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Sheep are singing the lullaby. ~歌っているのは羊たち~

作者: 伊ノ舟 出海

男はVサインを振りかざし、言った。


「……いよいよ明日はクリスマス。加奈子さんとの初デートの日だぜ。」


初デートの日という表現に『加奈子さんとの』という余分な修飾語をひっつけているあたりがプライドというものなのだろう。しかし、かえって惨めである。


「10時にハチ公前か……。今日は充分に睡眠を取らなくっちゃな。」


睡眠不足はお肌の大敵……という女性の受け売りを男は信じていた。

パジャマに着替えてベッドに入る。

男は安らかな眠りに……入れなかった。


「ええい、くそっ!! なんで眠れねぇんだ!!」


男はヒスを起こした。

妙な緊張から気が高ぶっているらしい。


「そうだ。こーゆー時は羊を数えるって昔から相場が決まってるんだ。大丈夫。おれは数学が死ぬほど苦手だ。算数だって嫌いだった。数なんか数えて見ろ。拒絶反応を起こしてすぐにでも眠っちまうぜ。」


独り言を言い、男はガッツポーズをして気合を入れた。

早速羊を数えた。


「羊が一1匹……。」


ポンッと羊が飛び出してきた。

その羊は男の脳裏に現われるなり、苦労してマスターした人間の言語でゆっくりと歌い始める。


ラ・ラ・ラ・ラ・ラ・バ・イ……。


「なかなかよい按配だ。」


と男は思った。


「羊が二匹……。」


男の言葉が新しい羊を誘った。

ソロだった子守唄がヂュエットになった。


「羊が三匹、羊が四匹……。」


ヂュエットがトリオ、トリオがカルテットへと展開する。

そして数時間後、悲劇は起こった。


「……羊が三百五十四匹……。」


男は三百五十四匹目の羊を呼び出した。


ラ・ラ・ラ・ラ・ラ・ビー!!


三百五十四匹目の羊が音を外した。

途端に男は目が冴えた。


「……いかん、目が冴えてしまった……。……水でも飲んでくるか……。」


男は階下へと向かった。


数分後に戻ってきて再開する。


「羊が三百五十六匹。」


『ウソーッ!!』


男の脳裏で一匹の羊がヒステリーを起こした。

三百五十五匹目の羊だった。


『次は私の番でしょ!? 順番抜かしもしないでちゃんと待ってたのよっ!!』


男はそれに気づく気配もなく、新たなる羊を呼び出しにかかった。


一時間後、ついに四百十一匹目の羊が発狂した。


『もうやってらんねぇぜ!! この男さっきから俺たちの順番を間違えっぱなしで、俺なんかもう五回も名指しされたんだぜ!!』


『何言ってるのよ!! 名指しされるだけマシでしょ!!』


これは三百五十五匹目の羊。

出番がなかったことを根に持っているらしい。

とにかく羊たちは皆イライラしていた。

12月23日からこっち、羊を呼び出す人間が異常に多かったのだ。

不眠不休で頑張ってきた羊たちではあるが如何せん『不眠不休』→『注意力散漫』→『不祥事勃発』という極めて単純な公式を知らなかった。


羊たちの間に以下のような騒動が勃発したのは四百六十九匹目の羊が力なく飛出して行った後だった。


『おい、四百六十八番目の野郎が勝手に四分の三拍子に変えちまったぜ。』


『大変だっ!! 一番の親父が貧血でぶっ倒れた!!』


『七番、ノドにポリープ発生!!』


羊たちは口々に彼らの言語を叫びはじめた。こうなるともう収拾不可能である。

男の脳裏にはけたたましいほどの羊たちの鳴き声が響き渡った。


「うぉーっ!! 眠れねぇ!!」


男は叫んだ。

そして重大な事実が発覚する。


……朝だった……。


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