春風
花吹雪が、舞った。
『春風』
ひらり
花びらが一枚、こぼれた。
また一枚、また一枚と、風が吹いては散ってゆく。
寄りかかっている桜の木からは、心なしか、温かい鼓動が伝わってくる。なんとなく気になって、木に腕をまわし、耳を当ててみた。
トクトクと心音が聞こえた気がしたけれど、それは自分のものだった。
「何してるの?」
声がする方を見ると、不自然な距離に君が立っている。
座っている私とは違い、立ちながら木に寄りかかる君。
(隣にくればいいのに)
気恥ずかしくて、言わなかったけど。
「桜、温かいから。」
「そう?」
「うん。」
上からふってくる質問に、私は淡々と答える。
距離感が、もどかしい。
(友達……じゃ、ないよね。ふたりきりだし。)
ひらり
(でも、付き合ってなんて言われてない。)
ひらり
(……付き合おうとも、言ってないけど。)
風が吹いて、花びらが飛び、地面に落ちる。繰り返して、繰り返して、無意味な輪廻。
穏やかな陽射しに、目を閉じた。あたたかな西風が、頬を撫でる。
サラサラ
ああ、そんな音色が、聞こえてきそう。
ふと近くに気配を感じて、私は瞳を伏せたまま、手探りに手で地面を這った。コツン、と私の指と君の指先が触れる。
それに少なからず驚いて、瞳を開ければすぐ目の前に君の顔。
更に驚いて、目を見開く。
君は、柄にもなく真剣な顔して、目がそらせなかった。
君の手が、私の頬に。自然と距離が縮んでいく。
ユラユラ
花びらが揺れて
(付き合ってなんて言われてないけど)
ザァッと強風が吹く。
(…付き合おうとも、言ってないけど。)
桜吹雪、ふたりを包んで、ふたつの影が重なった───
春風が
吹いて舞うのは
花吹雪
初めて交した
キスの余韻