、リュウが隠していた事実を聞き、申し訳ない気持ちになる。父親が死んでいたとは思いもしなかった。辛いことは隠して当たり前だろう。
「そんなニュース聞いたことないぞ……」
「それもそのはず。ウェドニアが崩落したと知ると、この世界は絶望に陥る。アルカディアという大国に対抗できるのはウェドニアを含めた全世界の国が力を合わせることだけだ」
「なるほど、ウェドニアが潰れたこと知ると、アルカディアが攻めてくる可能性があるということか?」
「いや、アルカディアがやっていたのなら、もう世界を潰しにきているだろう。アルカディアは何かしらの準備をしているように思えるんだ。そこで俺はスターリアに行った」
「これで私がリュウと出会ったところになるのね」
リュウはゆっくり首肯する。
「そこで、ファミニウムという鉱石をアルカディアに密輸していることを知った。あの鉱石は魔力を増幅することができる。魔力を増幅して何かをしようとしている。絶対的な魔力で、世界を服従させようとしている可能性がある。そのためには、アプエスタールで資金を整えたり、俺達の仲間を揃えたりする必要があった」
「それで俺が仲間になったというわけか」
「ただ、俺は亡国の王子と言える。この国で六王会議が開かれていることは耳にしているが、きっと俺を保護しようとしているんだろう」
「なぜ、それを受け入れない?」
「……時間がない。ただそれだけだ」
「なんとなく、リュウがしたいことはわかった。
この国でやり残しているのは、ドロシーを仲間にすることだけ?」
「フラキエスの国王と話がある」
ルシエはリュウの決意に満ちた顔を見て、もう一つのやりたいことがなんとなくわかった。
「ウェドニアはフラキエスを攻撃なんてしていない。そうでしょう?」
リュウはルシエの言葉に目を丸くする。
「どこでそれを?」
「ドロシーから聞いた」
そう言うと、リュウは少し微笑んだ。
「そうか。俺はフラキエスとの誤解を解きたい。仲良くしたいんだ。これから協力することになる国と睨み合うのは嫌だからな」
「安心した」
ジンも先程までとは違い、声色が明るくなる。
「さ、これからの話をしよう。俺達はリュウを一人にはしねえ。ドロシーは悪い奴でもないしな。二手に分かれるか?」
リュウは考え込む。その間に、ルシエはドロシーとの出来事について話す。
「ドロシーの居場所はわからない。私にアレクセイと絡んでいることの不満だけ言って去って行ったから」
「となると、話は難しくねえか? たとえウェドニアとフラキエスの仲が直ったとしても、ドロシーは嫌悪感を示してるわけだろ?」
「ドロシーは仲間になるよ。私にはわかる」
ルシエはどこから出てくる自信かはわからなかったが、彼女の最後の葛藤に満ちた表情を見て、そう思っていた。
「わかった。俺は国王と直々に話に行く。ルシエとジンはドロシーを頼んでいいかな?」
考え込んだ末に出した答えだろう。リュウはルシエとジンに頼む。
「もう失敗するんじゃねえぞ?」
ジンがそう言ったときだった。今まで感じなかった気配を背後に感じた。
三人は一気に戦闘態勢になる。
「話は済んだかな?」
「氷のドラキュール!」
「この人が……!」
氷のドラキュールと呼ばれた騎士。顔には皺ができ、髪も白髪が混じり始めている。目は灰色で、少し老いている印象が否めない。しかし、その佇まいは一切歴戦の騎士を物語っている。老いてもなお、ピンとした背筋。服を着ていても、がっしりとした体躯。どうやったら勝ち目があるのか、ひたすら模索をする。答えは出ない。
「……ドラキュールさん。同じ剣士として、決闘を申し出ます」
ルシエにもどのような思考回路でそう言ったかわからない。ただ、この人物は剣士としての礼儀は備えているはずだ。
「ルシエ、何を!?」
「二人は逃げて」
ジンはルシエの言葉に抵抗しようとしたが、リュウがそれをなだめた。ルシエとしても、それはありがたかった。きっとリュウのことだから、それをルシエの気持ちを汲んでいるとも思っていた。
「ルシエ、無理はしないでほしい。君の命に代わるものはない。いいね?」
ルシエは小さく頷いた。
「決闘を受けよう、若き剣士よ」