騎士の誇り
盗賊が放った一撃は予想に反して小細工なしの渾身の切り落としだった。
(馬鹿正直な太刀筋だが、油断は禁物だ)
グスタフも大きく踏み込み盗賊の剣に自らの剣を打ち込んだ。
二人が切り結んだ瞬間、激しい太刀音と同時に盗賊が後方に吹き飛んで、大きな岩に激突し動かなくなったのだ。
「話がちがうじゃねえか!」
「騎士ってあんなに強いのか・・・」
「お頭はあの男に騙されたんだ!」
その光景を見て呆気にとられた他の盗賊から声が上がる。
(お頭とはさっきの吹き飛んだ盗賊だろう・・・あの男とはだれだ?)
リヒトは周囲を警戒しながら、何かおかしなところはないか注意深く思案を巡らす。
その時、頭に浮かんできたのは盗賊たちの不自然な配置であった。
(我々を囲んではいるが、一人ひとりが距離をあけすぎているようだが・・・)
「グスタフ、何かあるぞ!警戒を怠るな!」
リヒトの忠告にグスタフ振り返って頷くが、その時ある異変に気付いた。
「リヒト様!盗賊の奴らの体が・・・」
そこまで言って体が固まる。
物理的な現象では無く、背後からの強烈な殺気によるものだ。
振り返った先には盗賊たちが青白い光に包まれ苦しんでおり、背後からは聞いたこともない呪文のような言葉が聞こえる。
リヒトの視界には、気絶している盗賊の横に立つ黒いローブの人物が映し出されている。
「何かの魔法だ! その黒いローブを着ている奴を倒せ!」
リヒトの指示に対して前方の三人の騎士が、先ほどの盗賊の剣を拾い上げながら詠唱している者に突進していく。
(先ほどまで何でもなかった剣だが、奴が持った瞬間に禍々しい魔力を発しはじめた。)
「あれは魔剣の類だ!むやみに突っ込むな!」
しかし、その声が聞こえた時には、すでに魔剣は大きく振りかぶられていた。
強烈な魔剣の一撃で騎士達を両断したかに見えたが、先頭の騎士は背中に背負っていた鋼の大盾を前方に出し、もう一人は飛ばされないように後ろから支える。
素早い連携により魔剣の一撃を受け止めたところで、最後の一人が前の騎士達の横をすり抜け槍にて突きを放った。
「ヌルイ・・・」
その声は男のようだが、明らかに人間のそれではない。
その黒いローブから青白い腕を出すと、騎士の槍を掴んで手に魔力を込めはじめた。
掴まれた騎士は咄嗟に槍を離し後ろに飛び退くと、間髪入れずに二人が大盾ごと突っ込んだ。
「ワルクナイガ・・・ヤハリ、ヌルイ」
黒いローブの男は大盾を片手で受け止めながら、槍を離した左手を掲げた。
「νγρψΨηκ・・・」
意味の分からない言葉を発し終えた瞬間、光に包まれて苦しんでいた盗賊は、人の原型すら留めずに光の球体となった。
「・・・シネ」
そう呟き、黒いローブの男が腕を前方へ突き出すと、光球が騎士たちに向かって一斉に発射された。
リヒトは防御魔法を唱えようとしたが、間に合うはずもなく騎士たちは次々と光球に打ち抜かれていく。
魔法自体は騎士たちを狙っていたため、荷馬車だけは防御魔法が間に合った。
「リヒト様、危ない!!」
自らへの攻撃に気付いていなかったリヒトだが、横にいた瀕死の騎士が最後の力を振り絞りリヒトを突き飛ばした。
そのまま光球を二発喰らい、血を吐きながら倒れこんだ。
「お前たち!騎士の誇りにかけてリヒト様と荷馬車は守り抜くぞ!」
グスタフの鼓舞に生きている騎士は声を上げた。
生き残りはグスタフと槍を手放した騎士、そしてグスタフの横に控えている二人だった。
大盾を持っていた騎士とそれを支えていた騎士は、背後から光球を喰らい息絶えている。
「ユリウス、もう光球はない!そいつの始末はお前に任せるぞ!」
グスタフの命令を聞いた先ほど槍を手放した騎士は、薄らと笑みを浮かべながら腰の長剣を抜く。
その剣の刀身にはヘルバーニアの紋章と、特殊騎士団の象徴であるグリフォンの彫刻が施されていた。