第19話 戦士、五日目の籠城
五日。
それは、戦士にとって長い。
「……動きが、ない」
岩本忠夫さんは、朝の巡視でそう言った。
「今日は、五日目です」
「……想定を超えた」
想定は、三日だ。
記録を確認する。
・食事摂取良好
・水分やや少なめ
・活動量低下
・腹部膨満、軽度
典型的だ。
「どうします?」
若手職員が、小声で聞く。
「段階を踏む」
焦らない。
だが、待ちすぎない。
昼前。
腹部マッサージ、効果なし。
姿勢調整、効果なし。
忠夫さんは、天井を見ていた。
「……敵は、堅いな」
「敵じゃないです」
「……籠城だ」
言い換えるだけで、
場の空気が少し和らぐ。
看護師と相談。
「GE、いきますか」
「お願いします」
決断は、静かに。
居室。
カーテンを閉める。
「忠夫さん」
「……来るか」
「来ます」
「……任せる」
戦士は、余計なことを言わない。
準備。
手袋。
潤滑。
体位。
右麻痺があるため、
左側臥位で慎重に。
「動かします」
「……了解」
施行。
一瞬、
忠夫さんの眉が、ぴくりと動いた。
「……侵入を確認」
「浣腸です」
「……後方突破だな」
「医学的には、そうです」
数分後。
静寂。
「……」
「……」
「……来る」
声が低くなる。
「波が、来る」
「我慢しなくていいです」
「……分かっている」
そして。
「……っ」
短い声。
「……突破された」
「成功です」
「……想定以上だ」
便秘五日分は、
伊達じゃない。
トイレ誘導。
慎重に、
しかし急がせる。
「……後ろ、急げ」
「急いでます」
間に合った。
しばらくして。
「……終結」
「お疲れさまでした」
「……助かった」
それは、
本音だった。
戻ってきた忠夫さんは、
いつもより静かだった。
「……腹が、軽い」
「良かったです」
「……視界が、広い」
それはたぶん、
気のせいじゃない。
少し遅れて、
他の三人の部屋から声がした。
「何があった」
勇者だ。
「戦線が、動きました」
「……勝ったか」
「はい」
「なら、良い」
賢者が、まとめる。
「五日分の停滞が、解消された」
「そうです」
「……計画は、再開可能だ」
再開しなくていい。
澄江さんが、ぽつり。
「出るって、大事ね」
誰も、否定しなかった。
記録には、こう書いた。
「便秘5日続き、
グリセリン浣腸施行。
排便あり。
腹部症状軽減。
以後、水分摂取促し対応。」
それで、十分だ。
戦士は、
戦わなくなっても、
詰まるときは詰まる。
世界は救われなかった。
でも、腸は救われた。
今日の勝利条件としては、
申し分ない。
便秘と浣腸は、
笑いにしづらい話題だと思われがちです。
実際、一般の場では
あまり語られませんし、
できれば触れたくない人も多い。
でも、現場では
かなり重要なイベントです。
五日出ていない、は
「ちょっと不調」ではありません。
苦しいし、落ち着かないし、
気分も荒れます。
そして何より、
本人が一番つらい。
だから浣腸は、
罰でも屈辱でもなく、
普通に必要な医療行為です。
笑える形で描いたのは、
軽く扱っているからではなく、
「特別なことじゃない」と伝えたいから。
出たら楽になる。
それだけの話です。
世界は救われていませんが、
腹は救われました。
介護現場としては、
かなり大きな勝利です。




