第95話 そう簡単に助け出せるわけないよね
「着いたよ。ちょうどこの建物の中からシオリーちゃんの魔素を感じる」
「あ、はい」
俺とユリアはいかにも怪しげなアジトの目の前に立っている。
建物は以前は商業施設として使われていたのかそこそこ広くて大きく、しかしその面影はないほどに外装はボロボロにはがれている。所々穴も散見される。
そもそも、ここら周囲一帯は人通りもほとんどなく、静かで誰も近寄らない。いかにも悪党が好きそうな場所だが、俺みたいな陰キャが好きな場所でもある。いや、やっぱ怖い。不良とかたむろってそうだし。
そんな場所だからか、ここにシオリーが連れ込まれても、誰も気づかなかったとも説明はつきそうだ。
とりあえずここまでの道と住所をメモしておいたので、これをリーファとかそのあたりに渡せば後は大人たちが勝手にシオリーを救出してくれるはずだ。
「魔眼の案内、ありがとうございました。ひとまず帰って後は大人に任せましょう」
そう言って俺は踵を返そうとしたのだが、俺は袖をぎゅっとユリアに掴まれる。
「チー君、ここまで来たんだから、助け出せない?」
「ダメです」
「でも、シオリーちゃんはきっと今も神声教団に怯えてる。もちろん助け出したらすぐ逃げるでいいから……」
「……」
ユリアの真剣な目を見て、俺は考える。
逃げ足には多少の自信はある。しかしユリアもシオリーも連れてくとなるとやはり難しい。こっそり連れ出すくらいなら……しかし、相手は手練れだろうから通じるかどうか。それに情報もない。
やはり無謀に見える。痛い思いはしたくはない。ユリアは俺を未だにまっすぐ見つめてくる。
「お願い。チー君」
「……気になるんですけど、ユリアとシオリーって仲良かったですか?」
「仲いいとかそういう問題じゃない。私は神声教団が許せない。シオリーちゃんも私と同じ思いをしてるなら助けてあげたい。今目の前にいるのに、何もしないなんて」
「何もしないわけではないです。この場所の情報を渡せばそれで解決です」
「でも信用できない」
ユリアは低い声で言った。俺はどういうことなのか聞く。
「……何がですか」
「おかしくない?学園は王都でもすごく安全な施設のはずなのに、簡単にシオリーちゃんの誘拐を許すと思う?それに、先生たちは実際動いてない。
王都内だって、捜索してると言いながら、治安隊も先生も特に動いてなかった。それに、リーファ先生は『早く寝る』とか言ってすぐに帰ったよ?」
そう言われれば、確かに怪しい。学園にスパイがいないとも限らない。
ていうか、それよりも驚きなのが、ユリアがそんなことを考えていたということ。自分でも俺は慎重な奴だとは思ってたのに、俺は考えが甘かった?
「すみません。そこまで考えが至らなかったです」
「えへへ、チー君の慎重さが移っちゃったんだね」
なぜ嬉しそうに言う。
だが、助けると言っても、これは命がけだ。命を懸けてまで、シオリーを助けるに値するほどの人間かどうか。
俺は脳裏にシオリーに無詠唱魔法を教えてもらったことや、自分にだけ笑顔を見せてくれたりしてくれたことを思い出す。自分と同じ孤独だったはず。
……くっそ、仕方ねえ。この世界に来てから俺もほんと変わってしまった。いや、嬉しいことなんだけど。とにかく、助けたらすぐ逃げる。不要な戦闘は避ける。これでいい。
「分かりました。行きます。ただし、何があっても絶対に俺の言うことを聞いてください」
「チー君……ありがと。ごめんね?私のわがままに付き合ってもらって」
「いや、ユリアの言い分も確かにと思っただけです」
あれ?なんだろう、俺がユリアに指示を出してる?従わせてる?前世じゃ従うだけの人間だったのに。俺も成長したんだろうか、ユリアをそれだけ信頼し始めたのか。感慨深いのお。
とりあえず、俺はそのまま、目の前の古びたドアをゆっくりと開けた。できるだけ音を出さないように……しかし、どうしてもギイィィという音は多少響いてしまう。
緊張しながら中を確認した後、ユリアに手招きして、何とか中に入る。
建物の中は暗いが、窓から差し込む夕方の帯状の光がところどころに差し込み、まだ全然周りを見渡せる。中はただただ広いだけで、何か物が置かれているわけでもなく、真っさら。まあ、ゴミや石ころはところどころに転がっていて多少歩きにくいが。
元々闘技場か何かだったのか?足音を立てないように、つま先で歩いていると、何かカンッという物音がした。警戒しながら音のした方を見ると、なんともまあ、見つけやすい場所に縄で縛られているシオリーを見つけた。なんて原始的な。
