第四章 就職-4度目の風
社会人になってから、時間は急に速くなった。
カイドウ・ミナモは都内の会社に就職した。
朝は満員電車。
昼は会議。
夜は残業。
帰宅は日付が変わるころ。
それが普通の毎日だった。
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最初の頃は楽しかった。
新しい仕事。
新しい人。
自分が社会の一部になった気がした。
でも
三年も経つと
それはただの生活になる。
朝起きる。
会社へ行く。
働く。
帰る。
眠る。
それを繰り返す。
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ある日の夜。
会社を出たときには、もう十一時を過ぎていた。
街はまだ明るい。
コンビニ。
ネオン。
タクシー。
でも
人の顔はみんな疲れている。
ミナモも同じだった。
肩が重い。
頭がぼんやりする。
「はあ……」
思わずため息が出る。
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帰り道。
ふと
公園が目に入った。
都会の小さな公園。
ブランコ。
ベンチ。
街灯。
ミナモはなんとなく中に入った。
ベンチに座る。
空を見上げる。
ビルの隙間。
星は見えない。
(なんでこんなに疲れてるんだろ)
仕事は嫌いじゃない。
でも
何かが足りない。
何かが回っていない。
そんな感じがする。
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そのとき。
風が吹いた。
くるくる。
くるくる。
ミナモは顔を上げた。
ブランコの横に
少女が立っていた。
小学四年生の頃と同じ姿。
同じ髪。
同じ目。
同じかざぐるま。
少女は言った。
「久しぶり」
ミナモは苦笑する。
「ほんと、変わらないね」
少女は首を傾げる。
「そう?」
ミナモはベンチに座ったまま言う。
「私は変わったよ」
少女は何も言わない。
ただミナモを見ている。
ミナモは続ける。
「仕事ばっかり、
余裕ないし、
楽しいことも減った」
風が吹く。
かざぐるまが回る。
くるくる。
くるくる。
少女が言う。
「回ってないね」
ミナモは眉をひそめる。
「なにが?」
少女は風車を見せる。
「これ」
かざぐるまが止まりかけている。
風が弱い。
少女は言う。
「風がないと回らない」
ミナモは少し笑う。
「それ当たり前」
少女は首を振る。
「当たり前じゃない」
「どういうこと?」
少女は言う。
「風は待つものじゃない」
ミナモは黙る。
少女は続ける。
「自分で歩くと起きる」
風が少し吹く。
くるくる。
かざぐるまが回る。
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ミナモは空を見る。
「最近さ」
少女は黙って聞いている。
「何してるのか分からなくなる。
仕事して、
お金もらって」
「それで?」
言葉が止まる。
少女は言う。
「生きてるから」
ミナモは笑う。
「それだけ?」
少女はうなずく。
「それだけ」
ミナモは少し考える。
そして言う。
「なんかさ、
大人になると
風が弱くなる気がする」
少女は少し笑った。
「そうかもね、
でも」
少女は続ける。
「止まるわけじゃない」
風が吹く。
くるくる。
くるくる。
「回らなくなったら」
少女は言う。
「また歩けばいい」
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それから
ミナモは少しずつ生活を変えた。
休日に散歩する。
本を読む。
料理をする。
小さなこと。
でも
少しずつ
心の中に風が戻ってくる。
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ある日。
帰り道。
ミナモは公園に寄った。
でも
少女はいなかった。
ベンチ。
ブランコ。
街灯。
地面を見る。
そこに
一本のかざぐるまが刺さっていた。
赤と黄色。
くるくる回る。
ミナモはそれを見つめる。
胸の奥が少し温かい。
「……ありがとう」
風が吹く。
くるくる。
くるくる。
それは
返事みたいだった。
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ミナモは知っている。
また会う。
人生のどこかで。
ミナモがまた
孤独になったときに。
続く




