第15話 排泄介助は、尊厳の最前線です
排泄介助は、レクよりも行事よりも、
一番「仕事」をしている時間だ。
成功の条件はシンプル。
・事故がない
・羞恥を最小限に
・終わったあと、表情が落ち着いている
それだけでいい。
勇者の場合
最初は、桐原正志さん。
導尿バッグの確認から入る。
「状況は?」
「安定しています」
「容量は?」
「問題ありません」
「……なら、よし」
彼は、自分の状態を
「装備」として把握している。
外すわけでも、戦うわけでもない。
ただ、整える。
「交換は?」
「今日はありません」
「了解」
終わると、短く言う。
「支援、感謝する」
それで、この介助は完了だ。
聖女の場合
次は、水野澄江さん。
立位は不可。
手指は変形があり、細かい動作は難しい。
「ごめんなさいね……」
最初に、必ずそう言う。
「大丈夫ですよ」
「でも……」
「今は、受け取る側でいいです」
彼女は、少しだけ目を閉じた。
「……癒やす側じゃないの、慣れないわ」
「今日は、回復優先です」
「そう……今日は、私が守られる日ね」
そう言って、力を抜いてくれる。
それが一番助かる。
戦士の場合
岩本忠夫さんは、右側麻痺。
体位変換に、少し時間がかかる。
「動かします」
「……分かっている」
声は低いが、拒否はない。
「右、いきます」
「……任せる」
彼は、自分の動かない側を
完全に預けてくる。
「……後ろは」
「支えています」
「……なら、いい」
介助が終わると、短く。
「……借りは、覚えておく」
返さなくていい。
賢者の場合
一番時間がかかるのは、秋月修造さん。
「……順序を、確認したい」
「今から、排泄介助です」
「その前は?」
「声かけです」
「……了解」
理解すると、進める。
途中で止まる。
「……次は?」
「清拭です」
「……そうだった」
彼は、急がない。
急ぐと、混乱する。
「時間は、あります」
「……なら、問題ない」
終わる頃には、
すっかり落ち着いている。
四人全員、無事終了。
事故なし。
不穏なし。
誰も、怒っていない。
夜勤者が、小声で言う。
「主任……これ、毎回すごいですよね」
「何が?」
「……全員、受け入れ方が違うのに、
ちゃんと終わるところ」
私は、少し考えてから答える。
「役割があるから」
「役割?」
「勇者は確認する。
聖女は委ねる。
戦士は預ける。
賢者は理解する」
「……排泄介助なのに?」
「排泄介助だから」
そこを間違えると、荒れる。
最後に、全員の居室を回る。
「大丈夫ですか」
「問題ない」
「落ち着いたわ」
「……後ろも、静かだ」
「……整った」
それで、十分だ。
記録には、こう書いた。
「排泄介助実施。
各自、状態に応じて対応。
事故・拒否なし。
介助後、情緒安定」
尊厳は、
こういうところで守られる。
世界は救われなかった。
でも、今日も誰も、取り残されていない。
それで、この仕事は成功だ。
排泄介助は、
一般の方が一番、距離を取りたくなる場面かもしれません。
汚い、恥ずかしい、見たくない。
そう感じるのは、自然な反応です。
でも、現場ではここが
一番、人としての扱いが問われる場所でもあります。
排泄は生きている証で、
介助は「できなくなった部分」を補うだけの行為です。
人格や価値が下がるわけではありません。
むしろ、
・どう声をかけるか
・どこまで任せ、どこを支えるか
・終わったあと、どんな表情で戻れるか
そこに、その人との関係性が全部出ます。
この話を笑えたなら、
それは「慣れている」からではなく、
ちゃんと人として見ているからだと思います。
世界は救われていませんが、
尊厳は、今日も静かに守られました。
それで十分です。




