第8話 戦士は、後ろを向いたまま守っている
戦士の一日は、だいたい動かない。
「忠夫さん、体位変えますね」
そう声をかけると、
彼は左手で、ゆっくりベッド柵を握った。
「……頼む」
右片麻痺。
ほぼ寝たきり。
自分では動けない。
それでも、準備だけは必ずする。
体位変換は、二人介助。
一人が身体を支え、
もう一人がクッションを差し込む。
「今、右向きになります」
「……了解」
声は小さいが、
返事はいつも的確だ。
身体を動かすと、
一瞬だけ、顔が強張る。
「……異常なし」
「はい、問題ありません」
本当は、少し痛いはずだ。
でも彼は、言わない。
「忠夫さん、楽ですか?」
「……大丈夫だ」
「苦しかったら言ってください」
「……守りが崩れる」
「崩れません」
私は即答する。
「ここは安全です」
少し間があってから、
彼は左手の力を抜いた。
「……なら、任せる」
それが、彼なりの降伏だ。
昼過ぎ、居室を回ると、
勇者が低い声で言った。
「後ろは、どうだ」
「問題ありません」
私は忠夫さんの足元を確認しながら答える。
「クッションも入ってます」
「……よし」
賢者が、小さく頷く。
「戦線は、安定している」
聖女が、申し訳なさそうに言う。
「いつも、任せきりで……」
「……それでいい」
忠夫さんは、それ以上言わなかった。
夕方、再度の体位変換。
同じ声かけ。
同じ手順。
同じ確認。
「……誰も、欠けていないな」
「全員います」
「……なら、今日も勝ちだ」
勝ちの基準が、
一日生きたこと。
それは、たぶん正しい。
記録を書く。
「右片麻痺あり。
体位変換時、疼痛訴えなし。
声かけにて安心得られる」
事実だけを書いて、
私はペンを置いた。
世界は救われなかった。
でも、誰も取り残されなかった。
戦士としては、
それ以上の成果はないのかもしれない。
動けなくなっても、
役割が消えるわけではありません。
戦士回では、
「何もしないように見える人」が
一番、場を安定させている話を書きました。
体位を変える。
痛みを確認する。
声をかける。
それだけで、
後ろは守られます。
世界は救われていませんが、
今日も全員、ちゃんと揃っていました。
それで十分な一日でした。




