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一度死んで可愛い年下令嬢に転生した私、かつて母親代わりに育てた少年に夜会で見つかり、「もう二度とお母さんなんて呼ばない、俺の妻になれ」と逃がしてくれません!?

作者: もも子
掲載日:2026/07/03

「……アンナ、嘘だろ? 目を開けてくれ、お願いだ……!」


視界が、かすんでいく。


冷たくなっていく私の手を、小さな、でも必死な強さで握りしめているのは、12歳になる私の可愛い息子、シリルだった。


前世の知識があった私は、平民の薬師として田舎町で暮らしていた。


生まれつき、体内の魔力を他人に分け与えて癒やすという、世にも珍しい特異な魔力を持っていた私は、数年前の雪の日、死にかけて行き倒れていた記憶喪失のシリルを拾った。


当時の彼は、何者かに強力な呪毒をかけられており、息も絶え絶えだった。


私はこの幼い命をどうしても救いたくて、自分の命の核とも言える魔力の半分を、彼の体内に直接流し込んで呪いを解いた。


それが、世界にたった2つしかない、私たちの魂の対となる魔力の始まりだった。


それから私は、ガリガリに痩せていた彼をなんとか食べさせようと、必死に畑を耕し、栄養のある食事を作って母親代わりに育ててきた。


最初は心を閉ざしていたシリルも、今では私を世界で一番大好きなお母さんと呼んで、私のエプロンの裾を掴んで離さないほど慕ってくれていたのに。


無情にも、魔力を半分失って免疫の落ちていた私の身体は、流行り病に侵されてしまった。


「シリル……ごめんね。ちゃんと、ご飯を食べるのよ……。お野菜も, 残しちゃ、だめ……」


「嫌だ! お母さんがいない世界なんて、俺には何の意味もない! 置いていかないで……!」


アメジストのような美しい紫の瞳から、大粒の涙を流して泣き叫ぶシリル。


その声を遠くに聞きながら、私の意識は完全に途絶えた。




「――エルシーお嬢様、そろそろお目覚めの時間ですよ」


優しいメイドの声で目を覚ましたとき、私はふかふかのベッドの上にいた。


そして、鏡を見て、私は絶句しそうになった。


そこに映っていたのは、ふんわりとした蜂蜜色の髪に、若葉色の瞳を持つ、見知らぬ美しい少女。


どうやら私はあの後、隣国の貧乏伯爵家の令嬢エルシー16歳として生まれ変わってしまったらしい。


身体は変わっても、前世のあの特異な魔力は、私の魂にしっかりと受け継がれていた。


中身がアラサーの私の母親心は、生まれ変わってもちっとも消えず、いつもシリルのことを想っていた。


『あの子、ちゃんとご飯を食べているかしら。』


そんなある日、我が家にラングレイス皇国の現皇太子が主催する、大規模な王宮夜会への招待状が届く。


貧乏伯爵家の娘である私は、親の面目のために渋々出席することになってしまった。




きらびやかな王宮の大広間。


美しいドレスを着た貴族たちが談笑する中、地味なドレスの私は完全に壁の花と化していた。


そのとき、会場の空気が、一瞬でピシッと凍りついた。


「皇太子殿下、お入りです――!」


大広間の大扉が開き、現れたのは、一人の男性だった。


軍服を模した漆黒の礼服に身を包んだ、すらりと背の高い、圧倒的な美貌の青年。


誰もが見惚れるような艶やかな黒髪。そして、周囲の人間を塵芥のように見下ろす、冷酷なアメジストの瞳。


私の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。


間違えるはずがない。あの美しい紫の輝き。


シリル……!?


脳内が大混乱に陥る。あの子、この国の皇太子様だったの!?


っていうか、あんなに小さくてお母さん、お野菜にがーいって泣いていた甘えん坊が、なんであんな一瞥で人を殺しそうな氷の覇王みたいになってるの!?


