第3話 夕食は戦闘ではありません
夕食の時間は、だいたい一日の縮図だ。
忙しい。
急ぐ人と、急げない人が同時に存在する。
そして、全員が「自分は正しい」と思っている。
「主任、今日の食堂、あの四人どうします?」
フロア職員が小声で聞いてくる。
「いつもどおり」
それで通じるようになったあたり、
もうこのパーティは定着している。
食堂の一角。
テーブルを囲む四人の配置は、ほぼ固定だ。
水野澄江さんと岩本忠夫さんは、
車椅子を横に並べ、食事介助が必要。
私はエプロンをつけながら、声をかける。
「澄江さん、まず一口いきますね」
「ええ……ありがとう。今日は、何の恵みかしら」
「全粥です」
「……滋養がありそうね」
間違ってはいない。
スプーンを口元に運ぶと、
澄江さんは一瞬、祈るように目を閉じた。
「皆に、力が行き渡りますように」
嚥下は慎重に。
角度、速度、量。
聖女でも、ここは物理法則に従ってもらう。
隣では、忠夫さんがじっと待っている。
「忠夫さん、いきますよ」
「……頼む」
右側麻痺。
左から入れる。
一口。
二口。
「……悪くない」
それは最大級の評価だ。
一方、桐原正志さんは、自分の膳を睨んでいた。
「少ないな」
「規定量です」
即答する。
「前線に出る者の量じゃない」
「今日は前線ありません」
「ある」
ない。
「この程度で、持つと思うか?」
「夜までは持ちます」
「足りない」
「デザートついてます」
一瞬、黙った。
「……甘味か」
「はい」
「なら、よし」
勝利条件が分かりやすくて助かる。
問題は、秋月修造さんだ。
「修造さん、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「分かっている」
そう言ってから、
スプーンが口に届くまでに、少し時間がかかる。
本当に、少しずつ。
手の震え。
動作の緩慢。
集中。
誰も急かさない。
急かしても、早くはならない。
「戦況を、整理している」
「はい」
「全体の流れを、考えながら……」
「はい」
三口目で、五分経過。
新人職員が、そっと近づいてくる。
「主任、時間……」
「いいの」
私は小さく首を振る。
「今、詠唱中だから」
新人は真顔で頷いた。
もう慣れてきている。
食堂のざわめきの中で、
四人だけ、少し違う時間を生きている。
「聖女、ちゃんと食え」
「戦士も、無理はしないで」
「賢者、遅れるな」
「……守りは、万全だ」
私はスプーンを置き、
全員の皿を見渡した。
残量、よし。
むせ、なし。
トラブル、なし。
世界は救われなかった。
でも、全員、完食に近い。
夕食としては、上出来だ。
「ごちそうさまでした」
そう声をかけると、
澄江さんが微笑んだ。
「今日も、生き延びたわね」
「ええ」
それは、たぶん本当だ。
夕食の時間は、介護現場では一番ドラマが起きやすい場面です。
嚥下、量、速度、集中力。
どれか一つ欠けても、うまくいきません。
作中のやり取りは少し大げさですが、
対応自体は、現場ではごく普通のことばかりです。
否定しない。
急かさない。
足りないと言われても、増やさない。
その積み重ねで、今日も無事に一日が終わります。
世界は救われていませんが、
夕食はだいたい守れました。
それで十分、という話でした。




