第13話 ひな祭りは、陣営の祝賀です
三月三日。
施設では、ひな祭りだった。
廊下の一角に、毎年同じ雛人形が飾られる。
顔立ちは少し丸く、装束は年季が入っている。
「主任、今年も出しました」
行事担当が言う。
「ありがとうございます」
これだけで、半分は成功だ。
午後のレク前。
四人部屋に声をかけに行く。
「今日は、ひな祭りです」
その言葉に、一番早く反応したのは澄江さんだった。
「まあ……女の子のお祝いね」
「そうです」
「……守られている日、ということかしら」
「そういう日です」
否定しない。
食堂に集まった利用者さんたちの前で、
ひな祭りの説明が始まる。
「今日は、女の子の健やかな成長を願う日です」
その瞬間。
「祝賀だな」
桐原正志さんが、静かに言った。
「陣営のか」
「ええ」
私は、普通に返した。
雛人形の前に移動する。
「これは……」
修造さんが、じっと人形を見つめる。
「配置が、興味深い」
「どういう?」
「上段に、象徴。
下段に、補佐。
合理的だ」
「そういう見方もありますね」
「無駄がない」
賢者は、満足そうだった。
忠夫さんは、少し遅れて視線を向けた。
「……後ろは」
「壁です」
「……守られているな」
「はい」
それで終わりだ。
甘酒が配られる。
「澄江さん、少しだけですよ」
「ええ……ありがとう」
一口含んで、彼女は目を閉じた。
「……やさしい味」
「砂糖多めです」
「なるほど……回復系ね」
回復するのは、気分だ。
「甘味もあるぞ」
桐原さんが、卓上のひなあられを見て言った。
「配給だな」
「はい」
「均等か」
「一人分ずつです」
「……よし」
配給が公平だと、場は荒れない。
その時、
澄江さんが、ぽつりと呟いた。
「昔は……私が、お祝いする側だったのよ」
誰も、すぐには返事をしなかった。
「誰の?」
「……女の子たち」
その言葉の先は、聞かない。
少しして、彼女は続けた。
「でもね」
「はい」
「今日は、私が祝われている気がするわ」
そう言って、微笑んだ。
桐原さんが、短く言う。
「当然だ」
修造さんが、まとめる。
「祝われる者が、場を安定させる」
忠夫さんが、頷く。
「……問題ない」
写真撮影の時間になる。
「では、皆さん、こちらを向いてください」
「構えろ」
「構えなくていいです」
「……了解」
シャッターが切られる。
全員、ちゃんと写った。
居室に戻る途中、
澄江さんが言った。
「今日は……守られたわ」
「そうですね」
「それも、悪くないわね」
彼女は、胸の前で手を組んだ。
祈るように。
それとも、ただ落ち着く形として。
記録には、こう書いた。
「ひな祭り行事参加。
甘酒・菓子摂取良好。
情緒安定。
笑顔あり」
それで、十分だ。
世界は救われなかった。
でも、祝われる日が、ちゃんとあった。
ひな祭りとしては、
それが一番大事なことだ。




