番外編 作者振り返り回
思っていたより、笑えなかった話
正直に書くと、
もう少しコメディになる予定でした。
勇者だの聖女だの言って、
排泄だの浣腸だの転倒だの、
もっと軽く笑い飛ばせると思っていた。
でも、書いてみると違った。
あれ?
思ったより、重いぞ。
あれ?
これ、笑っていいのか?
そんな感覚が、ずっとありました。
たぶん理由は単純で、
介護のリアルは、コメディに寄せようとしても勝手に現実側に引き戻されるからです。
転倒は転倒だし、
誤嚥は誤嚥だし、
看取りは、どうやっても看取りです。
現場で起きていることを
そのまま文字にすると、
どうしても「軽くならない」。
映像なら、
表情や間や、声のトーンで
「あ、ここ笑っていいんだな」が伝わる。
でも文字だけだと、
どうしても説明が先に立ってしまう。
これは、書いてみて分かりました。
ただ、それでも。
現場は、ずっと重苦しいわけじゃありません。
むしろ、
しょうもないことで笑っている時間の方が多い。
たとえば。
正月明け。
鏡餅を片付けていたら、
中身を出した入居者さんが、
なぜかプラスチックの外側を頭にかぶった。
「……似合う?」
職員が噴き出す。
別の入居者が笑う。
本人も笑う。
理由はない。
意味もない。
でも、その場は一瞬で明るくなる。
その日、私はそれを見て、
特に何も言わず、
記録もせず、
ただ帰ってきました。
作品のネタにしようとも、
その場では思わなかった。
でも今、振り返ると、
あれこそが「日常」だったと思います。
英雄譚でもなく、
感動エピソードでもなく、
事故報告書にも残らない。
ただ、
プラスチックの鏡餅をかぶって笑うおばあちゃん。
それを見て、
今日も悪くなかったな、と思える夜。
この作品が、
思ったよりコメディにならなかったのは、
たぶん私が
「現場をそのまま書いてしまった」からです。
でも、だからこそ、
どこかで誰かが
「あ、分かる」と思ってくれたらいい。
笑える日もあれば、
笑えない日もある。
それでも、
帰り道でふと思い出して
少し口元が緩む瞬間がある。
介護の日常は、
だいたいそんな感じです。
世界は救われていませんが、
今日は鏡餅が、ちょっと面白かった。
それで、十分な一日でした。




