表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰還者(本物)、認知症扱いで特別養護老人ホームにまとめて入居しました ~勇者・聖女・賢者・戦士、全員要介護4以上です~  作者: 月白ふゆ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/35

第22話 鏡餅は、かぶるものではありません

正月飾りの片付けは、

だいたい静かに終わる作業だ。


紙を外し、

橙を外し、

鏡餅を下げる。


ただそれだけのはずだった。



「主任……」


廊下の向こうで、若手職員が呼ぶ声がした。

声が、少しだけ震えている。


「どうしました?」

「……その、ちょっと来てください」


嫌な予感より、

面白い予感のほうが勝った。



行ってみると、

そこには見慣れた光景があった。


鏡餅の中身は、きれいに外されている。

床に、白い餅。


そして。


その横で、

プラスチック製の外側を、

頭からすっぽりかぶった入居者さんがいた。


「……似合う?」


自分で聞いてくる時点で、

もう勝っている。



「なんでそうなったんですか」


「軽かったから」


理由になっているようで、

なっていない。


「かぶれると思った?」


「思った」


「結果は?」


「……楽しい」


正解だった。



通りかかった別の入居者さんが、

それを見て笑った。


「何それ、ヘルメット?」


「新型だ」


「防御力ありそうね」


笑いが、伝染する。




そこに、例の四人の部屋の前を通る。


「……何事だ」

勇者の声。


「鏡餅が、装備されました」

「……?」


現場を見せると、

一瞬だけ沈黙が流れたあと、

桐原さんが言った。


「……軽装備だな」

「被り物系ですね」

「……悪くない」


賢者が、静かに補足する。

「用途は不明だが、士気は上がる」


戦士が低く言う。

「……視界は?」

「まあまあです」

「……実戦向きではない」


聖女が、小さく笑った。

「でも……癒やし効果はあるわね」


誰も反論しなかった。




「外しますね」


そう言うと、

本人は少し残念そうにした。


「もう終わり?」

「終わりです」


「……残念」


「写真、撮りますか」

「撮る」


満面の笑みだった。



写真を撮ったあと、

外側はきちんと片付ける。


床の餅も回収する。


業務としては、

それで終わりだ。



戻り際、

若手職員が小声で言った。


「主任……こういうのって……」

「記録、書く?」

「……書かないですよね」

「書かない」


事故でも、問題行動でもない。


ただの、

面白い出来事だ。



居室に戻ったあと、

勇者が言った。

「……あれは、戦況とは無関係だな」

「そうですね」

「……だが、悪くない」


賢者が続ける。

「混乱ではなく、遊びだ」


戦士がまとめる。

「……場は、和んだ」


聖女が、静かに言った。

「それで十分ね」




世界は救われなかった。

事故も防げなかった。

介護技術も、向上していない。


でも、

鏡餅が一つ、

少しだけ場を明るくした。


介護の日常は、

たいてい、こういうものでできている。

前回のあとがきで書いた

「鏡餅をかぶって笑う入居者さん」の一コマを、

そのまま一話にしてみました。


書いてみて思ったのは、

やっぱりこっちのほうが

自分が「コメディだと思っている介護」に近い、ということです。


事故も、看取りも、誤嚥も、

全部大事で、全部現実で、

書く価値のあるものだけれど。


日常の大半は、

こういう“しょうもない出来事”でできています。


・理由はない

・意味もない

・誰かが得をするわけでもない

・でも、ちょっと笑える


そしてその「ちょっと」が、

現場を回すには十分だったりします。



介護のコメディは、

狙って作るものじゃなくて、

勝手に起きるものだと、改めて思いました。


鏡餅をかぶる人がいて、

それを見て笑う人がいて、

それを見て「今日は悪くなかったな」と思って帰る。


その積み重ねが、

この仕事の“呼吸”みたいなものです。


前回、

「思ったよりコメディにならなかった」と書きましたが、

それはきっと、

大きな出来事ばかりを書いていたからで。


こういう小さな一コマこそが、

一番リアルで、一番介護らしくて、

一番ちゃんと笑える場所なのかもしれません。


世界は救われていませんが、

鏡餅は、今日も少しだけ面白かった。


それで、この話は完成です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