表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サトリの友達  作者: 李雨
4/24

アジサイ

「お前が、また人間に興味を持つなんてね・・・」


声は至近距離から聞こえた。

「九郎か・・・。」

そちらを振り向かずに、声だけかける。

彼はカラス天狗だ。

昔の遊び仲間の九郎義経が忘れられず、名前をいつの間にか九郎に変えた。

そして、いつか彼の生まれ変わりが帰ってきたら、また一緒に遊ぶのだ、とこの高校に居続けている。


「力を使えばいいのに」九郎が簡単に言った。

「同じことを繰り返す気はないからね」

それだけ答える。

九郎の顔を見ようと体勢を変えたら、窓の外のアジサイにかかる雨がまた目に映った。

サトリの記憶があの頃に戻っていく・・・。



サトリが初めての恋をしたのは、100年以上も前の話だ。

初夏の日差しの中、迷い込んだ杜の中で偶然あったサトリに人懐こい声をかけてきた。

杜の入り口へ送り、ここは妖の杜だと伝えたのに、彼女は怖がらなかった。

本当に妖だと思ってなかったのかもしれない。

だが、それだけで、サトリにとっては新鮮だった。

時々、入り口で会って話をするようになり、何時間も話した。

その中で、時々、彼女の話にある男が登場するようになった。

庄屋の息子だというその男は、随分しっかりした男のようだった。

その男の話を聞くたびに、なぜか胸が痛かった。

それが、初めての恋だと知ったのは、彼女が失恋して泣いたとき。


庄屋の息子は、商家の娘を娶ることになったらしい。

村の人間は、町にあるものにあこがれ、そこの可憐なお嬢さんを気に入った。

町の人間は、村の男の町人にはない覚悟や逞しさに惚れた。

そして、両家は米を通じて盛り上がる。

それだけのこと。

時々話すだけの小作農の娘など、文句をいう筋合いすらない。


彼女の涙に、サトリは彼女を慰めるために初めて懐に抱きしめ、恋心を認めた。

自分は彼女に傍に居てほしいのだ、と。

「お前が好きだ」

抱きしめてささやいたその言葉に、彼女は逃げ道を見つけた。

自分の辛い失恋と一人で男のことを考えてしまう悲しみから、逃げたのだ。

サトリを受け入れた。

サトリはその偽物の恋を知りながら、それでも、自分の希望だと受け入れた。

いつか、本物になることを祈って。


だが、人の立ち位置はいつも簡単に変わる。

いつしか庄屋の嫁は、退屈な農村の暮らしに飽きた。

飽きてしまえば、たくましかった夫も、ただの無骨ものである。

その夫も、また、町生まれの可憐さが、村では役に立たないことに戸惑った。

くだらないことに騒ぎ立て、つまらないと言い続ける嫁にだんだん距離を置くようになる。

そうした折に、思い出すのは、友として話した昔馴染みであり、気さくな少女だった。

妖の杜の傍に男と住んでいる、と聞き、のぞきにいった。

顔を合わせ、話をし、現在を愚痴る。

辛い境遇にいる、と愚痴る男に対する憐憫からか、昔の思いが再燃するのは早かった。

サトリはそれを知りたくもないのに、知ってしまった。

だが、男には嫁と別れる気がないのもわかっている。

サトリは彼女に術を掛けた。

「彼のことは忘れなさい」と。

忘れたはずだった。

なのに・・・彼女は村の方角を見ると、無意識に泣くのだ。

サトリがいれば、そちらを見て楽しそうに笑っているのに、彼がいなくなった途端、村の方を無意識に向くのだ。そして、ハラハラと涙をこぼした。

ちょうど、梅雨に入り、縁側の傍のアジサイが雨に打たれていた。

それが彼女の涙のように見えた。

翌日、彼女が寝ている間に、すべてのアジサイを根本から切って捨てた。


なぜ泣いているのか、わからない。

術は完璧にかかっている。

まさにお手上げで、サトリは、泣く彼女を見たくないために家から出なくなった。

ずっと、彼女の傍にいる。そうすると、彼女は村も男も忘れていられるのだ。

自分を本当に好きと思っていないのがわかっていて、嫁にはできなかった。

淡いサトリの恋は、『愛』に育たずに、『憐憫』になってしまった。

サトリは、そのまま、彼女が老いて死ぬまで傍にいるしかなかった。

決して自分のものにならなくて、そのくせ、目を離すわけにいかなくて・・・。

世話をして、笑わせて、・・・でも、いつも、彼女はあの男のものだった。

かわいそうに・・・。彼女をみてそう思う。

あんな奴を好きになって。

こんな奴に世話になって。

そんな生活は、かれの精神をちびりちびりと削り、幸福感を失くし、寂しさを増長した。



100年以上かかった、次の恋まで。

それは、つまり、サトリがやっと心の傷をふさげたということなのかもしれない・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