聳え立つ時計塔と賑わう市街地
魔法都市フラキエスからは、一刻も早く立ち去らねばならない。まず第一の理由に、ウェドニア兵がいない。ウェドニアとフラキエスは犬猿の仲であるため、どうしても連れて来られなかった。フラキエスと騒動でも起こしたら、それこそ旅の終焉。第二に、霧が深くなるため、下手をすると旅が長引く。旅費だけでなく、フラキエスとの騒動が巻き起こす可能性を低くするためにも、早く出なければならない。第三を挙げるなら、あの面倒くさい氷使いがいる事だな。
この旅は、リュウがどれだけ早く魔女を見つけるかにかかっている。あいつは、魔法の箒で移動する。リュウが思うに、ティルメズ川付近に聳え立つ時計塔にいる可能性が高いと踏む。フラキエス首脳陣の娘でありながら、反抗精神を孕んだあいつなら、フラキエス首脳部から離れたところにいるはずだからだ。
周りの人から怪しまれないように、出来るだけの早歩きでそこに向かった。
フラキエスの市街地。そこの賑わいは他の都市とは比べものにならないものであった。
「浮く綿菓子!浮く綿菓子は如何かな!」
「さぁ、冷めないコーヒー!今なら安くしとくよ!」
「空飛ぶ箒はフラキエスの名物だよ!」
フォークやスプーン、ナイフといった用具が宙を舞い、ふくよかな体つきをした店主は接客しながら、魔法で料理を作っている。
「味や食感が変わるフィッシュアンドチップス!フラキエスの料理と言えば、七変化のフィッシュアンドチップス!」
フィッシュアンドチップスを売る店の前では、ジンがずっと立っている。
「ジン、食べたいなら食べなよ」
「いや、味が無いって噂のこれが、味が変わるっていうんだぜ?不思議でならねえんだ」
「口悪いよ?すみません!1つください!」
優柔不断なジンの代わりにルシエがそれを買う。
「はいよ、可愛い嬢ちゃんにはオマケしとくよ!二人で食べな!」
お腹周りが小太りした外見から中年だと判断できる店主は、にっこりとしながら2つルシエに渡す。
「え、あの、1つって」
「え?あ、そうだっけ?アッハッハ!ワシの間違いだ!気にすんな!」
自分の立派な髭を触りながら、店主は大声で笑う。なんと気が効く店主なのだろう。懐が大きすぎて、懐の財布は小さいのだろうか、と心配になってしまう。いや、彼のお腹にエネルギーとして貯蓄されているのだろう。
「ほーん。美味いな、これ。気に入った。ルシエの分もくれ」
「馬鹿。これはティエリとディーゼルと私の分だもん」
「そりゃ失礼」
ルシエは、ジンが美味だと評したチップスを食べてみる。
「何これ!不思議で美味しい!」
サクッという気持ちの良い音が響いたと思えば、何故か口の中でトローッと手から水が溢れ落ちるようにとろけて、塩っぽい味になったり、甘い味になったり、ピリッと辛い味になったり、元の塩っ気のある味に戻ったりした。
「不思議だよな。
にしてもよ、いつからフラキエスはこんな商業都市みたくなったんだ?」
「いつからって言われても……」
「ん、ルシエ美味しそうなもの持ってる!」
面倒を見る事を頼まれたのに、すっかりティエリとティーゼルの事を忘れていた。
「はい、これ全部あげる」
「本当に!? ティエリ〜」
そう言って、ティーゼルはティエリにこっちへ来いというジェスチャーを送る。ティエリと分け合うのだろう。
「……あいつは妹思いだな」
ジンがいきなり呟き始める。
「なんでじっと二人のこと見てるのよ」
盲目の人に見る、という表現はおかしいかと言ってから、ルシエは気付く。ただ、ジンはそんなことを気にしていない様子だった。
「俺の兄貴みたいだなってさ」
「ジンのお兄さんか。どんな人だったの?」
「あぁ。正義感強くて、真面目な奴だったよ。俺の師匠でもあった。俺のことをずっと気に掛けてくれてたな。兄って生き物はそんなもんなんじゃないか?」
……全て過去形だということにルシエは気付く。ジンのお兄さんは既に亡くなっているのか。
「ああ、ごめん」
「なーに、別に良いさ。気にすんな。もう悲しくなんかないさ。何より、兄貴は俺がしょんぼりしてる姿なんざ見たくねえだろうよ。
……なぁ、それにしてもよ、ルシエ」
ジンの声色が急に真剣なものに変わる。
「うん?」
「リュウの奴の言動、矛盾してねえか?」
「どうしてそう思うの?」
「俺は長い船の旅の間に、海に憧れていて、初めてルシエと会ってから海を見たと言っている。それは疑いやしねえよ。普通だったらな」
「……どういうこと?」
「そしたら、なんであいつはこの国で最後の英雄を探し出せる?なぜ、最後の英雄の存在を知っている?なぜこの国を知っている? この国は島国だ。周りが海なんだ。海を見たことがないなら、ここに辿り着くわけがない」
そのジンの言葉は鋭い指摘だと思う。全くもって、その通り。
「仲間だから疑うつもりはないが、あいつは仲間に色々なことを隠し過ぎている。一人で全て背負っている。それが気に食わない。
会ったばかりで偉そうだが、あいつは自分の使命だけにしか興味が無えんだ、きっと」
確かに、心に引っかかるリュウの行動は色々ある。猛獣のように睨みつけるような目、どんな生物にも身体を変える事が出来る能力、更には今のような矛盾。
「でも、ティエリとティーゼルを見守る時は……」
「あれがあるから、俺はリュウを信じている。それが無かったら、俺はこのメンツで旅には出ていない。リュウの奴を心の底から信頼できねえからな」
「……それでも、私はリュウを信じる」
「ああ、そうだな。ルシエはそう言うと思ったよ」
ジンは笑う。
海に実は渡った事があるはずの彼。でも、あの顔は嘘をついていないに違いない。なら、一体?
NGシーン
ルシエ「そんないっぱい何買ったの?」
ジン「聞いて驚け。炭酸入りソーダ。砂糖入りコーラ。かき氷の氷味だ!」
ルシエ「……ぼったくられてない?」