第86話 チー牛の過去 その2
高校では、中学ほどじゃないけど、いじめやいじりは継続だ。親は更に厳しくなってイライラすることも増えた。
多分俺はもう既に病んでた。誰とも話さず、キモいといじられても反応もせず。もはや、クラスで騒ぐ陽キャたちを見るだけでもう、憎悪が湧くようになっていた。
なんでコイツラは幸せなんだ。なんで俺はこんな不幸なんだ。それに、俺は当たり前だが、女子とか関わったこともないし、むしろ気持ち悪がられる。
ああ、俺だってこの頃から可愛い子とか見て、彼女欲しいなとか思ってた。チー牛にだって思春期は来る。でも現実は違った。
高校になってカップルは増えると思うが、周りを見てもカップルはイケメン、イケメン、イケメンだ。スポーツやってたり、帰宅部でも文化部でもイケメンには彼女がいた。
そいつらを見ても憎悪が湧いていた。頭の中でそいつらイケメンを殴ったりしていたこともある。はは、危険人物だな、無敵の人予備軍。
勉強も更に難しく、もはや80点すら取れなくなるほどだった。テストを親に見せる度に心臓の鼓動が暴走するかのように早くなり、緊張していた。案の定、殴られる。
ああ、ちなみにだが、連絡用にスマホを買ってもらえた。超安物のスマホだったが、その時はもう嬉しくて嬉しくて飛び跳ねたいくらいだったね。まあでも、もちろん基本は没収。家では絶対触れない。
テスト期間は学校にすら持っていけない。でも、スマホをさわれる時間だけが至福で、アイドルゲームとかリズムゲームとかソシャゲをバレないようにやっていたな。本当に楽しかった。
スマホの隠し場所を探して、ログインだけでもするようにしていたっけ。スリルと恐怖でヤバかった。皆ふつうにいじってんのにな。
ツイットーとかの徘徊も楽しかったな。たまに俺と同じような境遇のチー牛の人のツイータも流れてきた。でもそのリプ欄はもちろん同情のコメントもあったが、ほとんどが「お前の努力不足」「モテないのひがんでる」のようなものばかり。
イライラするよな。お前ら恵まれた奴らには絶対に理解できないから仕方ないとはいえ、他人の環境も遺伝子も容姿も何もかもが違うのによく言えるもんだ。
俺も性格が悪いが、お前らのほうがよっぽど悪いんじゃねえのか?SNSは良い文化でもあり悪い文化でもあるな。
そうやって愚痴吐いたり病んだりしている俺だって、恋をしていた。いや、もちろん本気にはしていなかった。高1の頃か。
クラスの可愛い子だ。清楚という名前だ。黒い長髪をなびかせた可愛いと言うか、美人といえばいいのかそんな感じの。
もちろん俺は眺めているだけ。告白はしたいとは思ってたけど、まあなかなか動けないよな。でも、絶対に行動しなくてよかったと思う出来事があった。
俺は放課後、宿題のプリントの忘れ物を取りに自分の教室へと戻ってきた。だが、教室の中にはいかにもという陽キャがたむろっていた。そこには俺が気になってた清楚もいた。まあ、なんとなくそっち側の人間だとは思ってたけど。
しかも俺の席の近くにたむろってやがる……ああうぜえ、どうせ俺が入ってきたら沈黙してガン見してきてイジりという名のイジメをしてくるんだろ。
何やら雑談していたみたいで、教室に入るのも嫌だし、どうせならと俺はドアから聞き耳を立てていた。
「はいお前罰ゲーム〜!」
「ずるいずるい!私勝ってた!」
「いやいや言い訳なしだろ」
なんかゲームとかしてたっぽい。楽しそうで羨ましいわ。ああやってワイワイと友達と遊んでみたいものだ。どうやら清楚が負けていたようだ。
「覚えてるよな?陰キャに告白だぞ?」
ああ、よくある嘘告白の罰ゲームみたいなやつか。令和でこんな事してるやついんのかよ。人の迷惑考えてくれ。清楚は深くため息をつきながら答えた。
「ああもう分かったよ。すればいいんでしょ。明日だよね?えっと、誰だっけ」
「牛久だよ、あのチー牛」
清楚はその瞬間、顔を引きつらせて嫌そうに言った。
「うわきっしょ。さすがに嘘だとしても無理」
「アタシもさすがに生理的に無理だわ〜」
「安心しろって!ネタばらしした時の顔は絶対撮ってやるから絶対おもしれえって」
……。
「確かに面白そ〜。ていうか聞いてよ、隣のクラスの陰キャが私に告白してきてさすがに吐きそうだったわ」
「あっは、告られたの清楚だったんかよ!陰キャが告ってフラれたって噂立ってたもんな!今不登校だっけ」
「そりゃ噂立てば学校にも行きたくないもんねえ」
「あいつセクハラもしたんだもんねえ」
「うっわ最低」
……。
俺はいつの間にか聞くのをやめて、帰りの廊下をトボトボと歩いていた。もう頭が真っ白になってて、ショックというか、呆れたというか、怒りというか……いろんな感情が複雑に交錯していた。宿題のプリントももうどうでもよかった。
だけど一つ、改めて分かった。いや、知らないようにしていた?