シオリーもこちらに気づいていた。声を出しそうになる前に俺は人差し指を口の前に持ってきて合図する。しゃべるなと。
俺は安堵してシオリーにゆっくりと近づいていく。シオリーは何とか無事だった。恐らく、ずっと放置されていたことで、シオリーの魔素の保有量が徐々に減っていたのだろう。
それでも、特に大きなけがもなさそうだし、無事で何よりだった。まあ、でもこんな簡単に救出出来たら苦労しないんだよな。こういうイベントって、絶対に背後から敵が現れるんだよな……と、俺は後ろを振り返った――
そこには「どうしたの?」と言いたげなユリアの姿しかなかった。俺はホッと胸をなでおろす。でも油断はできない。焦りすぎず、でも急げ。
とりあえず誰もいなさそうなので、シオリーの縄をほどこう……と思ったのだが、危ない危ない。危うく俺が縄をほどくところだった。
もしシオリーに「ひゃう!この男に触られました!」なんて言われたら、それだけで男の人生は簡単に終わってしまうのだから。
異世界でも、イケメンだとしても、慎重に生きなければいけない。俺はユリアに目配せしながら、ジェスチャーで縄をほどいてくれと頼む。
ユリアは眉をひそめて「なんでさ」と言いたげにしながらも、なんだかんだでシオリーの元に向かってほどいてくれた。
そして、シオリーは安心したように力が抜けて、今にも泣き出しそうになっている。感動の再会だが、今は逃げるのが先決。
ユリアはシオリーの腕を持ち上げて立たせる。ずっと縛られて足がしびれているのか、もたついている。
「大丈夫?歩ける?」
「は……はい」
ユリアはシオリーに小声で聞きながら、シオリーの手を引いて歩き始める。
よし。ここまでは順調だ。あとは出口までバレないように連れ出すだけ。俺は周りを見渡しながら、ユリアたちに手招きする。ユリアも無言でうなずきながら俺についてくる。
そして俺が歩き出そうとした――その瞬間だった。
足元からズブッという鈍い音が、身体に響く。その時は何が起きたのか分からなかった。
しかし、足元を見ると、俺の足にナイフのようなものがいつの間にか刺さっていた。まるで最初からそこに刺さっていたかのように。……え?なんで?
滴る血で、靴が赤黒くに染まっている。
不思議と痛みが無かったが、存在に気づいた瞬間、とてつもない痛みと焼けるような熱さが足を襲った。
「ぐあああああ!?痛い痛い痛い痛い!死ぬ死ぬ、ああああああ、やばい嫌だ嫌だ!」
俺はそのまま床に倒れ込んだ。足が、足がやばい。今まで感じたどんな痛みよりも恐ろしいほど痛い。痛みが痛みに感じない。
視界がぐらつく。息がどんどん浅くなる。床を這いつくばって、俺の握力だけで床がへこむほど力を込めていた。
もう痛みでどうにもできなくて、人目も気にせずに暴れまわり、叫んだ。汗が大量に出てくる。力を抜きたくて抜けない。寒気がするのに、足は自分の血で生温かい。
すぐに俺の異常を感じたユリアが俺に駆け寄ってくる。
「チー君どうしたの!?……嘘!?ひどい!すぐ治すから!」
ユリアは俺の足からそっとナイフを抜いた。
「……っ!?」
その瞬間、さらにとてつもない痛みが走る。
でも、ユリアが俺の目の前に来て、こんな姿見られるのが恥ずかしく感じて、なんとか痛みに堪えて、無理やりでも大人しくした。俺はガキか。
ユリアは魔眼を発動し、治癒魔法で足の治療を開始する。多少だが、だんだん痛みが引いて行くような気がした。
にしても、アニメとか、なんで刺されたり平気で血を出してたりしてるのに、平気で痛みを耐えるのだろうか。本当に動けないほどだった。普通なら重傷を負っているのに、戦いを続行できるくらい動けるわけがない。二次元の住人っておかしいよな……。
なんて考えていると、ユリアの治癒魔法によって、灼熱の痛みはかなり引いていた。本当に便利な世界だな。
でも、すぐに治せるとしても、さっきの痛みは二度と、絶対に味わいたくない。ガチでトラウマになりそうだ。いや、すでにトラウマだ。
「チー君、もう大丈夫?」
「は、はい……」
俺はひとまず起き上がり、今の状況を確かめる。ナイフが飛んできた方向……おそらく、この建物内に敵が潜んでいたってことだ。
「へえ、治癒師もいたんだあ。それは計算外。でも、せっかく見つけた大量の魔力源を持っていかれたらこまるんだあ。だから、返してほしいなあ?」
カタン、カタンと鉄を踏む足音が近づく。光の当たっていない暗闇から現れたのは、手に短剣を持ったスキンヘッドの男だった。




