第12話 ゴードン・フィラエル伯爵を暗殺せよ その②
寝ちゃいました……昨日あげるつもりだったのに……。
ということで確殺編です。ちょっとコメディかもしれないです。
「ねぇ、シスさん……信じられる?」
「…………」
僕達は一階のバイオハザードをクリアして三階まで上がり、ゴードン伯爵のいる寝室までやってくることが出来た。
この間にもちょくちょくゾンビの妨害はあったけれど、全てを撃退して寝室までたどり着いたのだ。敵の強さが一定過ぎて、対処法が分かってしまったら恐ろしい程楽に抜けられたので、正直に言って拍子抜けである。
その後、しっかりと施錠してあるゴードン伯爵の寝室ドアをシスさんのピッキングで開けて(そこそこ高級品な鍵だった)中に入って、現状を確認してつぶやいた言葉がこれである。
「こいつ、寝てるんだぜ……?」
「あのシーンは切ない」
某有名野球漫画の名シーンを思い出す状況である。いや、この人本当に寝てるけどね!
ゴードン・フィラエル伯爵はパジャマを着てスヤスヤと眠りこけていた。最初は、まさかもう死んでいるのでは……なんて勘ぐったのだが、思いっきりイビキをかいていたのを見るに、完全に寝ていると判断した次第である。ここにたどり着くまでに大立ち回りをしたというのに、何故起きないのか。それだけ自宅のセキュリティ(笑)に自信があったというのか。
「これ、このまま刺しちゃっていいんですよね?」
「ん、チャンス」
そんなシスさんの言葉は、やはり呆れが伺えるようなため息交じりだった。仕方ないよね。
「それじゃー、さくっと……」
「逝かせるのは、今度にしてくれないかな?」
部屋の奥、窓際の暗闇から僕たち以外の、何者かの声が響いた。瞬間そこに向けて右手の隠し弓を撃ち込む。今回の状態異常は対魔法使い用の麻痺矢で、詠唱妨害毒の矢である。かなりの高級品なので、一般人ではぽんぽん使えないのだが、既にマーク議長から貰ったお金で消耗品の補充が出来た事が大きい。
何故魔法使い用の麻痺矢を装填していたかというと、貴族とは幼少時には魔法学園に通うことが鉄則らしいからだ。ゴードン伯爵も例に漏れず、剣技には恵まれなかったが、魔法の才能はある程度あったらしい。資料によると、彼は氷魔法の使い手だという。
「おっと、あぶないなー。いきなり攻撃とかやめてよねー」
「んなっ!?」
完全な不意打ちだった筈だ。なのに、この何者かは避けるのではなく掴んで止めて見せた。普通の矢ならばまだわかる。しかし今放った矢はボルトと呼ばれる短い弓だ。主にボウガンなどで使用される特殊な短矢である。これを手で横から掴むなど、プレイヤーですら難しい。そもそもプレイヤーならば、武器か魔法で撃ち落とすか、魔法障壁などで防御するだろう。このゲームはあくまでリアルさを追求したゲームだ。HPが存在せず、肉体の破損状況から死亡への判定が行われるようなゲームなのだ。その中でボルトを掴むなど、常人の芸当ではなかった。
「誰?」
シスさんがドスの効いた低い声で威圧をかけながら質問する。残念ながら、可愛い声から脱せずに怒った子供の声にしか聞こえない。可愛い。でも、そんな事は絶対に言わないんだ。だって、今の僕も似たようなものだろうからね!
「いきなり攻撃しておいて、誰? はないんじゃないかな……暗殺稼業のド底辺さん?」
かなりの余裕さを前面に出しながら、彼はこちらへと歩を進める。その姿が月明かりに晒され、顔を見ることが出来た。ウェーブのかかった金色の短髪に、貴族と思しき豪奢な服装。180cm程の身長には似合わず、女性の様な妖艶さを匂わせる美しい顔の青年、その人物に僕は見覚えが……ないな。
「誰だ!?」
「誰?」
「………………」
僕とシスさんが二人して再度問いかける。すると何故か彼は俯いて拳を握り、ぷるぷると震わせている。何だと言うのだ、彼は何者なのだ、しかし今は仕事が優先だ、さくっと殺してしまおう。
「この僕を知らないなんて、君達はどこの田舎から出て来たんだい? この町の子達はみんな僕にメロメロなんだ、なのに僕の事を知らないなんて……笑っちゃうよ!!」
叫ぶと同時に、氷柱を飛ばしてくるイケメン。爆発しないかな?
