3話目 秋海棠の間違い
秋海棠視点。ヤンデレ嫌いな方はバック推奨です。
一目で、恋に落ちた。
艶やかな黒髪は、光に当たると青みをおびて煌く。
長い睫毛。目は大きくてこぼれそうで。
人形のよう……いや、どんな人形より、綺麗で可愛らしかった。
でも、それが恋だと自覚したのは随分後になってからだった。
ただ、彼女が、美佳子が可愛くて、綺麗で、一緒にいたかった。
桔梗家は古く、由緒ある家柄だけれども、それだけはなかった。
所謂名家と呼ばれるような家でも、落ちぶれているところも多い。桔梗家は派手な権勢を誇るようなことはなかったが、手堅い事業を続ける立派な家だった。
対して、私の家は一言で言えば成り上がり。
金だけはあるが、桔梗家から見下されてもおかしくないような家だ。
成り上がった家が次に欲しがるのは家柄。
秋海棠家が桔梗家との結びつきは、秋海棠家に利はあっても、桔梗家にはさほど利はない。
だから、婚約できたのは、美佳子が望んでくれたからだった。
嬉しかった。
綺麗で可愛い美佳子。
私の後を懸命についてまわる姿。
私の姿を見つけると、花のように笑う。
その笑顔を、他の男には見せたくない、そう思った。
ずっと、美佳子以外の女には興味がなかった。
私には美佳子だけで、美佳子にも私だけ。
それで良かった筈だったというのに。
何時からだろうか、美佳子が私に向ける想いと、私が美佳子に向ける想いが違っていた。
可愛い美佳子。
私だけの、美佳子。
でもそれは、美佳子の全てが私のものである訳ではない。
美佳子は、桔梗家の娘で、家族がいる。
それは当然のことで、彼女の周囲に人がいるのはおかしなことではない。
私には、それが理解できていた。
けれど、美佳子は。
私の全てを求めた。
他の女生徒親しくしないで欲しい、ということなら分かる。
私だって、他の男が美佳子に近づくのは許せないし、親しくするなんてもっと許せない。
家族や使用人、護衛に男性がいるのは、仕方がないと諦めたが。
私達はまだ学生で、親の庇護下にある。
当然、家族や教師、他の生徒と全く関わらずに生きることは不可能だ。
美佳子は、それを嫌がった。
美佳子と私、二人きりで。二人だけで。二人の為だけの生活を望んだ。
不安なのだ、と思った。
将来の約束だけでは、心許無いのだと。
だから、より強い繋がりを持てば落ち着くのではないかと考え、身体を求めた。
それが間違いだったと気付いたのは、行為の後だった。
美佳子の束縛、依存はより強くなった。
そんな時に、蝶子と会った。
彼女は、不思議な女性だった。
明るくて、元気で、するりと私の心に入り込んできた。
今にして思えば、私はおかしかった。
あれほど愛していた美佳子より、会って数ヶ月の蝶子を選ぼうとするなんて。
美佳子も、おかしかった。
私が人と関わることを嫌がるのに、生徒会の仕事が忙しいという言葉を鵜呑みにしていた。
両親もだ。
普通に考えれば、いくら日向家が古い家柄だとはいえ、今は普通の家庭だ。桔梗家を敵に回すような真似をしてまで欲する価値はない。
いや、全て言い訳に過ぎない。
私は。
美佳子が。
美佳子の想いが。
怖かったのだ。
だから、蝶子に逃げたのだ。
私は、間違えてばかりだ。
私を失った美佳子がどのような行動に出るかなど、少し考えれば分かることだったのに。
違う。
私は、私が望んだのは。
こんな結末ではなくて。
自室で謹慎していた私は、久しぶりに家から出た。
両親と共に向かったのは、桔梗家。
謝罪の為だ。
今回のことで、桔梗家の怒りを買ってしまったのだから。
桔梗家の方々の前で、両親が見苦しく言葉を紡いでいる。
婚約破棄を言い出しのは私の一存で、秋海棠の本意ではない、と。
桔梗家が真偽を見抜けない訳がない。余計に心証を悪くすることに気付かないのだろうか。
予想通り、桔梗家は既に両親が日向家を選んだことを知っていた。
蝶子の両親の対応の方が良かったとも言っていた。
あちらは、私の両親と違い、何も知らなかったらしい。
