第92話 最強チートの悩みは複雑そうだ
ブルーがどこに行ったかは分からないが、まあ、人気の少ないところで剣でも振ってるんだろうなあ……と思い、俺は校舎裏をくまなく探していく。
するとシュンっと風を切る素振りの音が聞こえてきた。
予想通り、ブルー狭い校舎裏のスペースで、表情も変えずに素振りをしていた。昼休みくらい休めばいいのにな。
ブルーに近づこうとして、俺は立ち止まる。心臓がバクバクと暴走し始める。知らない人、ではないけど、特に話したこともないような人に自分から話しかけるなんて、恐ろしくてたまらない。
そりゃ、夏休みにユリアが自分から話しかける練習をしてくれた。でも、ユリアはまだ感情のある優しい天然だから、普通に返してくれるし、話も続けてくれる。
あいつを見てみろよ。ずっと無表情だぞ?(お前が言うな)。感情なんてどこにある?
そんなやつになんて話しかければいい?「やあ」とでもいうか?ブルーなら絶対ガン無視してくるぞ?「今日はいい天気ですね」なんて言うか?ブルーなら絶対ガン無視するぞ?「今日もかっこいいですね」とでもいうか?ブルーなら絶対ガン無視するぞ?
こうしてみるとユリアがどれだけ天使なのか改めて分かったわ。マジ天使。
とにかく、コミュ障すぎて、どうすればいいのか全く分からない。足を一歩前に出すだけなのに、それもできない。足どころか全身が緊張で震える。
ぐぬぬ、落ち着け。クッキー渡して即戻ればいいじゃないか。どうせユリアにちゃんと渡したよーって報告すればいいだけだろ。
「なにしてる」
「ひっ!?」
いつのまにか、ブルーが怖い顔で俺の真後ろにいて、声をかけられた俺は体を思いっきりビクッと震わせる。足音も草木の音も何も聞こえなかったぞ?もし敵だったら、下手したら後ろから刺されて死んでた。
それにしてもなぜバレた?俺は物陰で物音も出さずに声も出さずに悩んでただけだぞ?それなのに、ブルーは人がいるのを察知してこちらに向かってきたのか?
さすがに水流型の使い手だ、気配の察知もお手の物というわけか?てか、なんて言い訳しよう。
「え、えっと、その、こ、これ、あ、ええ、その……あ、これ……」
「……」
俺はどもりまくりながら、菓子を差し出すと、ブルーは一瞬目をピクリとさせるが、じーっと菓子を見つめ始める。……これ絶対食べたいって顔だろ。すると、ブルーはいらないとばかりに手を振った。
「いらん。それと、俺の剣の時間を邪魔するな」
「え、あ、はい……」
ラッキー。ユリア達には、「ブルーに邪険に扱われて、悲しくなって帰ってきた」と言えば問題ないだろ。
だが、待て。このまま分かりましたで終わればなんも苦労はない。しかし、戻ってきて結局菓子持ったままだったら?ユリアに結局無理だったんだねーとか軽蔑されかねない!?最近よく認められているからか、なぜか気にしてしまう。
てか、こいつもめっちゃ食べたそうだったぞ?それに、よく見れば、なんだか虚空を見つめているような、寂しそうな顔をしたブルー。
くそ、らしくねえが、俺はブルーの手に無理やり菓子を持たせた。ブルーは困惑する。
「お、お前、なにを」
「あ、えっと、あげろと言われたので」
「……食わん」
「お願いします」
「いやだから」
「お願いします」
俺は語彙力が無くてなんて言えば分からなくて、「お願いします」としか言えんかった。だが、ブルーは結局そのまま黙って菓子を見つめる。案外、押しに弱いのだろうか。
はあ、なんだかんだ話しかけられたし、ここまでくれば安心だ。なのでもう一押ししてみようと思う。頑張れ俺、コミュ障を治すチャンス。俺はイケメン。俺はイケボ。そして気になることを聞いてみた。
「えーと、その、あ……なんでそんなに、強さを求めてるんすか?」
「……お前には関係ない」
「あ、はい……じゃなくて、あの、俺が言うのもあれですけど、楽しいんですか?」
「……仕方ない。強さだけを求めるように育てられた。剣以外のことはなにも触れてはいけない。友も、菓子も、魔法も、全てだ」
ブ、ブルーがまともにしゃべってくれた???お、俺、すごくね?
