国主
アユムはツボミが連れ去られた方向に駆けながらすぐにフレンドウィンドウを開き、数少ない名前の中からツボミの名を探し出しポンと指先で叩く。彼女の簡単なプロフィールなどの情報と共にいくつかのボタンが表示される。その中のフレンドサーチに迷わず触れる。すぐに別のウインドウが開きここら辺の地形を簡略した地図と黄色の光点が点滅している。これはフレンド登録したプレイヤーの現在地点を大まかに教えてくれる機能だ。ただダンジョンにいる場合は使えない。
だが今回はそのことは全く心配ない。ツボミを示す光点は二人が向かっていた議事堂に入ってから止まったからだ。アユムはウインドウから目を離しギアをトップに入れて全力で議事堂の中に突入する。中には一般のプレイヤーに混じって忙しそうに働いていたプレイヤーもいきなり飛び込んできたアユムに怪訝な視線を向ける。アユムは気にもかけずにウインドウを操作して館内の構造図に切り替えてツボミの場所を探す。ツボミの光点は最上階の一室で止まっている。アユムは最短ルートを弾き出し、プレイヤーの間を縫う様に走り、正面の中央階段を一足で昇り建物の端にある最上階に通じている階段を目指して赤絨毯が引かれた廊下を風を切って爆走する。途中ですれ違うプレイヤーも何事かと驚いた様子でアユムを見るが構っている暇はない。すぐに階段の下に辿り着き勢いを殺さずに足を踏み切り階段の踊り場の壁に飛び付きそのまま三角飛びの要領で階段に足を乗せるまでもなく最上階に辿り着く。
そしていくつも並ぶ扉のその中でも一際豪華で華やかな扉を蹴り開ける。
「ツボミさん!」
部屋に飛び込んだアユム。そして目に飛び込んできたのはベッドの上に押し倒されたツボミとその上に覆い被さるオフゴールドの髪をポニーテールにした女性がこちらを向いた。二人の後ろにユリの花が咲き乱れている絵が写ったのは気のせいだ。
「あら君も可愛いじゃない」
の女性がアユムの姿を上から下まで吟味してそう呟いた。
「へっ!?」
「アユム逃げなさい! じゃないと!」
「うん。君も頂きますそしていただきます!」
「なんで二回言いました!?」
アユムが突っ込んだときにはすでにアユムの隣に移動しており、いきなし首根っこを掴むとそのままベッドの方に放り投げる。
「うわっ!?」
アユムの体を簡単に持ち上げ放物線を描いてベッドの上に軟着する。だがアユムはすぐさま体勢を立て直し女性を真正面から見た。切れ長の目、それを覆う長いまつ毛、その意思を助長するようにきりっと引き締まった口元。ツボミの雰囲気とは全く違うベクトルのだけどどこか似ていると感じる綺麗な女性だった。
「にゅふふ。今日はついてるわ。可愛い子が二人も手に入るなんて」
その切れ長の目をきゅっと猫のように細め獰猛な捕食者の様な雰囲気が漂う。だがアユムも彼女が言った一言に引っかかりを感じて反論せずにはいられなかった。
「可愛いって僕は男ですよ!」
そう言うと女性は、きょとんとした目をしたがすぐに戻り、
「あら、そうなの? でも全然可愛いし女の子の格好させれば全然大丈夫そうだし。うん全然問題ないわ!」
「いや全然あると思いますけど!?」
アユムは狼狽する。当たり前だ。それに中性的な顔立ちはアユムのコンプレックスの一つでもあるのだからここで反論しないとアユムの沽券に関わる。
「いい加減にしなさいフィリアン! いきなり連れて来てびっくりしたじゃない!」
「いや~ツボミが可愛かったからついね」
頭を掻きながら気恥ずかしそうに笑うフィリアンと呼ばれた女性その名前の聞いた瞬間アユムは驚き慌てふためく。
「フィリアンってランカー二位で日本のトップのフィリアンさん!?」
「よろしく。改めまして自己紹介ね。私がランカー二位の〝驟雨の槍〟フィリアン。この日本を治めてるトップよ。好きな物は可愛い者と可愛い物と可愛いモノ!」
ニュアンスを若干変えて違いを表現したのだろうがアユムにはとりあえず可愛いモノが好きなんだなとしか伝わらない。
「ああ……はいよろしくお願いします。僕はアユムと言います」
気押されながらもどうにか挨拶を返すアユム。ランカー二位さっきまで話題にしていたプレイヤーが目の前にいる。だが想像していた人よりも少しいやかなりいやいや全然違っていてアユムは戸惑う。
「ん? どうしたのかな?」
「あ、いえ……ちょっと思っていた方と違っていたものですから……」
「あまりにもカッコ良過ぎて惚れ直した?」
「いえあまりにもバカっぽくて幻滅しました」
馬鹿正直に答えるアユム。基本的に嘘を吐くのが苦手なのだ。本日二度目のポカン顔を晒すランカー二位は思い出したように大声で笑い出し更には手まで叩き出す始末だ。
「気に入った! アユムあんた正直だね。私はあんたみたいなバカが大好きだ!」
しばらく笑った後、フィリアンはアユムの首に腕を回しその手でバンバンと胸を叩く。
「ねえあんたも今度の領土戦に参加するんでしょ。私とパーティ組まない? ツボミを攫ったのも私のパーティに誘う為……と思わず可愛くってやっちゃったんだよね」
この女好きもとい可愛いモノ好きの国のトップは衝動的に人を攫ってしまうほど行動力に溢れているようだ。国を引っ張る為にはそれだけの力がいるのだろうか……迷惑極まりない。
「僕はツボミさんが良ければ構いませんが、どうですか?」
「フィリアンが暴走しないなら私は構わないけど……暴走しない?」
「……善処します」
フィリアンはツボミの視線から逃れ、目を泳がせながら小さい言葉で呟いた。
「良し、アユムさっさと下降りて手続きして帰るわよ」
「待って待って! 我慢する我慢するから! 一緒にパーティ組んでよ!」
「信用できない」
一言でバッサリと斬り伏せたツボミ。取りつく島もないとはこういう事をいうのだろう。
「まぁまぁツボミさん。なら罰則を付けられたらどうですか? 暴走したら何かフィリアンさんに罰を与える様な」
「なるほど、ならフィリアン暴走したら……」
「したら?」
そこで一度言葉を切って溜めを作り、わざと低くした声でゆっくりと言う。
「ブラックリストにぶち込んであげるね」
にっこりと笑い言い切ったツボミ。そしてがっくりと肩を落とすフィリアンという対極の二人が出来上がった。ちなみにブラックリストに入れられるとプレイヤーの設定にもよるが究極的にはプレイヤーを視覚に映らないように設定する事も出来る。ツボミがそこまでやるかは定かではないが、ブラックリストに入れられるということはそれだけで不名誉な事なのだ。
「……肝に銘じて暴走しません」
深く項垂れるフィリアンこれだけ念を押しとけば流石に言いつけを守るだろう。
「それじゃ私達は下で手続きしてくるね。行こうかアユム」
「はい」
「ああ手続きは私の方でやっとくからどれで行くのかだけ教えてくれる?」
「そう。ありがとう、私達はスペードで行くつもりだよ」
「なるほどじゃあ私もスペードっと。後は、はいアユム、私のプレイヤーカードだよ」
ウインドウを開いて操作し、カードを送信する。
「はい僕のもお送りしますね」
同じようにカードを差し出すアユム。そしてそのままツボミは手を振りながらアユムは律儀に一度礼をして立ち去った。
読んでくださった方ありがとうございます。