ただ、蝶子に好きな人が出来て、両想いになった、ということだけを知っていた。
婚約者がいると知っていれば、娘を諌めたと告げたそうだ。
その上で、娘の行動を詫びた。娘の不始末は親の不始末である、と。謝って許されることではないが、罰はいかようにも受ける、と。
その潔い態度に、怒りを緩めたらしい。
確かに、見苦しい両親の態度とは全く違う。
そして、美佳子の父、直継さんが私に目を向けた。
「佳貴君、君はどうやって償うつもりだね」
その言葉に、私は薄く笑った。
「罪を償うつもりは、ありません」
私の言葉に、桔梗家の方々は勿論、両親も顔色を変える。
非難の声を上げようとした方々を、直継さんが抑えた。
「では、何をするつもりだ。罪を償うつもりはない、ということは、他のことをするつもりがある、ということだろう」
流石直継さんは、私の意を察したらしい。
そう、私は罪を償うつもりはない。
私がしたいことは、そうではないのだ。
「美佳子は、未だ意識不明の重態であると聞いています」
見舞いに訪れることは許されなかった。だから、正確な容態は分からない。
「もし、美佳子の意識が戻らないようなことがあれば」
私は直継さんを見つめて言った。
「美佳子の後を追いたいと思います」
何度も間違えた私の出した結論は、これだった。
美佳子の想いが怖かった。
その想いに押しつぶされそうで、怖いと思っていた。
だが、違ったのだ。
本当に怖かったのは。
その想いを嬉しいと思う自分と。
それ以上に美佳子を求める自分の心だった。
美佳子を自分の腕の中に閉じ込めて、誰にも渡したくない。どこにやりたくない。美佳子の目に映るのは、私だけでいい。美佳子の全てを自分のものにしたい。
閉じ込めていたその想いが、あふれ出してしまうのが怖かったのだ。
美佳子。美佳子。美佳子。美佳子。美佳子。みかこ。みかこ。みかこ。ミカコ。ミカコ。ミカコ。
今私の目に映る世界に色はない。
唯一の色は、目に焼きついた美佳子の血の色。
あの、赫い、色だけ。
美佳子を失って、私が生きていける筈がないのに。
どうしてこんなことに気付かずに逃げようとしたのだろう。
「それは、償いではないではないのですか」
美佳子に良く似た女性が、青い顔色で問う。
いや、美佳子が似ているのだろう。彼女は美佳子の母親なのだから。
「いいえ。償いではありません」
私は応えた。
「私のしたことは、何をしても償えることではありません。これは私の望みです」
そう、償いなどではないのだ。
美佳子のいない世界に、何の価値も見出せないだけ。
「一度は約束を破ってしまいましたが、今度こそ、約束を守ります」
ずっと一緒にいる、と。
死が二人を別かつまで。いや、死した後も共にあろう、そう約束した。
「ですから、私は美佳子の元に逝きます」
私の身柄は、美佳子の容態がはっきりするまで、桔梗家預かりとなった。
私の言葉の真偽を確かめる為なのか、それとも自殺を止める為なのかは分からない。
桔梗家の方から見れば、私は殺したい程に憎いだろう。
だからこそ、あっさり死を許してもらえない可能性がある。楽になることは、許さないと。
それでも、美佳子が死ねば、私も死ぬだろう。
私の心を占めるのは、美佳子だけなのだから。
部屋の扉が、開いた。
入ってきたのは、直継さん。
美佳子の容態が変わったのだろうか。
「佳貴君、美佳子は…………」
ヤンデレ怖いと思って逃げようとした男の方が、もっとヤンデレだったというお話でした。
蝶子は考えなしだったから自業自得ではありますが、ヤンデレの痴話喧嘩に巻き込まれただけのような気がします。
佳貴は既に美佳子ちゃん以外どうでもいい状態に入ってるので、両親に対する評価が酷いこと。
さて、美佳子ちゃんは助かったでしょうか。
助かったとしたら、佳貴とヤンデレカップルとして二人の世界を築くのでしょう。
もし助からなかったとしたら、佳貴が後を追うでしょう。
お好きなほうをご想像くださいませ。
読んで頂き、ありがとうございました。