第三章 上京-3度目の風
東京の夜は、思っていたより静かだった。
テレビで見る東京は、いつも光っている。
ネオン。
人の波。
車の列。
でも実際に住んでみると、夜は意外と暗い。
アパートの窓の外には、コンビニの看板だけが光っている。
その光を見ながら、カイドウ・ミナモは一人で夕飯を食べていた。
インスタントのスープ。
コンビニのおにぎり。
電子レンジの音が小さく鳴る。
大学に入って半年。
ミナモは東京で一人暮らしをしていた。
夢だったはずの生活。
でも、心の中にはぽっかり空いた場所があった。
⸻
昼間の大学は賑やかだった。
人は多い。
サークルもある。
友達も少しできた。
でも
夜になると
全部が遠くなる。
部屋に一人。
冷蔵庫の音。
時計の針。
それだけ。
(なんでだろう)
ミナモは思う。
高校の頃より自由なはずなのに。
なのに、
時々
胸の奥が空っぽになる。
⸻
その夜。
ミナモは外に出た。
夜の街を歩く。
コンビニ。
信号。
歩道橋。
車のライトが流れていく。
人は多いのに
誰もミナモを知らない。
その感覚は
少し怖かった。
⸻
しばらく歩くと、小さな公園があった。
ブランコが二つ。
ベンチが一つ。
街灯が静かに照らしている。
ミナモは足を止めた。
どこか
懐かしい。
(あ……)
高校の帰り道の公園を思い出した。
鳥居のある公園。
あの少女。
かざぐるま。
ミナモは少し笑った。
(今、何してるんだろ)
その瞬間。
風が吹いた。
くるくる。
くるくる。
ミナモは顔を上げた。
ブランコの横に
少女が立っていた。
小学四年生の頃と
まったく同じ姿。
同じ髪。
同じ服。
同じかざぐるま。
少女は言った。
「久しぶり」
ミナモは笑った。
「やっぱり出るんだ」
少女は首をかしげる。
「出るって?」
「幽霊みたいに」
少女は笑った。
「幽霊じゃないよ」
「じゃあ何?」
少女は風車を回す。
くるくる。
くるくる。
「風みたいなもの」
ミナモはブランコに座った。
少女も隣に座る。
でも、触れない距離。
ミナモは空を見上げた。
高いビルの隙間に星が一つ見える。
「東京ってさ」
ミナモが言う。
「人いっぱいいるのに」
少女は黙って聞く。
「すごく一人になる」
少女は小さくうなずいた。
「そういう場所だから」
ミナモは聞く。
「知ってるの?」
少女は言う。
「うん」
風が吹く。
くるくる。
かざぐるまが回る。
ミナモは続ける。
「友達いるし、
大学も楽しいし、
でも」
言葉が止まる。
胸の奥の重さが出てくる。
「夜になると
なんか空っぽになる」
少女は少し考えて言った。
「それはね」
ミナモは顔を上げる。
少女は言う。
「心が広くなったから」
「広く?」
「うん」
少女は空を指さした。
「世界が広く見えると、
自分が小さく感じる」
ミナモは少し笑った。
「哲学っぽい」
少女は笑う。
「そう?」
風が吹く。
くるくる。
くるくる。
少女は続ける。
「でもね」
ミナモは少女を見る。
「それは悪いことじゃない」
「どうして?」
少女は言う。
「広く見える人は、
遠くまで行ける」
ミナモは少し黙った。
その言葉が
胸の奥で静かに広がる。
⸻
それからしばらく
ミナモは少女と話した。
大学のこと。
授業のこと。
バイトのこと。
くだらない話。
でも話していると
胸の中の空っぽが
少しだけ埋まる。
⸻
それから
大学生活は少し変わった。
ミナモはサークルに入った。
友達も増えた。
バイト先でも笑うようになった。
夜の部屋も
少しだけ寂しくなくなった。
⸻
ある日。
帰り道。
ミナモは公園に寄った。
でも
少女はいなかった。
その次の日も。
その次の日も。
いない。
ミナモはベンチに座る。
地面を見る。
そこに
一本のかざぐるまが刺さっていた。
赤と黄色。
くるくる回る。
ミナモはそれを見つめる。
胸の奥が
少し温かい。
「……ありがとう」
風が吹く。
くるくる。
くるくる。
それは
返事みたいだった。
⸻
それから
ミナモはまた少女を見かけなくなった。
でも
ミナモは知っていた。
また会う。
人生のどこかで。
ミナモがまた
寂しくなったときに。
続く




