忍び寄る大波乱
何故いない。フラキエスの友好関係を持つ者に片っ端から訪問しても、全ては水泡に化した。水泡に化すどころか、人と会うにつれてアレクセイがこの国に来ていると噂を流される可能性が高くなる。リュウが探している人物はイスアーク家に関わる者で、深く探りすぎると面倒な事態になるためその人物を見つけ次第この国を出たい。
「イスアーク家はこれだから……」
「迷っちゃったね……」
「だな……」
ずっと似たような景色を歩いているうちに、全く通った記憶がないところに出た。嫌な汗が流れて来て、寒くなってくる。少し薄暗い路地で気味が悪い。そんな場所にティエリとティーゼルを長居させたくはない。
「君達、ひょっとしてお困り?」
焦燥に暮れるルシエの肩をちょんちょんと誰かが突いてくるので、振り返る。
ブロンズの綺麗な長い髪。容姿端麗で、今まで見てきた人の中で一番美しいかもしれない。身に纏うのは、白いフリルが付いた黒いスカート。上は白いワイシャツの上にベージュのセーター。何処かの制服か?と思ってしまう服装だ。それでも、汚れひとつなく、清楚な印象を与え、育ちがいいと思わせる服装だ。しかし、リボンではなく、赤いペンダントをしていて、そこが妙なアクセントとなっている感じが否めない。
「あ、はい。市街地を歩いてたら迷っちゃって……」
「やっぱりね、あっち行ったりこっち行ったりしてるの遠目で見てたから。この辺は迷いやすいからね。案内したげる!
私の名前はドロシー。よろしくね!
さ、着いてきて?目の見えない人は手を貸そうか?」
ジンの盲目を一瞬で見破った。驚くべき洞察力。
「……いや、要らねえ。
だが、俺の風魔法をかき消さないでくれねえか。これで色んな位置を確認してっからよ。これがねえと、ちゃんと立たねえから、やめてくれ」
ジンの常人には理解できないような言葉をすぐに信じたのか、ドロシーと名乗った少女は細く綺麗な手を口の前に充てて驚いていた。
「あ、そうだったの? 妙な変態さんが女の人のスカートをめくって、自分の眼福を企てていたのかと思ってたから、搔き消しちゃってた。
あなたはそんな人には見えないから、元に戻すね。そもそも目も見えないし。ごめんね?」
サッとそよ風が吹き始める。ジンの顔をちらっと見ると、怪訝な表情を浮かべていた。ジンの魔力を容易く超えてくるとは、この人は何者なのか。
リュウはその頃、見晴らしの良い時計塔の最上階でナラクという人物を待っていた。ナラクが指定したのはバー。そのバーにはドレスコードを守った人しかおらず、リュウもその場に合わせるために着替えてきた。
「……お前は、リュウ・アレクセイであっているか」
想定内での最悪の事態だ。それはナラクに情報を売られたこと。いや、それだけでない。リュウの目の前に佇むのはフラキエス最強の騎士『氷のドラキュール』。その筋骨隆々な外見からも歴戦の戦士としての風格が漂っている。一対一で戦ったとしても、勝つ未来が思いつかない。なぜならば、ここはバーという狭い場所で、リュウが別の生物に変化したとしても目の前の人物には太刀打ちしようがない。
リュウの能力にはデメリットが存在する。それは温度によって変化するスピードが異なるということ。温度が低ければ、別の生物に変化するスピードが格段に落ちる。今は温度が低いわけではない。そう、目の前の人物は氷を操る魔法剣士。この密室の場を凍えさせるのは朝飯前だろう。
「俺は通りすがりの旅人ですよ。迷った末にここに来たんですよ。病人に死神が付いて回るのと同様に、旅人には好奇心が付いて回りますから」
リュウは無理だと思いつつも、雄弁さでその場を乗り切ろうとする。しかし、その大根芝居はあまりにも見破るのに簡単すぎた。
「饒舌だな。本当の名を名乗れ」
リュウは作戦を変更する。リュウは口を開くと同時に窓に向かって突進した。
「俺の名前は、リュウ・アレクセイだ!!」
今までは隠密に行動していたが、逆に目立つことで最後の仲間を呼び寄せる作戦に移った。
リュウは全力で窓に突進し、勢いよくガラスを破壊する。時計塔の最上階から飛び降りる。百メートルもあろうかという高さ。
それでもリュウは冷静に物事を考え、鳥にゆっくりと変身する。
「リュウ・アレクセイ本人だ! フラキエス中に指名手配して、拘束しろ!」
NGシーン
リュウ「俺の名前はリュウ・アレクセイだ!」
ゴンッ!
リュウ「いった、なにこれ」
ドラキュール「悪い。このガラス強化ガラスに変えたばかりなんだよ」
リュウ「マジかよ〜、やっぱNGシーンは俺が犠牲かよ〜」
ドラキュール「作者、窓ガラス貼り直してから、リテイクお願いしまーす!」