第93話 文系少女のピンチでも冷静に
ブルーとあれこれあった後、これから激動となる発端の出来事が起こる。
ある日の帰りのホームルーム。2年でも相変わらず俺の担任だったリーファが、教室にいつものように堂々と歩いて入って来る。しかし今日は何かお知らせがあるようで、リーファはみんなに話し始める。
「えー、先日学園に連絡があったので帰る前に一つ忠告しておこう。昨日、この学園の生徒が神声教団に誘拐されたとの連絡があった。未だ捜索中だが、皆も気を付けるように。できるだけ集団で帰れ。以上だ。帰って寝る」
リーファはそのまま速足で教室を出ていく。お前は誘拐された生徒を心配しないんか。まあ仕事だし疲れるもんな。
にしても、神声教団の活動がどんどん活発化してきて、ついにうちの学園にも被害者が出てきたようだ。俺も少し不安で身震いする。俺が狙われる可能性も0じゃない。自己防衛はちゃんとしないと……。
神声教団といえば……やはり動機が分からないのは気になる。なぜ王族の血を狙っているのか、で、なぜ王族でもない生徒が狙われたのか。でも確かメイドは魔素も必要とか言ってたような……。
今思えば、なぜメイドは神声教団に詳しかったんだ?まさか、スパイ?なら、とっくにユリアは神声教団に襲われているはずだが……まあとにかくいつも通り人を信用しすぎないスタイルを貫けばいいだけ。
ユリアは心配だが、まあ、俺もできるだけのことはするつもりだ。ユリアは俺と一緒に帰ろうと、カバンを持って立ち上がる。
「じゃ、帰ろっか」
「ああ、今日はちょっと図書館に寄って帰ります。その、借りた本の返却日なんで」
「うん、分かった。じゃあ先に戻ってるね」
ユリアとの帰りのお誘いを断り、俺は図書館へ向かう。ユリアが一人なのは危険なので、念のためネクラをユリアに付かせる。
毎回パシらせてすまんな……。ネクラは嫌な顔せず(無表情)いつも引き受けてくれるが……ネクラの戦闘能力と、ユリアが王族という事情を知っている唯一の人間だからな。
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俺は図書館に着いたのだが、なんか、いつもと雰囲気が違う。どよんと空気が重いというか、暗いというか……。
いつも受付にはシオリーが座っているのだが、今日は別の女子生徒だった。メガネをかけた真面目ちゃんといったところか。そいつは浮かない顔をしていた。俺は受付に行き、返す本を差し出す。俺は未だに女という存在が怖いので返して速攻帰ろうとしたのだが……。
「あ、シオリーちゃんの彼氏さん」
「違います」
思わずわざわざ振り向いて否定してしまう。なんて勘違いをしやがる。図書館に通う人にとってはまあ、あんなに人見知りなシオリーと仲良く話している俺を見ているからなのか、彼氏なんて噂が完全に定着してしまった。俺は真っ向から否定しているが。
俺みたいな根暗陰キャと付き合ってる、なんてレッテルを張られるシオリーが可愛そうじゃないか。
「いや、でも、シオリーちゃん、私にあなたの事ばかり話してますよ。付き合ってるのかと」
「違います」
なんか恥ずかしいな、シオリーが俺のことを話してるなんて。この受付の図書委員は恐らくシオリーの先輩だろう。
まあさすがにシオリーでも、図書委員の先輩とは話せるくらいの仲ではあるようだ。受付の女子は俺から本を受け取る。
「彼氏さんなら知ってるかもしれないけど、シオリーちゃん、神声教団に誘拐されたんだって」
「だから彼氏じゃありま……は?」
衝撃の事実だった。帰りに言われたあの神声教団の誘拐……まさか被害者はシオリーだったとは。
「その、助けには、行かないんですか?」
「……」
受付の女子は俺なら何とかしてくれると期待しているように聞いてきた。
「シオリーちゃんも言ってたけど、あなたは、すごく強いんだよね?私にはそんな神声教団に立ち向かえる力なんてない。でも、あなたなら、できるよね?」
こいつは人から聞いただけの情報で俺のことを知ったようなことを言ってくる。俺はそんなに強くはない。ブルーを頼れ。
「……あなたは俺を知らないくせに、その、シオリーの言葉を鵜呑みにして、そんなことを言うんですか。えっと、俺はそんなすごい人じゃありません」
「そうだね。あなたの事は知らない。でもシオリーちゃんは嘘をつく子じゃないと思う。謙遜ばかりするってのも本当みたいだね」
知らねえよそんなこと。
「謙遜じゃない、本当に俺は弱いです。それにシオリーが嘘をつかない保証はどこにあるんです?」
「そんなの関係ないじゃない、あなたは助けたいと思わないの?」
「助けたいと思っていても、まだ学園の生徒の俺がプロの集団である神声教団に勝てると思ってんですか?頭大丈夫ですか?俺を殺す気ですか?」
「ああもう!何なのあなたは!もういいわよ……」
受付は俺をにらみつけ、乱暴に俺から受け取った本を本の山に放り投げる。
そりゃ俺もシオリーのことは助けたい。可愛いし、俺に無詠唱を教えてくれた。でも、少し無謀すぎる。ただの学生の俺が、神声教団に立ち向かう?しかも情報は?確かなのか?