しかし、いきなり魔法を使うなど想定内の事なので、すかさず散開することで回避する。するとさっきまで立っていた場所に巨大な氷柱が三本刺さっていた。ゴードン伯爵は未だにすやすやと夢の中だ。この人、大物すぎる。ハゲブタの癖に!
「何故……ゴードン伯爵が起きないのか……そう思っているだろう?」
「…………」
確かに思っているけど、そんな事より始末が先なんだけどね。
「教えてやろう、僕は最近とある魔法を手に入れてね。そのおかげで更なる高みへと昇ることが出来たのさ」
何いきなり語り始めてるんだろうこの人、ちょっとどころか凄くうざい。あ、今のうちに仕留めちゃおうかな? そろりそろりと対象に近づく。この人が護衛だったとして、何故部屋内部で待ち伏せの様な真似をしていたのかという点も気になるけど、仕事を終えてしまえば問題ないよね。
「僕は最近ある魔法を手に入れてね、その魔法は【夢魔法】と言って、自らの夢と現実を繋いで夢の支配力を持ったまま現実に干渉するという、素晴らしい魔法なのさ!」
そろり、そろり。もうちょっと……。
「そうさ、ゴードン伯爵が何故眠っているか……それは、僕こそがゴードン伯爵本人だからさ!!」
えいっ!
さくり。
ボワッ。
「え、ちょ、何してくれてんの!?」
何だか長くなるような気がしたので、全力で無視して刺してみたんだけど……おお、よく燃える。さすが脂肪の塊。
「ぎゃああああああああああああああああああああ、僕の体があああああああああああああああ!?」
よくわからない言葉を吐きながら、必死で火を消そうとするイケメン(笑)。しかしの甲斐も空しく、こんがりと焼けた大き目のヒトガタがベッドに出来上がった。これで、お仕事完了ですね!
「…………」
シスさんは一言も喋らずに、事の成り行きを見守っていた。というか固まってる? 何で?
「夢魔法……」
「そう言ってましたね?」
「カエデ、その青年も殺して」
「え? 何でですか……?」
シスさんにしては珍しく、焦ったような、怯えたような口調で言葉を続ける。
「今殺したのはただの殻。その青年が、今のゴードン伯爵」
「いやいや、あの脂肪達磨は昔から太っていて、魔法学園ではサッカーボールってあだ名が付いてたんですよね?」
「青年期のゴードン伯爵かも、とにかく攻撃!」
「あ、はい!」
鞘に納めた小太刀・茜を再び抜刀し、ベッドに両手を置いて呆然とする金髪イケメンを見据える。彼は何かつぶやいている様だが、燃えカスのブスブスいう音が邪魔して上手く聞き取れないでいた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやるぞ! 貴様らは他の死体の様に綺麗な状態では残してやらない! ボロボロに、無残に、肉と血の赤を撒き散らしながら死ねえ!!」
青年期のゴードン伯爵(仮)は、鬼のような形相で僕たちを睨んでくる。僕が何をしたって言うんだ。
ゴードン(仮)は両手を前に突き出し、呪文の詠唱を始めた。
「世界を包む水よ、時を司る氷の女神よ、我の願いに応えよ。我は幾千の夢を渡りし者、我は常世の氷を統べる物、我は時の女神を犯し者……」
最低だこの人、時の女神様がレイプされているなんて今はじめて知ったよ。神界には警察は無いのかな、むしろ精神科医くらい欲しいんじゃないかな。さっき燃やした豚人間は万死に値するね!
「全てを氷に、全ての時を止めるが如く、かの王の心酔せし狂瀾の宴を開け。彼は天に、彼は水に、彼は鉄に……」
強大な魔力がイケメンの前に収束していく。それが膨大すぎるのか、部屋の調度品は吹き荒れる魔力の奔流に吹き飛ばされ、所々でガシャーンと破壊音が鳴り響く。ああいうのって高いんじゃないかな? それにしても詠唱長いな。
「我が願うは災厄の時、常世の冷気で凍えさせ、我が前に立ちはだかる敵を駆逐せよ!」
一気に魔力が収束していく。しまった、こんなに詠唱が長いなら詠唱中に攻撃すればよかった。というか、詠唱呪文なんて僕達プレイヤーにとっては詠唱時間の暇つぶしに言うくらいの代物だし、普通に使わなくても問題ないからなぁ。でも呪文の内容からして、ものすごく強そうな魔法が来そうだ。失敗したかなぁ?
