港町オラターネ
移動はどうやら馬車らしい。運転は任せて、四人で荷台に乗る。
「次目指したいのは……なんというか……アプエスタール、なんだけど……ど、どうかな」
リュウは恐る恐る言う。ルシエは血の気がサーッと引いた。
「こんな幼い子が二人いるのにそんな場所ダメよ!私でさえ行きたくないよ!」
『眠らない国』と呼ばれるアプエスタールは今現在治安が世界で一番悪いと言っても過言ではない。情報に疎いルシエでさえ、知っている事実である。アプエスタールにはカジノと武器製造工場があるからだ。一般市民でもこんな若造四人では危険でしかない。リュウは一国の王だからといっても、子どもに違いない。踏み入れてはならないのだ。例えるならば、銃の雨が降り注ぐ場所に魔法無しで挑むようなことだ。
「で、ですよね」
ただ、ルシエはリュウには考えがあるのだろうと思った。
「なぜそう考えたのか、あなたの考えを聞かせて」
リュウは少し目を開いて、一息ついてから真剣な表情で話し始めた。
「アプエスタールは中立。スターリアとは違って、密輸はしていない、はず。アルカディアにとって利益になるようなものがないんだ、悪く言えばね。アプエスタールはアルカディアと取引がしたいが、アルカディアはしようとしない。そこにアプエスタールは反感を抱いている。反アルカディア勢力が強くなってきているんだ。
そこでだ、アプエスタールをこちらの勢力につける」
「ちょっと待って。アルカディアは私達が勢力を広げるのを、どうぞどうぞ〜って見送るの?」
「さぁ、それはどうだか。アルカディア情勢がよくわからないんだ。スターリアとの貿易線も切れたらしいし」
「どうだかって……。アルカディア軍の人数はわからないけど、権力では上回ってる。もしアルカディアに私達がアプエスタールに行っていることがバレたら? そこで私達が狙われたら?」
「基本この四人でしか行動しないからな。なかなか居場所は掴めないはず。バレたら……戦うしかない。戦ってくれるか?」
「当たり前じゃない。私達、仲間よ?」
キョトンとした表情で答えるルシエに、リュウは笑った。
「ありがとう。
いつの間にかちびっ子暇過ぎて寝ちゃったな」
リュウはお気に入りの灰色のフード付きコートを二人にかかるように被せる。
「さてと、まずは港町、オラターネだな」
オラターネは港町だけあって、出店が並び、繁盛していた。行商人も多く蔓延っていた。先の事件が嘘のようだ。
「ねね!リュウ!これ欲しい!」
ティーゼルがクマのぬいぐるみを掲げる。リュウは微笑む。
「良いよ。ただ、程々にな?」
ティーゼルはこくこくと元気に頷く。
ティエリは綺麗な服を目を輝かせながら見ている。
「ティエリは何か欲しい物は無いのか?ティーゼルも買うからついでだし、ティエリも一着ぐらい遠慮しなくていいんだぞ」
ティエリはリュウのその言葉に笑顔になる。それも束の間、ティエリは思い出したように我慢する。
「リュウに迷惑掛けないもん」
ティエリが魅入って体に合わせていた白いワンピースを元の場所に戻した。
「迷惑、では無いかな。むしろ、女の子らしくしてた方がティエリに似合っていて、可愛いよ」
ティエリは顔を赤く染め、じゃあ……とボソッと呟いた。
「リュウ、意外とあなた、策士なのね」
ルシエはにやにやして話し掛ける。
「そうかな。俺はただこの二人の幸せな顔を見ていたいだけなんだ。どうやら、この二人は俺に対して恩返しをしたいようなんだけど、その気持ちだけで十分満たされているんだ。二人は迷惑ばかり掛けていると思っているんだろうけど、俺からしたら、可愛くて仕方が無いんだ。小さい子どもは好きなんだ。
それに、この二人は俺の希望だ。太陽なんだ」
リュウの兄のような姿を見ていると、ルシエも微笑ましくなった。
買い物の後、幼い二人は早速寝ていた。
「さて、二人も寝たみたいだし、ルシエが行きたいところ連れて行こうか?」
「私は良いわよ。そうだなぁ。リュウの行きたい場所に行きたい」
リュウはそう言われると、困ったような顔をした。
「うーん、俺の行きたい場所か。色々あるんだけど、今行きたい場所は、そうだな」
リュウが行きたかったのは、海だった。王なのに、行ったことがなかったみたいだ。
「俺、ずっと海を見てみたかった。何故か、心の奥底が海を目指せって言ってるような気がしてさ。いつかは、欧州の七つの海を制覇してみたいなー」
リュウの紛れも無い、願望だった。大人びていても、考えることは青年だった。その姿は雄大であっても、悲しかった。必死に空を飛ぼうとするペンギンのような、そんな感じだった。
「さて、ルシエさん。あなたは子どもですか、大人ですか」
リュウが唐突な質問を仕掛けてきた。
「どういうこと。年齢的には間だけど……」
「大人として換算していいよね。一つ頼み事があるんだ。
ティエリとティーゼルは子どもだけれど、旅についてくる以上、彼らから家事とかの仕事から生活費をチャラにしている。君は別にどちらでもいいんだが、まあ一応大人だから一つ引き受けて欲しいんだ」
「ごもっとも。勿論対価は払うわ。その形はこちらから選ばせてもらうけど」
「わかってるよ。カジノで儲けるんだ。イカサマをする。バレなきゃ、イカサマじゃない」
リュウの口から姑息な手を使わせる事が出るなんて思いもしなかった。ルシエは数秒口を開いたまま静止し、しばらくして意識を取り戻した。
「……待って、なんでそんな悪党みたいなことをするの? それに、私はギャンブルなんて得意でもないし、イカサマなんてすぐバレる。コツコツ稼ぐのは無しなの?」
リュウが思い出したように付け加える。
「勿論、無理にとは言わない。石橋を叩いて渡るのも悪くない。
でも、アプエスタールの市帝フェルディナンドを釣るには、彼の注意を引かなければならない。そのためには、彼が常に居座っていると言われるカジノで大儲けするしかないんだ。あの人は国を治めることよりも娯楽に重きを置いている人だ。条約交渉は面白ければそれで良いと思うような性格だ。
アプエスタールには武器工場がある。その武器工場をこちらに付ければ、物事が有利に働く。アルカディアと戦う上では必要なんだ。
そこで、だ。君の剣の能力を見る限り、イカサマができる可能性を考えられる。その上での交渉だ」
ルシエは長らく考え込む。それを行うことが善か悪か。英雄が為すべき行為なのか。どうすれば、善なる行動ができるのか。
「……わかった。私もカジノに行く。
ただし、私の条件も飲んでくれないと私もイカサマだけでなく、ギャンブルすらしない」
リュウは表情を何一つ変えず、ルシエに問う。
「条件って?」
ルシエは一呼吸置く。
「儲け分はカジノに返すこと。そうすれば、私からは文句は無いかな」
リュウは驚いた顔をしてから、高らかに笑い始めた。ルシエは嫌な顔をする。
「もう! 何よ、笑わないでよ」
「いや、ルシエらしいなって。
俺だって、自分の利益にしたいわけじゃない。それはルシエの好きにしてくれて結構。むしろ、金を返した方がインパクトがあるし、良いんじゃないか?」
「なら乗った」
ルシエとリュウは拳を突き出し、それをコツンと突き合わせた。