遠くの雛壇に座るシリルを盗み見て、私は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


彼の周りにはたくさんの貴族が群がっているのに、彼は誰の目も見ず、ただ冷たい虚無を纏って座っている。



私が死んだあと、あの子には過酷な運命が待っていたのだ。

平民の少年として私を失い、天涯孤独になったシリル。冷たくなった私の手を握りしめ、何日も泣き続けたという。


その後、彼の生存を突き止めた皇室によって、無理やり「皇太子」として泥沼の権力闘争の中に引きずり戻された。


まだ幼かった彼を待っていたのは、温かい家庭ではなく、地位や力を利用しようと群がる、腹黒い大人たちの冷酷な視線だけ。


『誰も信じない。俺の光は、あのボロ小屋で俺を抱きしめてくれたお母さんだけだ』


そうやって、誰にも心を開かず、ただ私に会いたいという執着だけで、シリルは心を殺して大人になった。


贅沢な宮殿にいても、彼の心はあの日、私を亡くした田舎町のボロ小屋に取り残されたまま、ずっと凍え凍りついていたのだ。


世界にたった一人取り残されたような、痛々しいほどの深い孤独の塊。それが今の彼の正体だった。


あまりの衝撃に立ち尽くしていると、背後からトゲのある声が響いた。


「あら? 見かけない顔ね。ブラウ伯爵家の……エルシーさんかしら? そんな安物のドレスでよく我が国の最高峰の夜会に紛れ込めたものだわ」


振り返ると、派手なドレスを着た公爵令嬢たちが、数人の取り巻きを引き連れて私を蔑むように見下ろしていた。


「本当ね。おいたわしや、貧乏伯爵家にはまともな宝飾品を買うお金もないのかしら。殿下の御前を汚す前に、田舎者は大人しく引っ込んでいればよろしいのに」


クスクスと意地の悪い笑い声をあげながら、先頭の令嬢が、持っていた赤ワインのグラスを、わざと私の足元に向けて傾けた。


バシャリ、と音を立てて、私のドレスの裾に醜いシミが広がる。


「あっ、ごめんなさい? 手が滑ってしまいましたわ。でも、ちょうどいいシミの模様ができて、少しはマシになったんじゃないかしら?」


周囲の貴族たちも、関わり合いを恐れて見て見ぬふりをする。


ドレスの裾からポタポタと滴るワインを見つめながら、私は小さくため息をついた。


『こういう陰湿なイジメが一番嫌いなんだけどな。』


ドレスについたワインのシミを落とそうと、私がほんの少しだけ、前世から引き継いだ魂の魔力を指先に込めた、その瞬間だった。


ドクン、と。


大広間の中心で、恐ろしいほどの魔力の暴風が吹き荒れた。


会場中の貴族たちが、その圧倒的なプレッシャーに息を呑んで震え上がる。


見れば、遠くの雛壇にいたはずの皇太子シリルが、手にしていたグラスを大理石の床に叩きつけ、粉々に砕いていた。


シリルのアメジストの瞳が、激しい狂気と歓喜に濁っている。


彼は周囲の側近たちが遮るのも構わず、凄まじい覇気をまとったまま、私に向かって一直線に突進してきた。貴族たちが怯えて左右に割れていく。


なぜ、あの子が私を見ているのか分からなかった。


私はまだ、一言も喋っていないし、顔だって前世とは全く違うのに。


そして、私の目の前に辿り着いたシリルは、ドレスが汚れた私を見て、世界が凍りつくような、低く、冷徹な声を響かせた。


「――お前たち、今、誰に何をした?」


「で、殿下……っ!? これには訳が……ただの、貧乏貴族を教育して差し上げようと……!」


「黙れ。不愉快だ、消せ」


シリルが一瞥しただけで、彼の影から這い出た近衛騎士たちが、悲鳴を上げる公爵令嬢たちを瞬時に会場外へと引きずり出して行く。

実家ごと取り潰されるのは確実だろう。


静まり返る会場の中で、シリルはゆっくりと私に向き直った。


その距離、わずか一歩。


彼の一歩が進んだ瞬間、私の胸の奥が、カチリ、と熱い音を立てた。


私の心臓の鼓動と完全に同調するように、シリルの胸の奥からも、全く同じ黄金の魔力の波長が溢れ出し、2人の間で光の粒子となって優しく混ざり合った。


生まれ変わって身体が変わっても、あの日、私の命と引き換えにシリルを救い、2人の間に紡がれた魂の対の魔力。その懐かしい味を、シリルが忘れるはずがなかった。


「……あ」


思わず前世のトーンで声が漏れる。

シリルは猟犬のような鋭い目で私を見つめ、そのまま私の前に深く膝をついた。大人の男の大きな手が、私の震える手を強引に、けれど壊れ物を扱うほど愛おしそうに包み込む。


そのまま、彼は私の手の甲に、皮膚が擦り切れるほどの熱い口づけを落とした。


「見つけた……。見つけた、見つけた、見つけた……っ!!」


シリルの低く掠れた声が、歓喜でガチガチと震えている。


見上げる彼のアメジストの瞳には、じわりと大粒の涙が浮かんでいた。


何年もの間、冷酷な皇太子を演じながら、暗闇の孤独の中で凍えていたその瞳が、今は私だけを映して熱く燃えている。


「あなたが死んでから、この魔力がずっと冷たかったんだ……。誰もいらない、何もいらないと、暗闇の中で凍え死にそうな毎日だった。なのに今、触れもしない距離で、あなたの魔力が俺を呼んだ。……俺を騙せると思ったのですか、アンナ?」


「え、あ、あの……殿下、私はブラウ伯爵家のエルシーで……」


他人の振りをしようとする私の腰を、シリルは強引に引き寄せ、耳元で熱い息を吐き出しながら囁いた。大人の男の、色気と独占欲がダダ漏れの笑み。


「嘘をつくなら、この場でベッドに連れ去って、その身体の隅々まであなたがアンナだと証明してあげましょうか? ……もう二度とお母さんなんて呼ばない。俺の妻になって、一生俺に愛されてよ」


私の可愛い息子が、魔力の絆から絶対に逃がさない超絶執着スパダリになって帰ってきたんですけどーー!?


こうして、私の2度目の人生は、かつての息子からの、逃げられない溺愛と共に幕を開けたのだった。


                    

                   おわり

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