第25話 餅は食べたい。でも、餅は危ない。
正月は過ぎているのに、
なぜか「餅」の話は終わらない。
「……餅、食べたいな」
ぽつりと呟いたのは、勇者だった。
「本物のですか」
「本物だ」
「誤嚥します」
「……それも分かっている」
分かっているけど、食べたい。
それが一番厄介だ。
「餅って、なんであんなに魅力あるんでしょうね」
若手職員が言う。
「噛み切れないから」
「え?」
「簡単に負けないから」
勇者は、真顔でそう言った。
「勝負しがいがある」
勝たなくていい。
賢者が、少し考えて言った。
「食文化における餅は、
“節目”と“記憶”の象徴だ」
「つまり?」
「食べたい理由は、
味より“思い出”だ」
勇者は、少し黙った。
「……否定できない」
「でも、出せないですよね」
「本物は無理です」
その時、
厨房から声がかかった。
「主任、ありますよ」
「何が?」
「餅っぽいやつ」
嫌な予感と、いい予感が半々だった。
運ばれてきたのは、
見た目は完全に餅。
白くて、丸くて、つるっとしている。
「……敵か?」
「食品です」
「……偽物だな」
「“餅風”です」
「……なるほど」
スプーンですっと切れる。
伸びない。
絡まない。
喉に貼りつかない。
「……弱いな」
「安全です」
「……安全装備か」
そういうことにしておこう。
一口。
「……」
二口。
「……意外と、餅だな」
「でしょう」
「……これは、これで成立している」
賢者が補足する。
「擬似体験としては、
かなり完成度が高い」
戦士が、低く言った。
「……詰まらない」
「詰まらないでください」
「……意味が違う」
誰も突っ込まなかった。
澄江さんが、少し嬉しそうに言った。
「噛めるお餅、初めて食べたわ」
「それ、正しいです」
「餅なのに、怖くないって……不思議ね」
若手職員が小声で言う。
「主任……これ、
“餅を食べた気”になりますね」
「なる」
「ちょっと感動です」
「現場あるあるだね」
勇者は、最後に言った。
「……これなら、戦わずに済む」
「それが目的です」
「……妥協だが、受け入れる」
十分な勝利だ。
記録には、こう書いた。
「餅様食品提供。
摂取良好。
誤嚥なし。
満足感あり。」
世界は救われなかった。
でも、
餅は安全に、ちゃんと食べられた。
介護の勝利条件としては、
かなり高得点だと思う。
介護の現場で一番難しいのは、
「危ないからダメ」で終わらせないことだと思っています。
餅は危ない。
誤嚥する。
命に関わる。
だから出せない。
ここまでは正論です。
でも、その先にある
「それでも食べたい」という気持ちは、
正論だけでは消えません。
餅そのものじゃなくて、
正月の記憶だったり、
家族と食べた時間だったり、
「生きてた頃の自分」の感覚だったり。
そういうものを、
丸ごと否定しない形で残す方法が、
今回の“餅みたいな餅”です。
妥協でも、偽物でも、
それで笑顔になれるなら十分。
むしろ介護って、
こういう「安全な妥協」を積み重ねる仕事だと思います。
本物を守るために、
似たものを用意する。
できないことを、別の形で叶える。
世界は救われていませんが、
餅はちゃんと食べられました。
詰まらずに、笑いながら。
それで、この回は満点です。




