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異世界帰還者(本物)、認知症扱いで特別養護老人ホームにまとめて入居しました ~勇者・聖女・賢者・戦士、全員要介護4以上です~  作者: 月白ふゆ


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第1話 老健を出たら、特養でした

この物語は、特別養護老人ホームで働く介護福祉士の実体験を下敷きにしています。


ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()とは一切関係ありません。


介護の現場では、利用者さんの話が

「本当かどうか」よりも

「今の生活に支障が出ないかどうか」の方が重要です。


たとえば――

「昔、世界を救った」

「仲間と戦った」

「役目がある」

これらは医学的には

作話、役割妄想、集団影響。

記録用語としては非常に扱いやすい分類です。


なので私たちは否定しません。

訂正もしません。

世界も救いません。

転倒だけ防ぎます。


この物語は、

世界を救ったかもしれない人たちが、

今日も安全に入浴できたか、誤嚥せず食事がとれたかどうか

それだけの話です。

どうぞ肩の力を抜いて、

「今日も事故がなかったな」と思いながらお読みください。

老健からの送迎車が到着したのは、昼食とおやつの間という、

現場的に一番中途半端な時間だった。


「主任、まとめて四名です」


その時点で嫌な予感はしていたが、

続く情報で完全に覚悟が決まった。


要介護四以上。

生活保護。

同室希望。

しかも全員、仲がいい。


――はい、もう決まりです。

従来型特養に、奇跡の個室なんて存在しない。

行き先は、四人部屋。

逃げ場はない。


玄関で老健職員から申し送りを受けながら、

私は並んだ四人を順に確認した。

車椅子一名。

ストレッチャー二名。

杖一本。


「陣形は崩すな」

最初に発言したのは、導尿バッグを下げた男性だった。

立てないが、声はよく通る。

「はいはい、全員同室です」

私は即答した。

否定しない、安心させる、結論を先に出す。

主任の基本スキルである。


「大丈夫よ、みんな一緒」

ベッドに横になった女性が、穏やかに微笑む。

関節リウマチで曲がった手指が、祈るように胸の前で重なっている。


「理論上、この配置が最も安全だ」

杖の男性が、妙に納得した顔で頷いた。

手は震えているが、言っていることはだいたい合っている。


最後に、ストレッチャーの一番奥。

「……後ろは」

「はい、安全です。柵あります」

私は即答した。

盾より、ベッド柵の方が信頼できる。


居室に案内し、カーテンを引く。

「結界か」

「プライバシー確保ですね」

間違ってはいない。

たぶん今後、何度もこの会話をする。


移乗、体位調整、導尿バッグ固定。

一通り終えると、彼らは妙に満足そうだった。

「聖女、無理はするな」

「あなたこそ、その管、引っ張らないで」

夫婦らしい会話に、新人職員がこっそり聞いてくる。

「主任、本当にご夫婦なんですか?」

「設定上は」

「設定……」

記録には

「夫婦設定による安心感あり」

それで十分だ。


最後に、戦士と呼ばれていた男性が、左手だけで柵を握った。

「……ここが、最後の拠点か」

「ええ、ナースコールはここです」

彼は真剣な顔で頷いた。

「見張りを呼べるな」

――夜勤が来るだけです。

心の中で補足しながら、私は居室を出た。



世界は今日も救われなかった。

でも、初日から転倒も導尿トラブルもゼロ。

主任としては、上出来だ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この話に出てくる対応は、

介護現場としては全部正解です。


否定しない。

訂正しない。

魔王も討たない。


その代わり、

ベッドから落ちないようにします。

チューブは引っ張らせません。

夜勤は二人体制です。


この物語では、

最後まで誰も真実に気づきません。

気づかなくても、

今日を無事に過ごせたなら、それでいい。


次話以降は、

夜勤(見張り交代)

入浴(転送陣)

食事(秘薬と聖水)

カンファレンス(最終決戦会議)

など、

世界を救わない日常が続きます。


どうぞ次回も、

「今日も事故がなかったな」と

笑って読んでいただければ幸いです。

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