Amazing grace
詳しいルールはWheel Of Fortuneにて記載しています。
ジンSIDE
ルシエが、自分の膝に乗せていたジンの手をチョンチョンとつつく。
「ジン、もう話していいわ。今の状況を説明するね。私のコイン、残り3コインよ」
聞いた耳を疑った。なんとなく聞こえてはいたが、まさかそこまで減っていたとは。またインサイドで攻めていたのだろうか。でなければ、説明はつかないが。
「50あったのが、か? 本当に?」
「ええ、そうよ」
おいおい、背水の陣じゃないか。リュウから貰ったコインの浪費か?これなら、目が見えないジンがやった方が多少勝負はできたはずだ。
「でも……心配はいらない。もう大丈夫。次は絶対に外さないから」
何なんだ、こいつは。こんなオーラを感じたことがない。
あと3コインで絶望してなど一切ない。殺意のような鋭利なものでもあれば、勇気のような果敢なものでもある。今まで感じたことがない、異質なオーラ。
人間なのか。獣なのか。はたまた悪魔なのか。
闇夜に浮かぶ太陽。真昼に閃く月。それがルシエ・ジャンク。英雄の中でも、異質なのではないか。心の中に闇があるわけではない。むしろ黄金の勇気や希望を持つがゆえの異質さなのだ。心の中に誰にでも闇はあるはずなのだ。しかし、ルシエにはそれが全く感じられず、純粋無垢な心だけを宿しているのだ。純粋過ぎるがゆえに感じる恐怖。そう、闘気が剥き出しなのだ。
「……プレイスユアベッツ(賭け金を置け)」
ディーラーの口がゆっくりと賭け開始を宣言した。その声は、堂々としていた。まだルシエの闘気には気付いていないらしい。
「黒に一枚」
ディーラーがルーレットを回し、そこにボールを投げ入れる。
「んー、やっぱり0に一枚」
ルシエは、黒と選んだコインを移動する。どうやら、0にらしい。
「……ラストコール(もうすぐ賭け金を移動するのを締め切る)」
そして、ルシエは更に動きに出る。残り2枚のコインも0に上乗せする。チャリンという音が響いた。
ディーラーはそれを見るや否や、嘲笑を浮かべる。
「……愚行ですな。ノーモアベッツ(賭け金移動終了)」
回る音が延々と続いていたが、コロンという音ともに、それは途切れた。
いつかあったように、再度沈黙が訪れた。沈黙を破ったのは、ディーラーだった。
「……そんなまさか、あり得ない……あり得るはずが無い!」
「いえ、これだけゲームをやっていれば、ストレート・アップ(一つの番号に賭けること)が的中しても、あり得なくもないわよ。まあ、こんな若い魂が苦しんでいたら、少しは天も恵みを与えたくなるものでしょう」
ストレート・アップの配当は36倍。これはつまり3コインからいきなり108コインになる計算だ。カジノに入る前、リュウから貰ったコインを2倍しても、余りが出る枚数。
「んな、お前何したんだ」
「何もしてないわよ?」
ジンが聞くと、ルシエは男をたぶらかせるような女性の声で返答する。純粋無垢は訂正しよう。ルシエは、少なくとも悪魔の部類に入る。いや、そうに違いない。こいつは何か仕組んでいる。しかも、他の誰にも露呈しないように。
ディーラーは焦り、次のゲームに逃げる。
「プレイスユアベッツ」
ルシエ曰く、ディーラーが球を入れてから、108コイン全てを10に賭けたらしい。
「ラストコール、ノーモアベッツ」
今度は言うのが早かった。きっと、時間までにコインを置けないようにする為であろう。
取り敢えず、全てのコインが既に置き終えていたらしい。置き切らなければ、賭けた金に入らないからだ。
球がポケットに入る音がする。
「……お前、イカサマしてるんじゃないのか?」
「何を証拠に? 私はコツを掴んだだけですよ。球の軌道を読むっていうね」
3888コイン。それは最初の50コインと比べ物にならないほどの多さ。
「……まだ続けますかな?」
ディーラーの声が震える。早く出て行けと言わんばかりの圧力。
「次で最後にしようかと思ってるわ」
そのルシエの一言に、ディーラーも少し胸をなで下ろしているようだ。少し声色が落ち着いた。
「……プレイスユアベッツ」
黒に取り敢えず置いたらしい。
投げ入れると、ルシエは全てのコインを7に置いたという。
「ラストコール、ノーモアベッツ」
今回もディーラーの声は結果を急かすものだった。
「7は、私の一番好きな数字。特別な数字だから」
その発言はどういう意図を意味しているか、ジンにはわからなかった。ルシエが7にイカサマを仕掛けたからなのか、彼女が本当に好きな数字なのか。はたまた、彼女がディーラーを煽り立てているのか。
到底、彼女に質問しなければ、わからないものだが、どうやらルシエの賭けは的中したようだ。
約14万枚のコイン。ルシエは勝利の女神なのでは無いのか、そう疑うほどだった。そうでも無ければ、道理が立たないほどの確率の壁。
「嬢さん、あんた、このルーレットに何をした。大体入る場所は見分けは付いても、確実に当てられない……だが、ストレート・アップで三連続はあり得ない!何をした!」
ルシエは少しの間黙っていた。風が少し起こって、ジンにはわかった。ディーラーがルシエの襟首を掴んだのだ。そして、周りがざわつく。
「なら、ディーラーさん。貴方が、左手で左回しにルーレットを回すなら……考えなくもないわ」
左手。ただ左手を使うだけなのだ。しかし、ディーラーは怯んだ。ルシエはきっと回す手が逆だと、もう一度ストレート・アップは出来ないというのを暗に伝えているだけなのだ。何故ディーラーは受けない。
「……君の名前を教えてくれないか」
「ルシエ、ルシエ・ジャンク」
「ルシエ・ジャンク……汝に幸運あらんことを」
ジンはやっとその意味に気付いた。ルシエにした行為を反省するほどのきっかけになった、そのルシエの言動は、彼に対しての侮辱だったのだ。
左手は古来、悪魔と呼ばれた。敬礼の文化はこの過去の誤った産物から来ているのかもしれない。きっと、それはある人にとっては、ギリシャ人に手のひらを見せるように、侮辱に値するのかもしれない。実際、ディーラーがそうであったように。
「ジン……悪いけど、ちょっと休ませて」
ルシエはジンの胸の中で荒い呼吸をし、倒れ込んだ。
「おい、ルシエ、おい、大丈夫か!」
ルシエからは返事は無く、ぐったりと力が抜けていた。それでも、彼女は大して重く感じなかった。
ルシエ「3888も同じ所に置かなきゃならないなんて、入りきらないよ!」
ディーラー「ラストコール」
ルシエ「ええい!塔のまま移動しちゃえ!」
ガッシャーン。
ディーラー「ノーモアベッツ」
ルシエ「というわけで、ジン、全部無くなっちゃった!」
ジン「おい」
(本編では、語られていませんが、10万、5万、1万、5千、3千、1千、5百、百、5十、十、1コインが別々に存在するので悪しからず……)