婚約破棄を突きつけられた私、ムカついたのでレスバで殴り倒して差し上げます
「バイオレット、君との婚約は破棄させてもらう。僕にはこのリアという可愛い姫君がいるのでな!」
私はクルス王国の令嬢、バイオレット・クルス。そして婚約を破棄したいと言っているこのふざけ男は、私の婚約者……だった方、クロイス殿下。今日はこの結婚式場で私とクロイス殿下の結婚式を行うということになっていたのですが、どうやらそれはなくなってしまいそうです。
まあ、私としても唐突にこんなことを言い出す男なんて願い下げですが。薄々前から気づいていたのですが、ここまで隠していたのは正解でしたね。
「それはそれは、ではなぜ私との婚約を破棄するのか聞かせてもらえますか?」
一応ですが、理由は聞いておきましょう。あと、色々と喋らせてからの方が効率的にダメージを与えられますもの。こちらにとっても好都合ですわ。
「ふっ、君が人を陥れている悪役令嬢だからさ! 悲しいよ、バイオレット。僕は君のことがあんなに好きだったのに。そんな君を見限って僕は新たな婚約者を選んだ、そこにいるリアさ」
後ろを振り向くと、そこには私と同じ純白のドレスを着た銀髪の女性が立っていた。いつの間に……、というよりも、私と同じ銀髪なのは少し許せませんわ。
「そろそろですわね」
「あ?」
「クロイス殿下、少しお聞きしたいのですが、少々よろしいですかッ!」
先程のクロイス殿下の言葉で周りにいる貴族たちはざわついていましたが、私はそれらを黙らせるような大声でそう言い放ちました。クロイス殿下も少し驚いているようで、フフッ、とても滑稽ですこと。
「なんだ」
「クロイス殿下は私のことを人を陥れていると言いましたが、具体的にどういうことをしていたのか、言って貰っても良いでしょうか?」
まずは下ごしらえから。少しづつ叩いて、しなやかにさせてから、ゆっくりと刺激的に仕上げていきましょうか。
「っ、それは、そうだ! 君は令嬢という立場を使って他の生徒を脅していたじゃないか! 私に話しかけるな! と」
なんと言えば良いのでしょうか……。この男、さては馬鹿ですわね? だってアレは……。
「クロイス殿下、少々言いづらいのですが、アレは他の生徒に話しかけるなと脅していたのではなく、忠告をしていたのです。あの時期は王国も慌てていましたから、私と会話をしているだけで何か情報を話しているのではないかと疑われると。なので私は「私には話しかけない方が良いですよ?」と言っていたのです」
「なっ……」
クロイス殿下は頬を赤らめて恥ずかしがっている様子。そして近くにいた騎士に目線を送っていますわ。何となく予想はつきますが、こういうところでしょう。『何やってるんだお前たち! 話とぜんぜん違うじゃないか! 恥をかかせやがって!』というところでしょう。そもそも、こんな証拠不十分なことで婚約破棄をするようなあなたが悪いのでは?