そう、これが"人間"なんだ。人間は醜い生き物なんだ。キモいやつは、弱いやつはすべて踏みにじってもかまわない。自分さえ満たされればそれでいい。自分が上だと感じれば幸福感を得る。
清楚も、周りの陽キャもそうだ。中にはいつも教室では真面目そうに振る舞ってる奴も混じっていた。もはや、誰も信じられない。清楚は優しい人間を演じていただけ。みんな、演じている。むしろ最初から素を出している奴の方がよっぽどマシに思える。
俺はこの頃からだろうか。人を絶対に疑うようになった。弱者男性は慎重に生きないと、狩られる。社会的に簡単に殺される。
隣のクラスの陰キャ君は、ただ告白しただけ。それがここまで大ごとになり、学校での居場所を無くした。慎重に。人と関わらないように。
俺はずっとそうやって目立たないように、慎重に、社会的に死なないように生きていくことを誓った。
罰ゲームの告白の日の週はわざと休んだ。あれは告白を受ければ晒されるだろうし、断れば陽キャたちの逆鱗に触れる。そうしてなんとか逃れた。
誰かに話しかけられても、目を合わせず、最小限の返事だけで、余計なことは言わないことを心がけた。生きにくいけど、死なないために、弱者男性なりの生きる術を身につけた。
だけど、俺は逃げきることができなかった。
たまたま、あの時、廊下で女子とぶつかっただけで、俺はセクハラ痴漢扱いをされ、誰にも信じてもらえず、居場所を無くして、そのまま自分で自分を……
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「で、俺がこの世界に転生したってわけです」
ユリアをちらっと見ると、もう目をうるうるとさせて今にも泣きそうになっていた。
「うう、もう聞きたくない……チー君の世界ってそんなにやばいなんて……私がいたら絶対懲らしめてやるんだから!」
確かに、ネクラのいじめに突っ込んでいったことのあるユリアならやりかねないな……。
ああ、念のため言っておくが、俺は全員がクズとは思っていない。全員や絶対なんて言葉はまずありえない。例外は必ず存在する。でも、ほとんどがクズだとは思っている。とくに、チー牛への扱いは顕著に現れるからな。
確かに疲れるさ。疑い続けるのは。でも、もし、運悪く関わった奴が俺の人生を狂わせる人間だったとしたら?弱者男性は少しのことでも社会的に死にかねない。だから慎重にならざるを得ないんだ。あ、イケメンは別な。
「……うん、チー君がなんでこんな性格になっちゃったのか、嫌なほどわかった気がする。本当に、今度こそは」
ユリアは俯きながら、呟く。聞いている間、ずっと拳を握りしめて聞いていた。ぬくぬく甘やかされて育ったユリアにとっちゃ地獄だもんな。いや、ユリアはユリアで神声教団とか両親の死とかで大変なのは分かってるけどさ。
「聞かせてくれてありがと。ねえ、チー君」
ユリアは俺の手をがっちりと握って来た。急なことで反射的に振り払おうとするが、真剣なまなざしで俺を見てくるユリアに自然と手を止める。
「私は絶対にチー君を裏切らないから。今度の人生は絶対に幸せにしてみせるから」
「……は?」
「え?『は?』って……私変なこと言った?」
「え、あ、いや……」
ユリアが天然すぎるからなのか知らんけど、めっちゃ告白みたいなこと言われてない?しかも「幸せにしてみせる」とか、男がよく言うセリフを……。普通に真剣な顔で言われて、なんか、おかしくて笑いが込み上げてきそうになり、プルプル震える。
「ち、チー君笑ってない?」
「いや、笑ってないです。それと……この世に絶対なんてことは無いので、絶対とそう簡単に使うのはやめた方がいいです。でも、まあ、ありがとうございます……」
「う、うん。で、でも絶対だから、絶対!」
「あの、言ったそばから……」
本当に、ユリアは変な奴だ。二次元だからかな……いや、そうだ。二次元だからこんな優しいし天然なんだ。
すると、ユリアはなぜか手をもじもじさせながら聞いてくる。
「ねえ、その……チー君の気になってた子……今も気なるの?」
「は?死ねばいいと思う」
「こわ!?……でも、よかった」
ユリアは髪をいじりながら頬を緩ませる。……なんでよかったんだ?俺普通に暴言吐いたのに。ユリアも俺みたいになってきたのかな……。
「チー君、またお話しようね」
「……あ、はい」
……そんな一言で、今日は終わった。




