第4話 夜勤は見張り交代制です
夜勤は、静かだ。
だから油断すると、だいたい何か起きる。
「主任、今日はあの部屋、誰が当たります?」
申し送りの最後に、夜勤者が少し身構えた顔で聞いてくる。
「四人部屋?」
「はい」
「いつもどおりで」
それで通じるようになった時点で、
もう“特別枠”になっている。
消灯後のフロアは、足音とカーテンの音しかしない。
私は定時巡視で、例の四人部屋に向かった。
カーテンは、きっちり閉まっている。
「結界、異常なし」
聞こえてきたのは、桐原正志さんの声だった。
「はい、異常ありません」
私は即座に返す。
夜勤中は、受け答えを端的にするのがコツだ。
「交代は?」
「まだです」
「なら、警戒を続ける」
続けなくていい。
水野澄江さんは、すでにうとうとしている。
「……静かね」
「夜ですから」
「敵は、夜に来るものよ」
「今のところ、ナースコールだけです」
「……それも脅威ね」
それは否定できない。
隣のベッドから、低い声。
「……右側、気配なし」
「はい、確認しました」
実際には、
右側は壁だ。
問題は、賢者だ。
「修造さん、眠れそうですか?」
「今、考えている」
「何を?」
「最悪の事態を」
「起きてから考えましょう」
「それでは遅い」
その理屈で、
これまで何度も眠れなくなっている。
その時だった。
ピン。
ナースコール。
「来たな」
誰が言ったのか分からないが、
全員の空気が一瞬、締まった。
表示を見る。
桐原正志。
導尿バッグ。
「主任、私行きます」
夜勤者が立ち上がる。
「一緒に行こう」
私はそう言って、部屋に入った。
「異変だ」
「尿量が多いですね」
「敵の動きが早い」
「水分摂取が多かっただけです」
私は淡々とバッグを確認し、
チューブのねじれを直した。
「……解除されたか」
「はい、解除しました」
「よし」
完全に納得した顔だった。
その様子を見て、
修造さんが静かに言う。
「見張りは、機能しているな」
「ええ」
「交代制は、合理的だ」
「二時間おきです」
「それは、厳しい」
それは夜勤者の台詞だ。
巡視を終えて出ようとすると、
忠夫さんが左手で柵を軽く叩いた。
「……誰も、欠けていないな」
「全員います」
「なら、問題ない」
それ以上は何も言わなかった。
私はナースコールの位置を再確認し、
最後に一言だけ伝えた。
「何かあったら、呼んでください」
「分かった。合図は、これだな」
「それです」
廊下に戻ると、夜勤者が小さく息を吐いた。
「主任……あの部屋、意外と平和ですね」
「でしょ」
暴れない。
歩かない。
勝手に動かない。
世界観が一致している分、
むしろ静かだ。
世界は今夜も救われなかった。
でも、コールは一回で済んだ。
夜勤としては、勝利だ。
夜勤は、何も起きないのが一番です。
ナースコールが少なく、巡視で異常がなければ、それで勝ちです。
作中のやり取りは少し大げさですが、
実際の夜勤も、だいたいこんな感覚で回っています。
否定しない。
起こしすぎない。
安心できる言葉だけ返す。
それだけで、夜は静かになります。
世界は救われていませんが、
導尿バッグは守れました。
それで十分な夜勤でした。