やはりあなた馬鹿ですわね。
私は会話を続けます。
「あらら? もしかして殿下は勘違いをしてらっしゃったのでしょうか? あらあら、お恥ずかしいこと。というのは冗談で、何か他にも私の悪行があるのなら、お聞かせ願っても?」
まだ決着をつけるには早いですわ。もっと話して痛めつけてあげなければ、私の気持ちが収まりませんわ。婚約破棄を突きつけられて私、ムカついていますの。意外と楽しみにしていた婚約でしたのに……、レレスバで殴り倒して差し上げないと気が済みません。
「……。あるぞ、君は最近僕のことをタコ殴りにしたじゃないか! 婚約者を殴るなど、非道な!」
「なるほど、そうきましたか」
裏では本当なのか? やっぱりクロイス殿下の言っていることは……と言っている人がいますが、ああなんということでしょうか、これもクロイス殿下の真っ赤な嘘です。お顔も、真っ赤ですわね。
「クロイス殿下? 確かに私はクロイス殿下を殴りました。しかし、殴った理由を思い出してください。クロイス殿下は私がただ単に殴ったとでも? ですが、本当にそうでしょうか?」
「? ……」
敢えて相手に考えさせる、そして間違いを認めさせる。これは鉄則ですが、今回クロイスは簡単に認めてくれないでしょうね。
「ッ! な、違うッ! 間違っていない! じゃあなんだ! 説明してみせろ!」
ええ、勿論。
「あの時私がクロイス殿下のことを殴ったのは……」
「なんだ、言ってみろ」
「クロイス殿下のお顔に虫が止まっていたでしょう?」
「ああ、そうだったが、それが何か?」
私はそう言ったときにそばにいたリアさんに会話のバトンを渡しました。
「クロイス殿下、私あの時見ていましたけれどあの虫は強い毒を持っている害虫だったのですよ。だから、バイオレットさんがクロイス殿下を殴ったのはあなたを助ける為だったですよ?」
「なんだと!?」
クロイス殿下は、まるで時が止まったかのように呆然とリアさんを見つめました。先程までの自信に満ち溢れていた表情は見る影もなく、だらだらと冷や汗をかいていますね。情けない。
「あ、あの時の痛みは、僕を救うためのものだったというのか……? 僕はてっきり、僕への不満をぶつけられたのだとばかり……」
「おやおや、殿下。私が無意味に暴力を振るうような女性に見えていらしたのですね。心外ですわ」
私はわざとらしく右手で口元を隠し、ふふっと笑い声を漏らしました。会場の貴族たちの視線は、もはや「悪役令嬢を裁く王子」を見る目ではなく、「恩人を仇で返そうとした愚か者」を見る冷ややかなものへと変わっていますね。
「さて、クロイス殿下。最後にもう一つ。先程はリアさんを「可愛い姫君」と仰いましたわね?」
「そ、そうだ! 彼女こそが僕を理解してくれる真実の……」
「殿下、申し訳ありません」
リアさんは、私の隣にスッと歩み寄りました。そして、私に深々と頭を下げたのです。
「バイオレット様、殿下への「荒治療」へのご協力、感謝いたします。おかげで殿下がどれほど独りよがりで、周囲の言葉を自分の都合の良いようにしか受け取らない方か、この場にいる全員に証明できましたわ」 「なっ……、リア……?」
クロイス殿下は裏返った声を出しました。 そうです。リアさんは、クロイス殿下が浮気相手として連れてきたのではなく、あまりに増長し、私の忠告を聞かなくなったクロイス殿下を更生……いえ、公衆の面前で「引導を渡す」ために私が事前に連絡を取り合っていた協力者だったのです。
「殿下、これは婚約破棄ではありませんわ。私、バイオレット・クルスからの……、あなたとの関係を永久に絶たせていただくという宣言です。そして……」
私は会場の入り口を指差しました。そこには、苦虫を噛み潰したような顔をした国王陛下と、私の父が立っていました。
「……王家への不敬、および根拠なき言葉による公爵家への侮辱。その責任は、これからの手続きの中でたっぷりとお話ししましょう」
クロイス殿下は膝から崩れ落ち、まるで糸の切れた人形のように項垂れました。隣でリアさんが「さあ、行きましょうか」と晴れやかな笑顔で私を促します。
「さようなら、殿下。次にお会いする時は、せめて虫に刺される前に状況を判断できる賢さを身につけておいてくださいませ」
私は純白のドレスの裾を翻し、一度も振り返ることなく、静まり返った式場を後にしましたわ。 青空の下、隣を歩くリアさんと目が合い、私たちはどちらからともなく小さく吹き出しました。これからは、くだらない婚約者の顔色を伺う必要のない、自由な日々が待っているのですから。
そして、新たな婚約者との生活もですわ。




