第9話 聖女は、手を伸ばさない
水野澄江さんの手は、いつも胸の前にある。
祈るように組まれていることもあれば、
ただ、そういう形に落ち着いているだけの時もある。
関節リウマチによる変形。
力は入らず、細かい動きもできない。
それでも彼女は、よく言う。
「私に、できることはないかしら」
朝のケアの時間。
「澄江さん、着替えますね」
「ええ……ごめんなさいね」
「何がですか」
「何も、できなくて」
私は、いつも通りに返す。
「今は、受け取る役目です」
彼女は一瞬、困ったように微笑んだ。
「……慣れないわ」
食堂への移動前、
桐原正志さんが声をかける。
「無理はするな」
「分かってるわ」
「手を出すな」
「……分かってる」
分かっている、という言葉の重さが、
前とは違う。
食事介助の時、
澄江さんは、よく職員の動きを見ている。
スプーンの角度。
量。
待ち時間。
「上手ね」
「仕事なので」
「それでも……」
一口、飲み込んでから続ける。
「昔は、私がそうしていたの」
「誰に?」
「みんなに」
勇者にも、賢者にも、戦士にも。
そして、間に合わなかった人にも。
私は、何も言わない。
午後、居室で手浴をする。
温かいお湯に、ゆっくりと指を浸す。
「……気持ちいいわ」
「血行が良くなります」
「癒やされるって、こういうことなのね」
彼女は、少しだけ目を閉じた。
「与える側でいられなくなるのが、
こんなに怖いとは思わなかった」
「怖いですか」
「ええ」
正直な答えだった。
しばらくして、
彼女は小さく息を吐いた。
「でも……」
「はい」
「ちゃんと、受け取れるなら……」
言葉を探すように、少し間が空く。
「それも、役目なのかしら」
「そう思います」
私は、はっきり言った。
彼女は、ゆっくり頷いた。
夕方、四人が揃った時間。
「今日は、澄江がよく休めたな」
「ええ」
「……問題なし」
「……守りは、安定」
澄江さんは、静かに笑った。
「今日は、私が守られた日ね」
誰も否定しなかった。
記録を書く。
「手指変形あり。
介助受け入れ良好。
情緒安定」
それで、十分だ。
世界は救われなかった。
でも、彼女は今日、
“癒やされる側”として一日を終えた。
聖女としては、
それもまた、一つの終着点なのかもしれない。
聖女回では、
「できなくなること」を描きました。
癒やせないこと。
支えられないこと。
手を伸ばせないこと。
それは喪失ですが、
同時に「受け取る」という新しい役割でもあります。
介護の現場では、
その切り替えができた瞬間に、
人は少し楽になります。
世界は救われていませんが、
今日は、ちゃんと温かさが届きました。
それで十分な一日でした。