シスさんを横目に見てみると、いつでも逃げられるように準備している。恐らく魔法の解放と同時に、その余波を使って逃げ出そうとしているのだろう。僕もそれに倣う事にする。
「彼方より来たれり流星の獅子よ、その咢をもって紅蓮の炎を撒き散ぎゃあああああ!?」
「長い」
どうやらまだ続くようだった詠唱に、シスさんが我慢できなかったようだ。自称ゴードン伯爵の胸には大きな穴が開いていた。今何をしたのかさっぱり分からなかった……魔法? 武器? スキル? それにしても、こんなどでかい穴を開けられる称号、スキルアビリティなんてあったっけ? さすが暗黒卿、謎すぎる。
「私が殺っちゃった……」
「えっ! でも僕寝てるゴードン伯爵は殺りましたよね!?」
「ん、夢魔法って言ってたから、多分こっちが本体……というか、精神体?」
「精神体?」
「ん、夢魔法には二種類ある。他人の夢に入る魔法と、現実を浸食する魔法」
「へぇ、強いんですか?」
「強い、はず」
「はず、ですか……」
実際、目の前でさっくりと殺られてしまっているのだから、強いとは言えないのかもしれない。
「シスさん、今日の初仕事ってどうなるんですかね?」
「んー、半分?」
「ですよね、やっぱり……」
結局、僕の初仕事は半分成功、半分失敗で終わってしまいました。
頑張ったんだけどなぁ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おお、ゴードン・フィラエル伯爵よ、死んでしまうとは情けない」
「………………」
先ほどまでカエデ達がいたゴードン伯爵の部屋に、もう一人招かれざる客が来ていた。いや、招かれていたのかもしれない。何故ならその男も魔術師であり、この屋敷に徘徊するゾンビを作り上げた死霊術師、そして……。
「俺の共犯者が、この程度で死んでいいわけがないだろう?」
街の少女の行く先は、死の先は、全て彼のところだったのだから。
「さぁ、蘇れ。貴様の氷魔法と夢魔法、俺が役立ててやるぞ」
怪しい灰色の光が焼け焦げたゴードン伯爵を包み込み、生前の姿を取り戻していく。
【死体美化】腐敗しきった肉体を修復したり、酷い状態の死体を修復する魔法。しかし、失われたゴードン伯爵の魂が戻る事は無く、虚ろな瞳の豚人形が出来上がっただけだった。
「ふふふ、これで夢魔法も氷魔法も俺のものだ……」
【死霊支配】支配下に居れた死者の能力を、使用者が使えるという魔法技術。他にも便利な使い道はあるが、この男は魔法以外に価値は無い。エネルギーパックにでもなってもらう。クックック……。
「待っていろ運営よ、俺は必ず現実に行ってやる!」
小さな世界の中で、彼は反逆を開始した。
死んじゃいましたね、あっけなく。まともな戦闘したら死んじゃいますしね、カエデくん。
さて、そういえば説明し損ねていた部分の補てんです。
このゲームにHPは存在しません。MPはありますが、HPは無いのです。
本文に書いた通り、肉体の破損状況がHPの代わりとなっています。
欠損があれば失血死、強攻撃を受ければショック死、毒を受ければ一定時間ランダム死と、状態異常万歳なゲーム設定です。
ただし、レベルが上がれば怪我や状態異常の耐性が出来るので、簡単に死につながることはありません。このゲームでのレベルとは、他者に与える傷の深さを司るのです。
前回、高レベルモンスターに対して、カエデくんの攻撃が効いた理由は、まず小太刀・茜が高ランク武器であったこと、特殊能力と装備の兼ね合いで確実に状態異常となる状況を作り出していたこと。敵がゾンビの場合、マスターのレベルに左右されるが炎耐性が限りなく低い事、が原因です。
もしノーマル装備と普通な武器で乗り込んでいたら、いかに元高ランクプレイヤーとて即死級の状況でした。さすが、忍者きたない。