にしても、ブルーは否定すると思ったが、つまらないと自覚はしているようだった。これは、親が原因っぽいな。
前世でもいたよ、俺も含めて、親の言いなりになって、子供が感情も自己主張もできなくなるようなパターン。厄介なのが、その性格が根付いてしまえば非常に治すのが難しいところ。
親もある程度、子どもに自由を与えなければいけない。でも、そういうやつに育てられた子どもはチー牛になっていくんだ。
正直ブルーがどうなったって俺には関係ないが、一つだけ言っておいた。
「自分の本当にしたいことしてみればいいと思いますよ。つまんないんだったら。チー牛になってしまう前に」
「……」
俺はそのまま逃げるように、ブルーを置いて教室に戻った。
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ブルーは、チーが去った後、「チー牛ってなんだ」とつぶやきながら、手に持たされたお菓子を見つめ、それを恐る恐る口にする。
「……美味い。これが……“甘さ”か」
ブルーは考えた。自分のしたいこと。剣は楽しい。だが、今まで父親に友人も菓子も何もかも制限され続けたブルーには、剣以外にやりたいことなんてあるわけもなかった。でも、興味のあることなら、いくつかあった。
ブルーもクッキーのような甘いものは気になっていたが、強さに必要ないと言われ与えられることは無かった。料理も、魔法も、興味はある。
それに、あのチーという人間も興味がある。こんな、人を寄せ付けないような俺に、わざわざ菓子を届けに来た。よくわからない。もちろん、友人を作ることも禁じられていたし、魔法も“使えないフリ”をしていた。
なぜ、強くならなければならない?今思えば、俺はずっと親の言いなり、俺のことを思っているならまだしも、俺を物のように扱ってくる。俺は、あんな奴に、ずっと……。
本当はいろんなことをやってみたい。菓子も食べたいし、魔法も使いたいし、友人だって欲しい。チーに言われるまで、気づかなかった感情……なんだか、喉の奥にフツフツと怒りがこみあげてくる。
俺の今までの人生は何だったんだ?
もし他の誰かだったら、きっと、ここで諦めていた。だが、俺には”力”がある。今の状況を変えられるかもしれないくらい力が。
この時、ブルーは父親に対しての尊敬など、すでに何もなくなっていた。今まで積み重なってきた我慢が、チーの言葉によって限界に達し、それは父親への憎しみと怒りへと変わっていた。
ブルーは、この力で自分の生き方を変えることくらいできると確信した。
「決めた。まずは、あのクソ親父より強くなって……自由を奪い返す」
ブルーは覚悟を決めたような……救われたような表情だった。そして再びクッキーを口に入れた。
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あれからブルーに変化があった。
相変わらず自分を追い込み強さを求めているところは変わってはいなかった。だが、なにか決意したような目をしていた。そして、なぜか、たまーに俺に付きまとう。
「えっと、なんですか」
「なんでもないが」
「なんでついてくるんですか」
「なんでもない」
意味が分からなすぎて、俺の頭の上に“?”マーク浮いてないか心配になる。そして、ユリアのお菓子をよく食べにくる。ユリアが俺に小声で耳打ちする。
「え、ブルー君と何かあったの?」
「知らないですよ」
「チー君あの日に何かした?」
「お菓子渡しただけですよ。ユリアのお菓子がよほど美味かったんじゃないすか?」
俺、ブルーになんかやばいこと言ったっけ?にしてもちょっと話してやっただけなのに、こんなに吹っ切れてしまうものなのか?逆に怖えよ。
「お前のおかげで、一つ、目的ができた。助かる」
「え、あ、はい」
目的、か。何をするのかは聞かないでおくが、まあ、ブルーからあのつまらなさそうな表情は無くなっていたから、まあ、いいんじゃないのかな。
にしても俺への距離の詰め方がおかしいわ。ブルーは今まで人付き合いゼロだったせいか、距離感がバグってる気がする。
たまに用もないのに付いてきたりとか、もはやストーカーだぞ……。女子にそれやったら社会的に死ぬぞ。……ブルーならすべて剣で解決しそうだが。
「で、今度またお前と手合わせ願いたいのだが」
「やめてください」
「そうか……」
これ、ブルーに会うたびに聞かれるんだよな……。断る度にシュンとするのやめて。