なんだかモヤモヤしながら、俺は図書館をのろのろと出ていった。
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俺はとりあえず寮の自分の部屋に戻った。俺はベッドに倒れ、ひたすら考える。
まさか、誘拐された生徒がシオリーだったとは。
あのシオリーが何もできずに誘拐されるなんてあるか?シオリーの魔法の練度なら何とかならなくもないはずだ。つまり、神声教団はシオリーを誘拐できるくらいの強者だったのか……それとも、シオリーが単純に怯えて動けなかったのか……。
まあシオリーがいくら魔法の天才でも、相手は大人でプロだ。誘拐されてもおかしくはない。
シオリーには、ほんとに世話になったものだ。俺に詠唱短縮と無詠唱魔法を教えてくれた天才少女。極度の人見知りだけど、俺には懐いてくれているところも可愛かった。
できることなら助けてあげたいが、いまだ捜索中で、有力な情報も出回っていない。ただ待つことしかできない。神声教団についても、あまり詳しい情報がないから、余計にどうにもできないのだ。
普通の主人公なら無理してでも助けに行くだろうが、俺はちゃんと現実を見て判断する。あくまで自分の命が最優先だ。
そんな中、夕食を作りに俺の部屋に来たユリアが俺の様子を見て、心配そうにベッドの端に座り、話しかけてくる。
「チー君、何かあったの?」
「あ、その、シオリーが神声教団に誘拐されたらしいです」
「え?そ、そんな、本当なの?」
「図書委員の受付の人に聞きました」
「……そうなんだ」
ユリアに言ったところで、どうにかなるわけでもないけどな。ユリアはしばらく考え込んだ後、こんな提案をしてくる。
「えっと、シオリーちゃんの魔素の特徴はある程度記憶してるから、王都中を探せば見つかるかもしれないよ?」
「……えっと、すみません、どういう意味ですか?」
「チー君も知ってると思うけど、治癒魔法の使い手は、相手の魔素が見える、”魔眼”を持ってるの」
そういえばそうだったな。小さい頃、ユリアと一緒に魔素の実験をしたことがある。魔素はこの世界で化け物みたいな身体能力を発揮する源みたいなものだった。
「それで、人の魔素にはそれぞれ少なからず特徴はあるんですけど、シオリーちゃんの魔素量は……異常なほどの保有量で、正直びっくりしたよ。だから、その膨大な魔素の痕跡を見つけ出せれば、助けられる可能性はあると思う」
「ほ、本当ですか?」
「うん。まあ、王都は広いから、難しいかもしれないけど、やっぱり、神声教団は許せない、シオリーちゃんも私と同じように怯えてるかもしれない。だから、私も戦う。私も連れてって」
ユリアはあの両親の死を知って以降、逃げて守られていただけだったのが、こうやって立ち向かう姿勢を見せるようになった。そりゃあ、両親を殺されればな。
シオリーに関しては希望が見えた。シオリーは魔法の天才だったが、魔素の保有量も化け物級なおかげで見つけ出せる可能性がある。さすがユリアだ。しかし、これだけは言っておく。
「それはありがたいです。でも、戦うのはダメです。相手はプロです。見つけて、そのあとは先生や治安隊に報告する。それが一番賢い選択です」
「……でも、チー君は十分強いし」
「俺が神声教団に勝てる保証は?俺はまだガキです。剣聖の父さんほどじゃないにしても、それと同格の人間がゴロゴロいるはずです。さらにユリアを守りながらなんて、リスクが大きすぎます。
騎士の俺の死はすなわち、ユリアの死です。現実を見ましょう。俺も死にたくありませんし、ユリアも死なせるわけにもいきません」
ユリアは必死に語る俺を見て、顎に手を当てて考えた後、しぶしぶ承諾する。
「……分かった。チー君がそこまで言うなら……」
ユリアはまだ不満そうだったが、俺はさっそくベッドから起き上がる。ユリアにとっては神声教団は死んだ親の敵だ。気持ちはわからなくはない。
念のため魔法剣とミスリルリング、杖を装備して、ユリアと寮を急いで出た。




